第4章:闇の囁きの村
「村人たちを守らなければ」
レオンは心配そうに眉をひそめた。
「『暴食』が野放しになっている今、みんな怯えて畑に足を踏み入れることすらできない状態なんです」
「『暴食』は、私一人で片付ける」
ケンタが静かに言い放った。
エイドロンは驚いて目を瞬かせた。
「魔王軍の幹部を、一人で追うって言うんですか?」
レオンはくすくすと笑い、エイドロンの肩を叩いた。
「エイドロン、団長を甘く見るなよ。ケンタ様はこの王国最強の騎士だ。10年間に及ぶ過酷な実戦と訓練を積んでおられる。これまでに何百体ものSランクモンスターを倒し、ドラゴンすら仕留めたことがあるんだ」
エイドロンの顎が緊張で強張った。ドラゴンだと? 彼は新たな敬意の念を込めてケンタを見た。
(この人、思っていたよりも遥かに化け物だな)
「エイドロン、その間にお前はレオンと一緒に国境の村へ向かってくれ」
ケンタが指示を出した。
「住民たちの安否を確認し、『暴食』が罠を残していないか調査するんだ。不審な点があれば、すぐに本部に報告しろ。決して交戦はするなよ」
「ええ! 彼にとって、これ以上ない初任務になりますね」
レオンも同意した。
エイドロンは内心で絶叫していた。
(行きたくねえ! こんなの普通の騎士の仕事だろ、俺はただの個人ボディーガードなんだよ!)
彼は抗議しようと口を開きかけたが、ふとセラフィナの顔が浮かんだ。自分がここを離れたら、誰が彼女を守るのだ?
まるで彼の心を読んだかのように、ケンタが微笑んだ。
「私がここに残って、姫様をお守りする。お前とレオンは偵察を頼む」
「よし、決まりだ!」
レオンが背伸びをした。
「まずは兵舎に行って装備を整えてくるよ。エイドロン、馬車で合流しよう!」
レオンが歩き去ると、エイドロンは心の中でうめいた。
(どうして俺はいつも、こういう生死に関わる状況に巻き込まれるんだ? なんとかしてこの任務から逃げ出さないと……)
ケンタが不思議そうに彼を見た。
「緊張しているのか、エイドロン。何か問題でも?」
(チャンスだ)
エイドロンは思った。彼はセラフィナ王女が物陰に隠れて、自分たちの話を盗み聞きしていることに気づいていた。ここで嫌な奴のフリをすれば、留守番をさせてもらえるかもしれない!
「ただ王女のことが心配なだけですよ」
エイドロンは、声がしっかり届くように大声で言った。
「俺にとって、彼女の安全が最優先ですから。何しろ……あいつは酷く子供っぽいですからね。泣くこと以外、一人じゃ何一つできない。放っておいたら、今にでも城を燃やしちまうかもしれませんよ」
柱の陰で、セラフィナの顔が怒りで真っ赤に染まった。同時に、「最優先」という言葉に心臓が少し跳ねたことも否定できなかった。
――シュッ!
