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第41話 見えない答え


 ヴァルティエ領へ戻って二日。


 執務を終えたアレンは、自室の机に何枚もの紙を広げていた。


 十五年前、両親が命を落とした馬車事故。


 屋敷へ持ち込まれた酒。


 瓶の底に刻まれていた印。


 灰色亭。


 そこで得た木札。


 そして、そこに残された焼き印。


 これまでに分かったことを、一つずつ書き出して並べている。


 けれど。


「……繋がらないな。」


 小さく呟いた。


 手掛かりは増えている。


 以前より、確実に真実へ近づいているはずなのに、肝心なところだけが、霧の向こうに隠れている。


 コンコン。


「失礼いたします。」


 扉が開き、リリアが部屋へ入ってきた。


 右手で盆を支え、負傷した左腕は身体の近くへ添えている。


 アレンはすぐに眉を寄せた。


「左腕、まだ休ませておいた方がいいんじゃない?」


「ご心配なく。重い物を持たなければ問題ありません。」


 リリアは穏やかに微笑み、紅茶を机へ置いた。


「無茶だけはしないでね。」


「それはアレン様にもお返しいたします。」


「僕?」


「王都で四人の刺客と斬り合った方が、何を仰っているのですか。」


「……。」


 アレンは視線を逸らした。


「それを言われると弱いな。」


「お分かりいただけて何よりです。」


 二人は顔を見合わせ、小さく笑った。


 やがて、リリアが机の上へ視線を落とす。


「整理なさっていたのですか?」


「ああ。」


 アレンは椅子へ座り直した。


「でも、こうして並べてみたら、分かってないことの方が多いって分かったくらいかな。」


 一枚の紙を取る。


「酒瓶の印は、商会や酒蔵で使われているものじゃなかった。」


 次に、焼き印を書き写した紙へ指を移す。


「木札の方は、荷を受け取る側を示す識別印である可能性が高い。」


「情報屋からも、そのように報告されていましたね。」


「ああ。でも。」


 アレンの指が止まる。


「そこから先が分からない。」


 誰が使っているのか。


 何を運んでいたのか。


 何のための荷なのか。


 そして。


「これが十五年前の事故と、本当に繋がってるのかも分からない。」


 リリアは何も言わず、続きを待った。


「僕たちは両親の死を調べてる。その途中で酒瓶が出てきて、灰色亭へ辿り着いて、木札を見つけた。だから全部繋がってるように見えるけど……。」


 アレンは紙の上に並んだ文字を見る。


「そう見たいだけかもしれない。」


「……。」


「関係ないものまで無理に結びつけたら、本当に見るべきものを見落とす。」


 思い込みで答えを作るつもりはなかった。


 十五年前の事故。


 今起きている襲撃。


 それらを繋ぐものがあるのなら。


 必要なのは、推測ではない。


 証拠だ。


「ですが。」


 リリアが静かに口を開いた。


「木札を調べ始めてから、アレン様は王都で襲われました。そして、ほぼ同じ時期にこちらの屋敷にも侵入者が現れています。」


「うん。」


「それだけは、偶然と考えるには不自然です。」


「僕もそう思う。」


 アレンは焼き印を書き写した紙を見る。


「少なくとも、これを調べられたくない人間がいる。」


 それは、刺客自身が証明している。


 捕らえられた男は、何も話さないまま、自ら毒を噛んで死んだ。


 そしてヴァルティエ邸では、酒瓶が保管されていた酒蔵へ何者かが侵入しようとしている。


「そこまでは間違いない。」


「でしたら。」


 リリアが穏やかに微笑む。


「焦る必要はないのではありませんか?」


 アレンが顔を上げる。


「十五年もの間、誰にも知られず残っていたことです。数日で全てが分かるのでしたら、とっくに誰かが気付いていたでしょう。」


「……そうだね。」


 アレンは小さく笑った。


「王都へ行けば、もう少し何か分かると思ってた。」


 アンとして木札を追い。


 レイとして夜会へ入り込んだ。


 それでも、得られたのは断片ばかりだった。


「少し期待しすぎたかな。」


「何も得られなかったわけではございません。」


「そうなんだけどね。」


 アレンは紅茶へ手を伸ばした。


 一口飲んで、ふと、リリアの左腕を見る。


「そういえば。」


「はい?」


「夜会でレオンハルト公爵に触られたところ。まだ痛む?」


 リリアが自分の左腕へ視線を落とす。


「傷そのものは、もうほとんど。」


「……偶然かな。」


 夜会から戻った後。


 リリアから聞いた話だった。


 レオンハルトが何気なく触れた場所が。


 襲撃の際に負った傷と、ほとんど同じだったこと。


「分かりません。」


「だよね。」


 アレンはあっさりと引いた。


 怪しい。


 そう思えば、いくらでも怪しく見える。


 だが腕へ触れただけで、レオンハルトを襲撃者と結びつけることはできない。


「これも保留。」


「よろしいのですか?」


「よくはないけど。」


 アレンは苦笑した。


「分からないものを、分かったことにはできないから。」


 疑うことと、決めつけることは違う。


 レオンハルトについても、十五年前の事故についても。


 今はまだ、答えを出すには早い。


「新しい情報が入るまで、無理に答えを作るのはやめよう。」


「はい。」


「僕たちは僕たちにできることをする。領地を守りながら、少しずつ。」


「ええ。」


 リリアが頷く。


「真実は逃げません。」


「……そうだね。」


 アレンは広げていた資料を、一枚ずつ重ねていった。


 酒瓶。


 灰色亭。


 木札。


 十五年前の事故。


 そして、レオンハルト。


 まだどれも一本の線にはならない。


 資料を引き出しへしまう。


 最後に残ったのは、焼き印の刻まれた木札だった。


「……。」


 アレンはそれを手に取る。


 小さな印。


 これが何を意味しているのか。


 まだ答えは見えない。


 それでも、誰かが命を奪ってまで、これを追わせまいとしている。


 その事実だけは、以前よりもはっきりしていた。


 窓の外へ目を向ける。


 夕暮れに染まった領都。


 仕事を終えた人々の声が、遠くから聞こえてくる。


「焦らなくていいか。」


「はい。」


「十五年待ったんだ。今さら少しくらい待っても変わらない。」


 けれど、諦めるつもりはない。


 アレンは木札を引き出しへしまい、静かに閉じた。


 見えない答えを無理に形にする必要はない。


 今はただ、次の手掛かりが現れた時、それを見落とさなければいい。


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