第22話 領内へ
三日後。
ヴァルティエ邸の執務室。
「アレン様。」
リリアが一通の封書を手に入ってきた。
「情報屋から返事が届きました。」
「もう?」
アレンはペンを置き、封書を受け取る。
差出人の名はない。
封蝋に押されているのは、すでに見慣れた情報屋の印だった。
「思ったより早かったね。」
封を切る。
中には数枚の紙が入っている。
アレンは一枚目へ目を通した。
木札の焼き印について調査したこと、商会、運送業者、荷主を示す印との一致は確認できなかったこと。
「ここまでは、僕たちが調べたのと同じか。」
「そのようですね。」
さらに読み進める。
そこでアレンの指が止まった。
「……ん?」
「何かございましたか?」
「似た焼き印を付けた荷が、表の帳簿を通さず運ばれてるって。」
リリアの表情が変わる。
「帳簿を通さず?」
「うん。」
アレンは続きを読む。
複数の運び屋から話を集めたところ、似た焼き印を付けた荷が、通常の商取引とは別の経路で運ばれていた。
そして、その印は送り主を示すものではなく、荷の受取先を識別するために使われている可能性が高い。
「……受取先。」
アレンが小さく呟く。
「送り主ではなく、届ける相手を示す印ということでしょうか。」
「たぶん。」
アレンは机の引き出しを開ける。
布に包んで保管していた木札を取り出した。
端に残る、黒い焼き印。
「これを見れば、どこへ持っていけばいいのか分かる人間がいるってことか。」
「少なくとも、荷を扱っている一部の者には。」
「名前を残さなくて済むね。」
送り主も。
届け先も。
帳簿へ書かない。
それでも印の意味を知っている者同士なら、荷を正しい場所へ流すことができる。
「随分と用心深いな。」
「表へ出せない荷であれば、なおさらでしょう。」
「……そうだね。」
アレンは木札を机へ置き、次の紙をめくった。
そして今度こそ、動きが止まった。
「……え?」
「アレン様?」
「リリア。」
アレンは報告書から目を離さない。
「ヴァルティエ領だ。」
「何がです?」
アレンは、ゆっくりと読み上げる。
「同じ焼き印を付けた可能性のある荷が、最近ヴァルティエ領西地区へ運び込まれたって。」
「……西地区。」
リリアの声が低くなる。
「ただし、現物は確認できていない。運び屋からの証言だけだから、情報の確度は高くない。現地で確認を推奨する……だって。」
部屋に静寂が落ちた。
アレンは報告書と木札を交互に見る。
王都の灰色亭へ出入りしていた偽商人。
その男が扱っていた荷から落ちた木札。
そこへ残されていた焼き印。
それと同じ可能性のある印が、今度は自分の領地で目撃されている。
「……僕の領地に入ってるんだ。」
「証言が正しければ、ですが。」
「うん。」
まだ確定ではない。
似た印を見間違えただけかもしれない。
別の用途で使われている印かもしれない。
けれど無視できる情報でもなかった。
「西地区か……。」
アレンは立ち上がった。
棚から領内の地図を取り出し、机いっぱいに広げる。
ヴァルティエ領の西側。
王都へ続く街道が通り、行商人や荷馬車の往来も多い地域だ。
「どこで見たのかまでは書いてないね。」
「そこまでは特定できなかったのでしょう。」
「だったら、こっちで辿るしかないか。」
アレンの指が地図の上を滑る。
「まず西門の検問所。」
「荷馬車が通っていれば、記録が残っている可能性がございますね。」
「うん。それから宿場と倉庫。」
「荷を一時的に預けていた可能性もございます。」
「そうだね。」
焼き印の付いた荷を片っ端から探すより、まずは、いつどんな荷馬車が、どこから入り、どこへ向かったのか記録を辿る方が早い。
「明日の朝に出よう。」
「やはり向かわれるのですね。」
「……その言い方。」
アレンが顔を上げる。
リリアは涼しい顔をしていた。
「何か?」
「最初から僕が行くって分かってたでしょ。」
「長年お仕えしておりますので。」
「最近、みんな僕が何するか分かってない?」
「皆様が、ですか?」
「リリアは昔からだけどさ。」
アレンは少し考える。
「ヴィオレット嬢も、たまに僕が言う前から分かってるみたいな顔するんだよね。」
「それだけアレン様が分かりやすいのでは?」
「僕のせいなの?」
「さて。」
「そこで誤魔化すんだ……。」
アレンは少し不満そうに地図へ視線を戻した。
「とにかく、大人数では行かない。」
「目立ちますからね。」
「うん。領主が騎士を何人も連れて聞き込みなんてしたら、何か調べてますって教えるようなものだから。」
「では、護衛は最小限にいたします。」
「お願い。」
リリアが地図を畳み始める。
その間、アレンは情報屋から届いた報告書を、もう一度読み返していた。
「……それにしても。」
「はい?」
「やっぱり、すごいね。この情報屋。」
リリアが手を止める。
「僕たちが表から調べても分からなかったことを、三日でここまで辿ってる。」
「それが情報屋というものなのでしょう。」
「そうなんだろうけど。」
アレンは報告書を眺めた。
酒瓶の刻印。
灰色亭。
偽商人の足取り。
木札の焼き印。
こちらが依頼するたび、少しずつではあるが確実に次の情報を持ち帰ってくる。
「どんな人なんだろう。」
「気になりますか?」
「そりゃあね。」
顔も。
名前も。
何も知らない。
それなのに自分は、その人物を信頼し始めている。
「いつか会うことがあったら、ちゃんとお礼くらい言いたいな。」
「その機会があればよろしいですね。」
「うん。」
アレンは何気なく頷く。
そして報告書と木札を引き出しへしまった。
自分が探している情報屋と、すでに何度も顔を合わせていることなど、もちろん知るはずもない。
夜会で睡眠薬入りの酒を止められ。
王都の市場を一緒に歩き、飛んできた金属片から庇われるように押し倒された相手。
そのヴィオレット・ローランこそが。
今、自分へ報告書を送り続けている情報屋本人なのだから。
「じゃあ、明日の朝に。」
「承知いたしました。」
新たに示された場所は王都ではなく、アレン自身が治めるヴァルティエ領。
翌朝アレンたちは、同じ焼き印の付いた荷を追って西地区へ向かうことになった。




