第23話 西地区の痕跡
翌朝。
アレンはリリアと護衛二人を伴い、ヴァルティエ領の西地区へ向かった。
情報屋から届いた報告によれば、灰色亭で手に入れた木札と同じ焼き印を付けた可能性のある荷が、この辺りへ運び込まれている。
ただし確認できたのは、運び屋からの証言だけ。
現物までは押さえられていない。
「まずは西門からかな。」
「検問の記録を確認なさいますか?」
「うん。王都方面から荷馬車が入ったなら、何か残ってるかもしれない。」
西門へ着くと、門番がアレンの姿に気付き、慌てて姿勢を正した。
「アレン様!」
「おはよう。少し確認したいことがあるんだけど。」
「何でしょうか。」
「ここ数日の通行記録を見せてもらえる?」
「かしこまりました。」
詰所へ案内され、机の上へ分厚い帳簿が広げられる。
アレンは王都方面から入った荷馬車を中心に、一つずつ確認していった。
行商人。
農家。
酒商。
布商。
食料を積んだ荷車。
西地区は王都へ続く街道に面しているため、もともと人と荷の出入りが多い。
「……これだけじゃ絞れないね。」
「荷札の印までは記録されておりませんからね。」
「うん。」
入領者の名前。
荷の大まかな種類。
目的地。
記載されているのは、その程度だった。
アレンは数日前の欄を指で辿る。
「不自然に記録が抜けてるところもないか。」
「少なくとも、見た限りでは。」
「そっか。」
もし例の荷が入っているとしても、正規の荷に紛れて通ったのなら、帳簿だけで見つけるのは難しい。
「ありがとう。助かったよ。」
「いえ!」
帳簿を返しアレンたちは西地区の中心部へ向かった。
◇ ◇ ◇
朝の市場は、すでに多くの人で賑わっていた。
野菜を運び込む農家。
パンを並べる店主。
荷車を引いて通り過ぎる商人。
いつもと変わらない光景だ。
「これだけ荷が動いてたら、目立たないよね。」
「はい。」
「でも、逆に毎日ここにいる人なら、変な荷馬車は覚えてるかもしれない。」
アレンは市場の端にある酒場へ向かった。
まだ朝ということもあり、店内に客はほとんどいない。
「あれ、アレン様。」
主人が驚いたように顔を上げた。
「朝から珍しいですね。」
「ちょっと聞きたいことがあって。」
「俺に分かることなら。」
アレンは声を落とした。
「ここ数日で、見慣れない商人を見なかった?」
「見慣れない?」
「商人みたいな格好をしてるのに、商売してる様子がないとか。荷を積んでるのに、店を出してないとか。」
「うーん……。」
主人は腕を組んだ。
しばらく考えてから。
「あ。」
「何か思い出した?」
「一昨日だったかな。見慣れない男が一人いましたよ。」
アレンとリリアが顔を見合わせる。
「どんな人?」
「四十くらい。荷車を一台引いてました。」
「何を積んでた?」
「布が掛かってたんで、そこまでは。」
「その人、何してた?」
「それが妙で。」
主人が首を傾げる。
「市場へ来たのに、何も売らないんですよ。誰かに声を掛けるわけでもないし。」
「じゃあ、ずっと荷車を?」
「ええ。しばらく倉庫街の辺りを行ったり来たりしてました。」
「誰かを待っていたように見えた?」
「そんな感じでしたね。」
アレンの表情が引き締まる。
「その後は?」
「昼過ぎには見なくなってましたよ。荷車も一緒に。」
「どっちへ向かったかは?」
「そこまでは見てないですね。」
「そっか。」
情報屋の報告にある荷と同じものかは分からない。
だが時期は近い。
場所も一致している。
「ありがとう。助かったよ。」
「これくらいならいつでも。」
酒場を出るとリリアが静かに口を開いた。
「気になりますね。」
「うん。でも、まだ決めつけない。」
「焼き印を確認したわけではございませんからね。」
「そういうこと。」
アレンは市場の奥へ視線を向ける。
「倉庫街へ行ってみよう。」
◇ ◇ ◇
西地区の倉庫街。
市場の裏手には、大小いくつもの倉庫が並んでいた。
荷箱を担ぐ人夫。
帳簿を確認する番頭。
空になった荷車を引いて戻る者。
人の出入りは多い。
「一昨日、四十くらいの男が荷車を持って来なかった?」
「さあなぁ。」
「荷車なんて一日に何十台も来るよ。」
「布を掛けた荷?」
「それだけじゃ分からんな。」
何人かへ聞いてみたものの、やはり簡単には見つからない。
「……難しいな。」
「特徴が少なすぎますね。」
「うん。」
アレンが周囲を見回した時。
「領主様。」
一人の年配の荷運びが、遠慮がちに声を掛けてきた。
「何?」
