↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/81

第16話 新たな手掛かり


 酒蔵襲撃から一週間。


 ヴァルティエ邸の執務室。


 アレンは机に積まれた書類へ、順番に目を通していた。


 領内の収穫状況。


 街道の補修。


 商人から届いた取引の申し出。


 最後の一枚へ署名をしたところで。


 コンコン。


「アレン様。」


「どうぞ。」


 扉が開き、リリアが一通の封筒を手に入ってきた。


「情報屋からです。」


「来た?」


 アレンはすぐにペンを置いた。


 差し出された封筒を受け取る。


 封蝋には、すでに見慣れ始めた情報屋の印。


 静かに封を切り、便箋を広げた。


『酒瓶の刻印について調査を続けている。

商会および酒蔵で用いられている印との一致は、現在も確認できていない。

ただし、酒を届けた商人の足取りを追った結果、一つ判明したことがある。

商人が最後に姿を見せた場所は、王都北区――灰色亭。

表向きは酒場だが、商人や荷運びなど様々な人間が出入りしており、情報交換の場として利用されることもある。

不用意に踏み込めば警戒される可能性が高い。

調査は継続する。』


「灰色亭……。」


 アレンが小さく呟く。


「ご存じですか?」


「名前だけなら。」


 アレンは記憶を探る。


「王都の北区にある古い酒場だったと思う。商人とか、荷運びをしてる人がよく出入りしてるって。」


「情報屋の報告とも一致しますね。」


「うん。」


 もう一度、手紙へ目を落とす。


 酒を持ってきた商人は偽名だった。


 商業組合への登録もない。


 宿帳に残された名前も偽名。


 その男が最後に姿を見せた場所。


「灰色亭……。」


 アレンは椅子の背へ身体を預けた。


「そこから先の足取りが消えてるんだよね。」


「そのようですね。」


「だったら、何か知ってる人がいるかもしれない。」


「ですが。」


 リリアが手紙を見る。


「不用意に踏み込めば警戒される、と。」


「うん。」


「まさかとは思いますが。」


「何?」


「ご自分で行こうなどとは、お考えではございませんよね?」


「……。」


「アレン様。」


「まだ何も言ってないよ。」


「その間で十分です。」


「ひどいなぁ。」


 アレンは苦笑する。


 けれど否定はしなかった。


「行ってみたいとは思ってる。」


「やはり。」


「もちろん、情報屋が調べてくれてるのは分かってるよ。」


「でしたら、お任せしては?」


「それでも。」


 アレンは手紙を机へ置いた。


「僕を狙ってるかもしれない相手でしょ。」


「……。」


「それに、十五年前の父上たちのことにも繋がってるかもしれない。」


 まだ何一つ確定してはいない。


 睡眠薬を混ぜた者。


 王都で飛んできた金属片。


 酒を持ち込んだ商人。


 酒蔵へ侵入し、その酒を回収しようとした者たち。


 そして十五年前の両親の死。


 すべてが同じ相手によるものなのかさえ、今は分からない。


 だからこそ確かめる必要がある。


「うん。もちろん無茶はしない。でも、人任せでは見えないものもある。」


「……。」


 リリアが小さく息を吐いた。


「そのように仰ると思っておりました。」


「じゃあ。」


「お止めしても行かれるのでしょう?」


「たぶん。」


「そこはせめて否定してくださいませ。」


「でも、嘘になるし。」


「……。」


「リリア?」


「護衛をお連れください。」


「うん。」


「最低でも二人。」


「分かった。」


「それから、何かございましたらご自分で追わず、必ず護衛へ。」


「分かってる。」


「本当に?」


「……たぶん。」


「アレン様。」


「分かったって!」


 リリアはまだ言いたそうな顔をしていたが。


 ひとまず諦めたらしい。


「では、王都へ向かう準備をいたします。」


「お願い。」


 アレンはもう一度。


 情報屋から届いた手紙へ目を落とした。


 王都北区。


 灰色亭。


 そこにあの商人へ繋がる何かが残っている。


     ◇


 翌朝。


 屋敷の前には、王都へ向かうための馬車が用意されていた。


「荷物は?」


「積み込み済みです。」


「護衛は?」


「二名同行いたします。」


「ありがとう。」


 アレンは腰の剣を確かめる。


「では、参りましょう。」


「うん。」


 馬車へ乗り込もうとして、ふと。


 アレンが振り返った。


「どうかなさいましたか?」


「いや。」


 屋敷を見る。


 酒蔵は、あれから警備を増やしている。


 あの瓶も、すでに情報屋へ渡してある。


 襲撃してきた者たちが、もう一度ここへ来る可能性は低いだろう。


「何でもない。行こう。」


 馬車へ乗り込む。


 扉が閉まり、ゆっくりと走り出した。


 目指すのは王都。


 そして偽の商人が最後に姿を見せたという、灰色亭だった。


     ◇


 同じ頃。


 王都北区。


 まだ、昼前だというのに灰色亭では、何人かの客が酒を飲んでいた。


「親父、もう一杯。」


「あいよ。」


 店主が空になった杯へ酒を注ぐ。


 それを受け取った白髪の老人が、ゆっくりと口へ運んだ。


「最近、変わったことはねぇか?」


「何だよ、急に。」


「何となくだ。」


「お前さんがそんなこと聞く方が珍しい。」


「長く荷運びしてりゃ、色々気になるんだよ。」


「知らねぇよ。」


 店主は面倒そうに答える。


 老人もそれ以上は聞かなかった。


 酒を一口飲み。


 ぼんやりと店内を見る。


 この店には、昔から様々な人間が出入りしている。


 商人。


 行商人。


 荷運び。


 どこに仕えているのか分からない男。


 そして。


 時折、妙に身なりのいい人間も。


「……。」


 老人は懐へ手を入れた。


 指先に硬いものが触れる。


 何年も前、灰色亭の裏へ運び込まれた荷箱から偶然落ちた、小さな木札。


 拾った時、端に焼き付けられた印が少し珍しくて、何となく捨てずに持っていた。


 取り出すことはせず、そのまま手を離した。


 ただの古い木札だ。


 今までそう思っていた。


「親父。」


「ああ?」


「勘定。」


「もう帰るのか?」


「ああ。」


 老人は硬貨を置いて立ち上がる。


 木札のことなど、すぐに頭から消えていた。


 この時はまだ。


 その古びた木札を探すことになる若い領主が、まさに王都へ向かっていることなど、老人は知る由もなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。