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第46話 貴族会議の報せ


 翌朝。


 柔らかな陽光が、執務室へ差し込んでいた。


 アレンは机の上に、昨夜情報屋から示された資料を広げていた。


 十五年前の記録、木札と同じ焼き印。


 そして現在、情報屋が監視している東倉庫街の倉庫。


 十五年前にも、その同じ場所で、同じ印を付けた荷が扱われていた。


 さらに当時の倉庫の使用者が記されていたと思われる頁だけが、帳簿から切り取られている。


「……。」


 偶然と片づけるには、重なり過ぎている。


 けれどまだ、両親の事故へ直接繋がる証拠はない。


「……焦るな。」


 自分へ言い聞かせるように呟く。


 昨夜、情報屋からも釘を刺されたばかりだ。


 分かっていないものを、分かったことにしてはいけない。


 アレンは資料を閉じた。


 今は情報屋へ任せる。


 自分は動かない。


 そう決めた。


 コンコン。


「失礼いたします。」


 執事が部屋へ入り、一通の封書を差し出した。


「王都より書簡が届いております。」


「ありがとう。」


 封蝋には王家の紋章。


 アレンは受け取り、その場で封を切った。


 文面へ目を通し、小さく息を吐く。


「……定例貴族会議か。」


 近くで書類を整理していたリリアが顔を上げた。


「開催日が決まったのですね。」


「ああ。三日後。」


 各領の領主が王都へ集まり。


 領地運営や国政に関わる案件について話し合う定例会議。


 領主である以上、正当な理由もなく欠席することはできない。


「出席されますか?」


「もちろん。」


 アレンは迷わず答えた。


「今回は、僕が行く。」


「……アレン様。」


 リリアの表情が僅かに曇る。


「分かってる。」


 何を言われるのか察し、アレンは先に答えた。


「昨夜、情報屋から調査を控えるように言われたばかりだからね。」


「はい。」


「だから、調査はしない。」


 招集状を机へ置く。


「王都へ行くのは、ヴァルティエ領主として会議へ出席するため。それだけ。」


「……本当に?」


「信用ないなぁ。」


「これまでのアレン様を見ておりますので。」


「それを言われると反論できない。」


 説得力がないのは、自分でも分かっていた。


「でも今回は、本当に何もしないよ。」


 アレンの表情が少し真剣になる。


「情報屋は今も、僕の知らないところで相手を追ってる。」


「はい。」


「僕が勝手に動いて警戒されたら、その人が十日以上かけて追ってきたものまで無駄になるかもしれない。」


 昨夜。


 初めて直接会った情報屋。


 そしてアンとしての自分を二度も助けてくれた人物。


 信頼できると思った。


「だから今は、任せる。」


 リリアはしばらくアレンを見つめ。


 やがて小さく微笑んだ。


「承知いたしました。」


「うん。」


「ですが、護衛は増やします。」


「それはお願い。」


「王都では、お一人にならないでください。」


「分かった。」


「勝手に宿を抜け出すことも禁止です。」


「……分かったって。」


「夜中に変装して出歩くことも。」


「そこまで言う?」


「必要です。」


「はいはい。」


「返事は一度で結構です。」


「厳しいなぁ。」


 アレンは困ったように笑った。


 けれど、今回は反論するつもりもなかった。


 王都では命を狙われ、領地では屋敷へ侵入者が入り、リリアまで負傷している。


 もう自分一人の問題ではない。


 アレンは再び招集状を見る。


 定例貴族会議。


 そこには当然、あの男も出席するだろう。


 レオンハルト・アルマダ・ラミレス。


「……。」


「アレン様?」


「いや。」


 アレンは首を横に振った。


 レオンハルトを疑う材料は、まだ何もない。


 リリアが夜会で傷の位置を正確に触れられた。


 それだけ。


 偶然と言われれば、それまでだ。


「普通にしてればいいんだよね。」


「はい?」


「会議の話。」


 アレンは招集状を畳む。


「誰が相手でも、いつも通り。」


「それがよろしいかと。」


「うん。」


 余計なことはしない。


 余計なことも聞かない。


 今は、相手にこちらの疑念を悟らせないことも、大切だった。


     ◇


 同じ頃。


 王都。


 ラミレス公爵邸。


「ヴァルティエ卿は、定例貴族会議へ出席される予定です。」


 側近からの報告を聞き、レオンハルトは書類をめくる手を止めた。


「そうか。」


「護衛を増やして王都へ入るものと思われます。」


「当然だろうな。」


 レオンハルトは何でもないことのように答えた。


 ヴァルティエ邸へ送った者たちは、酒瓶を回収することも、それ以外の証拠を探し出すこともできなかった。


 それどころか、屋敷側へ警戒させる結果に終わっている。


「失敗した以上、警備を固めるのは当然だ。」


「再び手を打ちますか?」


「いや。」


 即答だった。


「王都で、それも貴族会議の前後に何か起これば目立ち過ぎる。」


「では、このままに?」


「会えばいい。」


 レオンハルトは紅茶へ手を伸ばした。


「向こうから王都へ来るのだ。わざわざこちらから危険を冒す必要もない。」


 静かにカップを傾ける。


「何を知っているのか。」


 一口。


「何を疑っているのか。」


 カップを戻す。


「あるいは。」


 薄く笑った。


「何も知らないのか。」


 アレン・ヴァルティエ。


 最近、王都へ足を運ぶ機会が増えた。


 灰色亭の周辺を探っていた形跡もある。


 そして、ヴァルティエ領では、こちらが流していた荷について嗅ぎ回っている。


 偶然なのか、それともすでに何かへ気づいているのか。


「直接顔を見れば、多少は分かるだろう。」


「ヴァルティエ卿へは?」


「いつも通りだ。」


 レオンハルトは何気なく答える。


「何も知らぬ顔で接しろ。警戒させるな。」


「承知いたしました。」


「こちらが疑っていると悟らせる必要もない。」


「はい。」


 側近が一礼する。


 レオンハルトは再び書類へ目を落とした。


 しばらくして。


「そういえば。」


「はい。」


「レイ・ヴァルティエについては。」


「引き続き周辺を確認しております。今のところ、先日の夜会以降、王都で目立った動きはございません。」


「そうか。」


「こちらから接触いたしますか?」


「まだいい。」


 レオンハルトは書類をめくる。


「使えるかどうかも分からぬ女へ、こちらから手を伸ばす必要はない。」


「では、監視だけを?」


「いや。」


 一拍。


「監視と呼べるほどのこともするな。周囲から情報が入れば、それでいい。」


「承知いたしました。」


 レオンハルトにとって、レイはまだ数ある可能性の一つに過ぎない。


 使えるなら使う。


 使えないなら、それまで。


 今、優先すべきなのは別にある。


「まずは。」


 レオンハルトは薄く笑った。


「若き領主が、どんな顔で王都へ来るのか。」


 アレンが、自分を疑っているのか。


 それともまだ、何も知らないままなのか。


「見せてもらうとしよう。」


 静かな執務室に、紙をめくる音だけが響いた。


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