↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/79

第18話 老人の証言

夕暮れ。


 王都の西門には、仕事を終えた荷馬車や旅人が行き交っていた。


 その喧騒から少し離れた場所で、アレンは白髪の老人と向かい合っていた。


「探してるんだろ。あの印のついた酒を運んだ男を。」


 老人の言葉に、アレンの表情から笑みが消える。


「……知っているんですか?」


「少しだけな。」


 老人は周囲へ視線を巡らせた。


「ここなら、灰色亭よりは話しやすい。あの店じゃ、誰が聞いてるか分からん。」


「それで、わざわざ呼び出したんですね。」


「ああ。」


 アレンは少し離れた場所へ視線を向けた。


 リリアと護衛二人がいる。


 何かあれば、すぐに駆けつけられる距離だ。


「まず、あなたのことを聞いても?」


「大した者じゃない。ただの荷運びだよ。若い頃から王都と地方を行ったり来たりして、それで飯を食ってきた。灰色亭にも長いこと出入りしてる。」


「だから、あの商人も?」


「ああ。お前さんが探してた男だろ。名前は知らん。」


「名乗らなかったんですか?」


「少なくとも、俺は聞いたことがない。周りもみんな『旦那』って呼んでた。」


「旦那……。」


 アレンはその呼び名を覚える。


「灰色亭にはよく来ていたんですか?」


「時々な。ただ、酒を飲みに来てるって感じじゃなかった。」


「では、何を?」


「人に会ってた。」


 老人が声を落とす。


「毎回、相手は違った。商人らしい奴もいれば、荷運びもいた。中には、どう見てもそこらの商人じゃない奴もな。」


「例えば?」


「身なりのいい男の使いみたいなのが何度か来てた。」


 アレンの目が細くなる。


「貴族ですか?」


「さあな。俺みたいな荷運びには、貴族の家の紋章なんざ全部分からん。ただ、服も立ち居振る舞いも、灰色亭に普通にいる連中とは違った。」


「顔は?」


「そこまでは覚えちゃいない。」


「そうですか……。」


 偽名を使っていた商人。


 灰色亭へ出入りし、複数の人間と接触していた。


 その中には、貴族に仕える者らしき人物までいた。


「他に何か覚えていることは?」


「ある。」


 老人は短く答えた。


「あの旦那は、人と話し終わると必ず裏口から出ていった。」


「裏口?」


「ああ。一度も正面から帰るところを見たことがない。灰色亭の裏は細い路地だらけだ。昔からあの辺りを知ってる奴なら、尾行されたって簡単に撒ける。」


「追ったことがあるんですか?」


 老人が苦笑した。


「一度だけな。」


「どうして?」


「若い頃は余計なことに首を突っ込みたくなるもんだ。」


「……今も十分突っ込んでません?」


「だから後悔してる。」


 アレンが思わず小さく笑った。


「それで、見失った?」


「あっという間にな。それからは追うのをやめた。」


「なるほど。」


 それだけでも十分な情報だった。


 けれど。


 老人はまだ帰ろうとしない。


「……それだけじゃないんですよね?」


 老人が目を細めた。


「若いのに察しがいいな。」


「わざわざ子供に手紙を持たせて、ここまで呼び出したんです。それだけじゃないと思っただけです。」


「そうか。」


 老人は懐へ手を入れた。


 取り出したのは、掌に収まるほどの小さな木札だった。


「これは?」


「荷札だ。」


 アレンが受け取る。


 使い古された木片。


 穴が一つ開き、紐を通せるようになっている。


 そして、その端には黒い焼き印が残されていた。


「……見たことがない。」


「俺もだ。」


「どこでこれを?」


「あの旦那が持ち込んだ荷から落ちた。」


 アレンが顔を上げる。


「商人の?」


「ああ。ずいぶん前だが、灰色亭の裏へ荷箱を運び込んでるところを見た。その時、一枚だけ落ちたんだよ。」


「それを拾ったんですか?」


「何となくな。」


「……何となくで、ずっと持ってたんです?」