「さっきから探してる男なんですが。」
「心当たりある?」
「男の顔は覚えちゃいません。ただ、一昨日の昼頃なら、変な荷を見ましたよ。」
アレンの目が細くなる。
「変な荷?」
「ええ。」
「どんな?」
「荷車を一台、奥の空き地へ入れてたんです。」
「倉庫じゃなくて?」
「はい。」
荷運びは倉庫街のさらに奥を指した。
「あそこは荷の積み替えに使うことはありますが、荷を長く置くような場所じゃないんです。」
「積み替え……。」
「しばらくしたら別の荷車が来て、何箱かそっちへ移してました。」
アレンとリリアが目を合わせる。
「その箱、覚えてる?」
「全部じゃありませんが。」
荷運びが眉を寄せる。
「一つだけ、札がぶら下がってたのを覚えてます。」
「札?」
アレンは懐へ手を伸ばした。
持ってきていた木札を取り出し焼き印が見えないよう、まず裏側だけを見せる。
「こんな感じ?」
「……ああ。」
荷運びが木札を覗き込む。
「形はこんな感じでした。」
「印は?」
「そこまでは――」
言いかけて、男が木札を返そうとする。
その時。
表側の焼き印が目に入った。
「……あれ?」
アレンの表情が変わる。
「何?」
「これ……。」
荷運びが焼き印を指差した。
「同じだった気がする。」
空気が変わった。
「本当に?」
「絶対とは言えませんよ。」
男は慌てて付け加える。
「ちらっと見ただけです。ただ、この形……どこかで見たと思ったら。」
「一昨日の荷札?」
「たぶん。」
アレンはそれ以上詰め寄らなかった。
「分かった。それで十分。」
「すみません。はっきりしなくて。」
「いや。むしろ助かったよ。」
証言だけ。
しかも確実とは言えない。
それでも、情報屋が掴んだ話と繋がった。
「積み替えた先の荷車は?」
リリアが尋ねる。
「見たことのあるものですか?」
「いや。」
荷運びが首を横に振る。
「この辺りの商人が使ってる荷車じゃなかったと思います。」
「どちらへ向かった?」
「西じゃなくて、南へ。」
「南?」
アレンが聞き返す。
「はい。この倉庫街を出て、そのまま南の道へ。」
アレンの頭の中に、領内の地図が浮かぶ。
西地区から南へ向かう道。
大きな街道ではない。
農村や林を抜ける地方道がいくつか続いている。
「ありがとう。」
アレンは木札をしまう。
「他の人には、今の話はしないでもらえる?」
「何かあるんですか?」
「まだ分からない。」
だからこそ余計な噂にはしたくない。
「お願いできる?」
「もちろんです。」
「助かるよ。」
荷運びが離れていく。
アレンはしばらく、南へ続く道の方向を見ていた。
「……積み替えてた。」
「はい。」
「だから西門の記録を見ても、荷の行き先までは分からなかったんだ。」
王都方面から来た荷車が西地区へ入る。
そこで荷を下ろす。
別の荷車へ積み替える。
その先は最初の荷馬車を追っても辿れない。
「情報屋が言ってた通りだ。」
「受取先を示す印。」
「うん。」
この倉庫街は、目的地ではない。
中継地点だった可能性が高い。
「次は南か。」
「アレン様。」
「分かってる。」
リリアを見る。
「今日は追わない。」
リリアが少し意外そうに目を瞬く。
「お珍しいですね。」
「僕を何だと思ってるの。」
「そのまま南へ向かわれるものかと。」
「行きたいけど。」
「やはり。」
「でも、今からじゃ遅い。」
それに相手が本当に表へ出せない取引をしているなら。
無計画に追えば、こちらの存在を知らせることになる。
「まず南へ続く道を洗う。」
アレンは静かに続けた。
「宿場。」
「倉庫。」
「荷車を預かれる場所。」
「あと、荷を下ろせそうな場所も。」
「承知しました。」
「護衛も少し増やそう。」
リリアがアレンを見る。
「今回は慎重でございますね。」
「情報屋からも現地確認を勧められたけど。」
アレンは一度、倉庫街を振り返る。
「ここから先は、僕の領地だから。」
王都で調べていた時とは違う。
街道も。
村も。
そこに暮らす人間も。
すべて自分が守るべき土地の中にある。
「もし本当に、表へ出せない荷を僕の領地で動かしてるなら。」
アレンの目が細くなる。
「何を運んでるのか、ちゃんと確かめる。」
静かな声だった。
怒鳴るわけでもない。
けれど領主としての意志が、はっきりと滲んでいた。
王都から持ち込まれた荷は、西地区で消えたのではなかった。
別の荷車へ積み替えられ、さらに南へ。
アレンの領地の奥へ向かっている。
細かった糸は少しずつ、確かな道筋へ変わり始めていた。




