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第56話 王都へ


 情報屋が帰った後も、アレンはしばらく執務室に残っていた。


 机の上には現在の王都の地図。


 その傍らには、先ほど情報屋から聞いた内容を書き留めた紙が置かれている。


「王城か……。」


 次に調べるべきものは決まった。


 王都の都市整備に関する、過去二十年分の記録。


 東倉庫街だけを目的にはしない。


 領地の整備を進める領主として、王都で行われてきた事業について調べる。


 その中で、十五年前に残された空白を探す。


 コンコン。


「失礼します。」


 扉が開き。


 リリアが入ってきた。


「情報屋の方はお帰りになりました。」


「うん。」


 アレンは机の上の紙をまとめながら頷く。


「リリア。」


「はい。」


「数日、領地を空ける。」


 それだけで、リリアは察したようだった。


「王都へ向かわれるのですね。」


「そう。」


 アレンは椅子へ座り直す。


「王城で、過去の都市整備について調べてくる。」


「東倉庫街を?」


「それだけじゃないよ。」


 アレンは首を横へ振った。


「領地の整備の参考に、王都で過去に行われた事業について調べる。その中で、十五年前の記録も見る。」


「なるほど。」


 リリアはすぐに意図を理解した。


「最初から東倉庫街だけを調べるより、自然ですね。」


「うん。それに、本当に参考になるものがあれば持ち帰りたいし。」


 ヴァルティエ領では、今も街道の補修や水路の整備が進められている。


 今後、領都そのものへ手を入れる必要が出てくるかもしれない。


 王都の事例を知っておくことは、領主として無駄にはならない。


「過去二十年分。都市整備に関する計画書と事業報告書を中心に見たい。」


「承知しました。閲覧の申請をしておきます。」


「お願い。」


 リリアは手帳を開いた。


「王都までの護衛はいかがいたしましょう。」


「少し増やそう。」


 答えはすぐに出た。


 リリアが顔を上げる。


「警戒されているのですか?」


「……まだ、分からない。」


 アレンは少し考える。


 脳裏に浮かんだのは、先日の貴族会議だった。


『腕の具合はいかがかな』


 レオンハルトは、迷うことなく左腕を見た。


 あの夜会で、アレンとして出席していたリリアの左腕に触れている。


 だから、本物のアレンも同じ場所を傷めているように振る舞った。


 それだけなら辻褄は合っている。


 けれど何故、レオンハルトは改めて確認したのか。


「レオンハルト公爵ですか?」


「……うん。」


 アレンは頷いた。


「疑ってるわけじゃないよ。」


 少なくとも、今はまだ。


「ただ、覚えておきたいんだ。あの人が僕の左腕を気にしたことを。」


「承知しました。」


 リリアもそれ以上は何も言わなかった。


 疑惑と事実は違う。


 答えを決めてから相手を見れば、何をされても怪しく見えてしまう。


 だから今は、一つの事実として覚えておけばいい。


「行き先を隠す必要もないよ。」


 アレンは続けた。


「領主が領地整備の参考に、王城へ資料を見に行く。それだけだから。」


「では、通常通りに?」


「うん。」


 こそこそ動けば、かえって何かを探っていると知らせることになる。


 ならば、誰に見られても困らない理由を掲げて、正面から行けばいい。


「馬車と宿の手配もお願い。」


「かしこまりました。」


 リリアが一礼する。


 そのまま退出しようとして、ふと、足を止めた。


「アレン様。」


「ん?」


「王都では、絶対に一人で行動なさらないでください。」


「……分かってる。」


「アンにもならないでください。」


「ならないよ。」


「夜中に宿を抜け出すのも――」


「しないって。」


 アレンは苦笑した。


「今回は本当に、王城へ資料を見に行くだけ。」


「左様でございますか。」


「何その顔。」


「何も。」


「絶対信用してないでしょ。」


「これまでの実績を考慮しております。」


「実績って言わないでよ……。」


 否定したい。


 けれど、アンとして王都を歩き回り、尾行され、刺客にまで襲われた。


 前科がある以上、強くは言えない。


「とにかく。」


 アレンは念を押す。


「今回は何もしない。王城へ行って、資料を見て、領地に帰る。それだけ。」


「そのお言葉、覚えておきます。」


「……本当に信用ないなぁ。」


 リリアは僅かに笑うと、今度こそ執務室を後にした。


     ◇ ◇ ◇


 数日後。


 朝早く、ヴァルティエ邸の前には、王都へ向かう馬車が用意されていた。


 護衛の数は、普段より僅かに多い。


「準備は整っております。」


「ありがとう。」


 アレンは馬車へ乗り込む。


 今回、アンになるつもりはない。


 誰かを尾行するつもりも、木札について聞いて回るつもりもない。


 情報屋との約束は守る。


 自分がするのは、領主として、王城に残された記録を見ることだけ。


「行こう。」


「はい。」


 扉が閉じる。


 御者が手綱を動かした。


 ゆっくりと、馬車が走り出す。


 領都の街並みを抜け、王都へ続く街道へ入っていった。


 アレンは、窓の外へ視線を向ける。


 十五年前。


 東倉庫街。


 木札の焼き印。


 そして、両親が亡くなった馬車事故。


 まだそれらが一本の線で繋がっているとは限らない。


 だからこそ、決めつけずに確かめる。


「……父上、母上。」


 流れていく景色を見つめながら、アレンは小さく呟いた。


「もう少しだけ、調べさせて。」


 十五年間、事故として閉じられていた過去。


 その向こうに何が残されているのか。


 今度は、自分の目で確かめる。


 馬車は、朝の街道を、王都へ向かって進んでいった。


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