第55話 次に追うもの
二枚の王都の地図を前に、アレンは腕を組んだ。
「問題は、どうやって見るかだね。」
十五年前の都市整備に関する正式な記録。
残っているとすれば、王城の記録庫である可能性が高い。
領主である以上、閲覧を申請すること自体はできる。
だが。
「十五年前の東倉庫街について調べたい、なんて言ったら目立つよね。」
「ええ。」
ヴィオレットは頷いた。
「ですから、東倉庫街を目的にしない方がよろしいでしょう。」
「というと?」
ヴィオレットは現在の地図へ視線を落とした。
「ヴァルティエ領では、現在も街道の補修や都市整備を進めておられますね。」
「ああ。」
「でしたら、それを理由にできます。」
アレンが目を瞬く。
「領地の参考に、王都の都市整備事業を調べる?」
「はい。」
ヴィオレットは古い地図へ指を添えた。
「王都ほど大規模な都市整備の記録であれば、計画書だけでなく事業報告書も残されているはずです。領地の今後の整備を考えるため、過去の事例を参考にしたいと申し出るのであれば、不自然ではありません。」
「なるほど。」
東倉庫街だけを調べれば、何故そこを見るのかと疑問を持たれる。
だが、王都全体の都市整備を調べる中で、十五年前の記録へ辿り着いたのなら、少なくとも最初から東倉庫街を狙っているようには見えない。
「一年分だけじゃ駄目だね。」
「ええ。」
「十五年前だけ見たら、それこそ怪しい。」
アレンは指先で机を軽く叩いた。
「前後を含めて……過去二十年くらいかな。」
「十分かと。」
「計画書と事業報告書、両方を見る。」
「はい。計画されていた内容と、実際に行われた工事が同じだったとは限りませんから。」
「ああ。」
計画には入っていたが、途中で外されたのか。
それとも、最初から計画に入っていなかったのか。
そこにも大きな違いがある。
「まずは全体を見る。」
アレンは地図へ視線を落とした。
「その中で東倉庫街がどう扱われているのかを確認する。それから、必要なら計画を立てた部署や承認までの経緯を辿る。」
「その方がよろしいでしょう。」
「分かった。」
アレンは小さく頷いた。
これなら領主として王城の記録庫へ入る理由になる。
しかも、すべてが嘘というわけでもない。
ヴァルティエ領では今も、街道の補修や井戸の整備など、領民の暮らしに関わる事業を進めている。
王都の事例が参考になるのも事実だった。
「……こういうの、得意だね。」
不意にアレンが言った。
ヴィオレットが顔を上げる。
「何がでしょう?」
「怪しまれない方法を考えるの。」
「情報屋ですので。」
「ああ。そうだった。」
アレンが笑う。
「頼もしいよ。」
「……ありがとうございます。」
ヴィオレットは静かに答えた。
ほんの僅かに、口元が緩む。
アレンはそんなことには気付かず、もう一度、二枚の地図を見比べた。
十五年前、東倉庫街で何があったのか。
何故、あの一角だけが時代から取り残されたのか。
まだ答えは何一つ分からない。
「まずは王都全体。」
アレンが呟く。
「その中から、十五年前の空白を探す。」
次に追うものは決まった。
王城に眠る二十年分の都市整備の記録。
そこに残された小さな違和感を、一つずつ拾い上げていく。