突如として火の玉が空を切り裂き、エイドロンの頭上をかすめて背後の石壁を黒く焦がした。
「誰が子供っぽいですって!?」
セラフィナが隠れ場所から足を踏み鳴らしながら飛び出してきた。
「私だって怖いものなんてないし、絶対に泣いたりしないわよ! 言い訳ばかりしてないで、さっさとその村へ行ってきなさい、このバカエイドロン! ふんっ!」
エイドロンはため息をつき、彼女が足早に去っていくのを見送った。
(作戦失敗だ。それも最悪の形でな)
ケンタが堪えきれずに爆笑した。「落ち着いてください、姫様! こいつの無礼は私から謝ります。ですがきっと、エイドロンは姫様のアップルパイが食べたくて仕方がなくて、機嫌が悪いだけですよ」
エイドロンはケンタに純粋な感謝の視線を送った。
(団長、俺の命を救ってくれてありがとうございます……)
セラフィナは立ち止まり、怒りを少し萎ませた。「……いいわよ。食堂に来なさいな」
故郷の味
それから間もなくして、3人はテーブルを囲み、焼きたての温かいアップルパイを楽しんでいた。
「これは絶品だな」
口いっぱいに頬張りながらケンタが言った。
エイドロンも一口食べたが、その瞬間、言葉を失った。甘く温かい風味が五感を満たし、過酷だった前世では決して知ることのなかった安らぎを彼に思い出させた。
「すごいな……セラフィナ、これ本当に美味い。あんた、料理の才能があるんだな」
セラフィナは真っ赤になり、自分の皿を見つめた。
「そ、そりゃあね! 私は王女なんだから、嗜みくらい多くて当然よ」
「ああ、これなら毎日でも食べたいくらいだ」
エイドロンは本気で幸せそうに呟いた。
「……だったら、毎日作ってあげてもいいけど」
彼女はさらに顔を赤くして、小さな声で呟いた。
「おいおい、私を招待するのも忘れないでくれよ!」ケンタが笑った。
そんな2人を見ながら、エイドロンはふっと、心からの笑みを漏らした。この世界に来てから、悪意や苦痛を交えずに笑ったのはこれが初めてだった。
ケンタが温かい眼差しを彼に向けた。
「お前が笑うのを初めて見たよ。いい笑顔じゃないか、小僧」
エイドロンは慌てて真顔に戻り、気まずそうに咳払いをした。「あー、コホン。さてと」
セラフィナは横目で彼を盗み見ながら、胸の鼓動が少し速くなるのを感じていた。
(笑うと、結構カッコいいじゃない……)
影の村
「行くぞ、エイドロン! 馬車の準備は万端だ!」
中庭からレオンの呼ぶ声がした。
エイドロンは立ち上がり、ため息をついた。「今行きます」
「気をつけてね、エイドロン」
セラフィナが静かに言った。その瞳が彼を真っ直ぐに見つめていた。
「何かあったら、すぐに本部に連絡することを忘れるなよ」
ケンタが念を押した。
「了解です」
エイドロンは手を振った。彼はレオンの隣で馬車に乗り込み、自分に言い聞かせるように思った。
(ただの往復だ。村を確認して、戻ってきて、それからようやく自分の店を開く計画に戻れる)
馬車が帝都の門を出発すると、レオンが緊張をほぐそうと話しかけてきた。
「ところでエイドロン、お前の出身はどこなんだ? 外縁の開拓地出身には見えないが」
「ただの、遠く離れた隔離された村ですよ」
エイドロンは滑らかに嘘をついた。
「そうか。今回の任務から戻ったら、ぜひ俺の家に飯を食べに来てくれ」レオンは誇らしげに微笑んだ。「うちの子供たちが、新しい騎士に会いたがっててね」
「子供がいるんですか?」エイドロンは驚いて尋ねた。
「ああ! 俺は23歳だが、可愛い娘が2人と、素晴らしい妻がいるんだ」
レオンは鎧の下から小さなロケットを取り出し、写真を見せた。
「それは……本当に素敵な家族ですね、レオンさん。羨ましいです」
「そう言うお前は、いくつなんだ?」レオンが尋ねた。
(前の世界では17歳だったが、肉体的にこの新しい体は18歳くらいだな)
「18歳です。そして、絶賛独身ですよ」
レオンは大声で笑った。
「お前が、独身だと? そのルックスでか? 信じられないな。安心しろ、戻ったらとびきりの美人を見つけてやるからな!」
エイドロンはただ窓の外を見つめた。(それはないな)
「おっと。到着したようだ」
馬が歩みを止めると同時に、レオンの声のトーンが一段落ちた。
2人は馬車から降りた。村は不気味なほど静まり返っていた。遊んでいる子供たちもおらず、畑に農民もおらず、煙突から煙すら上がっていない。
エイドロンは目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませた。重苦しく、吐き気を催すような寒気が彼の背筋を駆け上がる。
「この村には、どす黒いエネルギーが満ちています」
エイドロンの瞳が紫色の光を放ち、彼は見えない剣の柄に手を伸ばしながら囁いた。
「感じます。レオンさん、ここは何かが決定的に狂っています」




