第47話 探り
王都、貴族院。
年に数度開かれる定例貴族会議の日。
各地から集まった領主たちが広間を行き交い、開会までの時間を思い思いに過ごしていた。
アレンもまた、領主として会場へ足を踏み入れる。
(今回は、会議だけ。)
数日前、情報屋から受けた忠告を思い出す。
これ以上、焼き印を追わないように。
今も情報屋は、東倉庫街で相手の動きを追っている。
自分が余計なことをすれば、その積み重ねまで無駄にしかねない。
(約束は守る。)
今日は、領主としての務めを果たす。
それだけだ。
「アレン卿。」
聞き覚えのある声に、足を止めた。
振り返る。
「レオンハルト公爵。」
アレンは穏やかに一礼した。
「ご無沙汰しております。」
「久しいな。」
レオンハルトも柔和な笑みを浮かべる。
「領地の様子はいかがかな。」
「おかげさまで。今年も大きな問題はありません。」
「それは何よりだ。」
当たり障りのない会話。
周囲から見れば、年長の公爵が、若い領主へ声を掛けているだけにしか見えない。
「そういえば。」
レオンハルトの視線が、僅かに下がった。
「腕の具合はいかがかな。」
「……。」
左腕。
ほんの一瞬だった。
けれど、アレンは見逃さなかった。
すぐに表情を戻す。
そして、左腕を僅かに庇うように姿勢を変えた。
「ご心配をおかけしております。だいぶ良くなりました。」
「そうか。」
「ただ、医師からはもうしばらく無理をするなと言われています。」
「それがいい。」
レオンハルトは満足そうに頷いた。
「若いうちは、少し動けるようになると無茶をするものだからな。」
「肝に銘じておきます。」
「うむ。」
それ以上、腕について尋ねることはなかった。
「ヴァルティエ領も、随分と活気を取り戻したと聞いている。」
「領民たちが頑張ってくれていますから。」
「相変わらず謙虚だな。領主の手腕もあるだろう。」
「ありがとうございます。」
アレンも笑みを返す。
どちらも、何事もない顔で。
「では、また後ほど。」
「はい。」
レオンハルトが離れていく。
アレンも、そのまま反対方向へ歩き出した。
振り返らない。
表情も変えない。
けれど。
(……やっぱり、左腕。)
先日の夜会、アレンとして出席していたリリアは、レオンハルトと接触している。
その時、レオンハルトは、リリアの左腕へ触れた。
偶然にも、屋敷への襲撃で負傷した場所へ。
だから今回、本物のアレンも同じ場所を傷めているように振る舞っている。
あの夜会にいたアレンと、今ここにいるアレン。
二人が同一人物だと見せるために。
影武者を使っていた痕跡など、どこにも残さない。
(でも……。)
気になるのは、レオンハルトが今も、左腕を気にしていることだった。
夜会で僅かな違和感に気づき、その後も覚えていただけ。
そう考えれば、何もおかしくはない。
だが、わざわざ今日、改めて腕の具合を確認した。
「……。」
引っ掛かる。
けれどそれだけだ。
(覚えておこう。)
疑うには、まだ足りない。
答えを決めてから相手を見れば、何をされても怪しく見えてしまう。
今は、ただ一つの事実として、記憶しておけばいい。
その時、開会を告げる鐘が鳴り響いた。
広間にいた領主たちが、次々と議場へ向かい始める。
アレンも人の流れへ加わった。
◇
議場。
レオンハルトは自らの席へ腰を下ろした。
少し離れた場所に座るアレンへ、さりげなく視線を向ける。
「……。」
左腕。
普通に動かしてはいる。
だが時折、無意識に庇うような仕草を見せている。
(やはり。)
先日の夜会で腕へ触れた時に、ほんの僅かに身体が強張った。
そして今日、本人もまだ治り切っていないと認めた。
何より、ヴァルティエ邸へ送り込んだ者からも、逃走時に相手の左腕を斬ったとの報告を受けている。
(間違いないな。)
あの夜、屋敷にいたのはアレン・ヴァルティエ本人。
少なくとも、レオンハルトの中では、その事実が確定した。
当然、襲撃を受けた夜、本物のアレンが王都にいて、アンという別人として命を狙われていたことなど、知る由もない。
まして、自分が今見ている左腕の違和感が、アレン自身の傷ではなく、影武者だったリリアの傷を再現しているだけだとは、思いもしなかった。
「……。」
レオンハルトは視線を外した。
問題はその先だ。
屋敷へ侵入者が入った。
自らも負傷した。
それでも、ヴァルティエ家は表立って騒いでいない。
王家へ訴え出てもいない。
警備こそ増やしているようだが、犯人を大々的に捜している様子もない。
(何も掴んでいないのか。)
あるいは。
(掴んでいて、黙っているのか。)
アレンの先ほどの態度からは、どちらとも読めなかった。
腕の件を尋ねても、僅かな警戒すら見せなかった。
自然に答えただけだ。
(……まだ判断するには早い。)
ならば、こちらから余計なものを見せる必要もない。
探り過ぎれば、かえって自分が何かを知っていると教えることになる。
「静観するとしよう。」
誰にも聞こえない声だった。
その時、議長が席を立つ。
ざわめいていた議場が静かになった。
定例貴族会議が始まる。
アレンは、レオンハルトが左腕を気にした理由を知らない。
レオンハルトは、自分が確かめた傷が、最初からアレンのものではないと知らない。
互いに、相手が何を知っているのかを測りながら、その実、二人とも決定的な事実だけは見えていなかった。




