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第21話 新たな依頼

その日の夜。


 王都。


 表通りから少し外れた、古びた酒場。


 昼間なら酔客の声が響く店も、すでに看板を下ろし、表の扉は固く閉ざされていた。


 そんな店の裏口が静かに二度、叩かれる。


「……誰だ。」


 店主が扉越しに尋ねる。


「ヴァルティエから。」


 短い返事。


 それだけで店主は扉を開いた。


 外に立っていた男から、一通の封書を受け取る。


「確かに。」


「ああ。」


 余計な言葉は交わさない。


 男が立ち去ると店主は裏口を閉めた。


 そして封書を持ったまま厨房の奥へ向かう。


 棚の陰に隠された扉を開き、地下へ続く階段を下りていった。


 最奥。


 重い鉄扉の前へ封書を置く。


 それだけ済ませると、何事もなかったかのように、その場を離れた。


 しばらくして、鉄扉が静かに開いた。


 黒い手袋をした手が置かれていた封書を拾い上げる。


 薄暗い部屋。


 一つだけ灯されたランプの前でヴィオレットは封を切った。


「……。」


 まず目に入ったのは、一枚の焼き印の写しだった。


 見覚えはない。


 続いて、アレンからの報告へ目を通していく。


 灰色亭へ出入りしていた商人が運び込んだ荷箱から落ちた木札。


 商人組合には、この焼き印に該当する商会も運送業者も存在しなかったこと。


 さらにヴァルティエ領で長く商いをしている者たちにも確認したこと。


「……荷の仕分け。」


 ヴィオレットの指が止まる。


 一人の商人から商会を表す印ではなく、大きな倉庫や荷役場で荷を仕分けるための印に近いという証言が得られたらしい。


「なるほど。」


 ヴィオレットは机の引き出しを開けた。


 中から一枚の紙を取り出す。


 以前、アレンから依頼された酒瓶。


 その瓶底に刻まれていた印を書き写したものだった。


 二枚を並べる。


 瓶底の刻印。


 木札の焼き印。


 形はまるで違う。


 共通点も見当たらない。


 ただどちらも、一人の商人へ繋がっている。


「商会でも。」


 ヴィオレットが静かに呟く。


「酒蔵でもない。」


 瓶の印も。


 表から調べられる範囲では、何も出てこなかった。


 そして。


 木札も同じ。


「でしたら。」


 紫色の瞳が細められる。


「表の名簿を調べ続けても、答えは出ませんね。」


 ヴィオレットは木札の写しへ指先を置いた。


 商人を示す印ではなく。


 荷を仕分けるためのものだとすれば。


 探すべきは商会ではない。


 この印を使っている場所。


 荷が集まり、別の場所へ流れていく場所。


「倉庫。」


 一つ。


「荷役場。」


 二つ。


「あるいは……。」


 少し考える。


「表には記録を残さない、中継地点。」


 それなら商人組合へ照会しても出てこない。


 普通の商人が知らなくても不思議ではない。


 限られた人間だけが意味を知る印なら。


 なおさらだ。


「調べる場所を変えましょう。」


 ヴィオレットは立ち上がった。


 机の脇に置いてあった黒い上着へ腕を通す。


 長い紫色の髪をまとめ。


 腰へ細身の短剣を差した。


 鏡の中。


 そこにいるのは、社交界で知られる病弱なローラン侯爵令嬢ではない。


 情報屋として動く時のヴィオレットだった。


 ふと、机の上の依頼書へ目を戻す。


「……随分と調べられましたね。」


 商人組合だけではない。


 自分の領地へ戻ってから。


 長く商いを続ける者たちにまで話を聞いている。


 しかも、自分が得た証言だけで答えを決めつけることもしていない。


 可能性の一つとして、こちらへ情報を渡してきた。


「本当に。」


 ヴィオレットの口元が、僅かに緩む。


「じっとしていられない方ですこと。」


 呆れたような言葉とは裏腹に、その声は少し楽しげだった。


 アレンは情報屋へ依頼したからといって、すべてを任せて待つ人ではない。


 自分で動き。


 自分で考え。


 自分にできることをした上で。


 届かない場所だけを、こちらへ託してくる。


「でしたら。」


 二枚の印を懐へしまう。


「こちらも、働きませんとね。」


 ランプの火を消した。


     ◇ ◇ ◇


 王都東部。


 夜になっても荷を運ぶ音が完全に止まることはない。


 表通りから離れた一角には、大小いくつもの倉庫が並んでいた。


 昼間に運び込まれた荷。


 夜のうちに別の場所へ送られる荷。


 商人。


 荷運び。


 御者。


 ここには王都中から様々な物が集まってくる。


 ヴィオレットは建物の陰から、その様子を眺めていた。


「……。」


 目的は今夜すぐに焼き印を見つけることではない。


 まずはどの倉庫が、どの時間に、どこから荷を受け入れているのか。


 表からでは分からない流れを掴むこと。


 やがて一台の荷馬車が裏手へ入っていく。


 荷箱が降ろされる。


 作業員が札を確認し、それぞれ別の扉へ振り分けていく。


「……やはり。」


 遠目では印までは見えない。


 けれど札そのものは使われている。


 ヴィオレットはその光景を静かに見つめた。


 アレンが見つけた木札。


 それがもし、こうした場所で使われていたものなら。


 商人本人を追わなくとも。


 荷の流れから、その背後へ辿り着けるかもしれない。


「商人が消えても。」


 小さく呟く。


「荷物まで消えるわけではありませんものね。」


 ヴィオレットは静かに笑った。


 そして闇へ紛れるように、その場を離れた。


 アレンが表の世界から拾い上げた手掛かり。


 今度は、ヴィオレットが裏の世界から、その続きを辿り始めていた。


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