「荷運びは変な物を捨てられねぇんだ。」


「そういうものなんですか?」


「そういうことにしとけ。」


 老人が鼻を鳴らす。


 アレンはもう一度、焼き印を見る。


 瓶底に刻まれていた印とは違う。


 形も大きさも一致しない。


「この木札が付いていた荷を、あの商人が運んでいたんですね?」


「少なくとも、俺が見た時はな。」


「ありがとうございます。かなり大きな手掛かりになるかもしれません。」


「期待するなよ。俺には何の印なのか分からん。」


「それでも十分です。」


 老人はアレンをしばらく見つめた。


「本当に変わった貴族だな。」


「そうですか?」


「普通、こういう話を聞いたら、もっと根掘り葉掘り聞くもんだ。」


「話したくないことまで無理に聞いても、正しい答えが返ってくるとは限らないでしょう?」


「……なるほどな。」


 老人は小さく笑った。


「だったら、俺が話せるのはここまでだ。」


「はい。」


「今日会ったことも、誰から聞いたかも、できれば忘れてくれ。」


「それは難しいです。」


「おい。」


「でも、あなたのことを誰かに話すつもりはありません。約束します。」


 アレンは真っ直ぐ答えた。


 老人はしばらくその顔を見ていたが。


「……そうかい。」


 それだけ言って、踵を返した。


 数歩進んだところで、ふと足を止める。


「一つだけ、忠告しておく。」


「何でしょう?」


「あの旦那を探してるんだったな。」


「はい。」


「だったら、本人から話を聞けるとは思わん方がいい。」


 アレンの表情が変わる。


「どういう意味です?」


「長いこと荷運びをしてるとな、急に姿を消す奴も何人か見てきた。」


「……。」


「特に、妙な仕事に関わってた奴はな。」


「口封じされた可能性があると?」


「断言はできん。ただ、そういうことも考えて動けってことだ。」


 老人は僅かに振り返った。


「相手が何者かは知らんが、随分と用心深い。もしお前さんまで狙われてるんなら、あんまり一人でふらふらするなよ、若旦那。」


「一人じゃないですよ。」


 アレンが少し離れた場所を見る。


 リリアと護衛たちがいる。


 老人もそちらを見て。


「ならいい。気をつけな。」


「あなたも。」


 老人は片手を軽く上げる。


 そして、西門を行き交う人々の中へ紛れ、やがて姿が見えなくなった。


     ◇


「アレン様。」


 老人が去ったのを確認し、リリアと護衛二人が近づいてくる。


「大丈夫でしたか?」


「うん。色々聞けた。それと、これ。」


 アレンは握っていた木札を差し出した。


「それは……?」


「あの商人が灰色亭へ持ち込んだ荷に付いていたらしい。」


 リリアが慎重に受け取り、焼き印を見る。


「酒瓶の刻印とは……。」


「違う。」


 アレンも頷いた。


「でも、同じ商人に繋がってる。」


 瓶底の刻印。


 そして荷箱に付いていた木札の焼き印。


「二つの印に直接関係があるかは分からない。でも、調べる価値はある。」


「情報屋へ?」


「それもお願いする。」


「それも?」


「僕たちでも調べたい。」


 リリアが黙る。


「無茶はしないよ。」


「まだ何も申し上げておりません。」


「顔に書いてる。」


「アレン様がそう仰る時は、大抵何かなさいますので。」


「今回は本当に調べるだけ。」


「信じておきます。」


「信用ないなぁ。」


 アレンは苦笑し、もう一度木札を見る。


 商人の名前は分からない。


 依頼人も分からない。


 瓶底の刻印の意味も、まだ分からない。


 それでも今まで一つしかなかった印が、二つになった。


 酒瓶と。


 木札。


 別々の印を残した二つの品が、一人の商人を介して繋がっている。


 細い糸ではある。


 けれど、次へ進むための手掛かりだった。


 アレンは木札を大切にしまい、夕暮れの西門を後にした。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。