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9話 カバノン・イヌリン・クリアランス。


 9話 カバノン・イヌリン・クリアランス。


 謁見《えっけん》の間が、どよめいた。


「カ、カバノン……!?」

「ドーン軍の総大将の……」

「何度もデカールを退《しりぞ》けたという、あの……」

「国家主席……ということは……」


 カバノンは、穏やかに微笑んだまま、


「先般《せんぱん》、フーマルのご仲介《ちゅうかい》により、デカールとの講和が成立いたしました。その取りまとめの労をお認めいただき、身に余る話ではございますが、国家主席の任を拝《はい》することとなりまして」


 ミシャは、慌てて姿勢を正した。


「……セファイラ王国、ミシャ・ンドラ・サクリファイス・ゾーンにございます。遠路はるばる、ようこそお越しくださいました」


「どうかお気遣いなく。本日の私は、神格殿の随員《ずいいん》にすぎませんので」


 カバノンは、ジョカのほうへ、恭《うやうや》しく頭を下げた。

 ジョカは、にこりと微笑んで応える。


 カバノンは、


「まずは、デカールとの講和の内容について、ご説明申し上げておきましょう。セファイラにとっても、無縁の話ではございませんので」


 指を一本ずつ折りながら、淡々と語った。


 係争地《けいそうち》の一部を、ドーンに譲ること。

 一定期間、互いに兵を向けないこと。

 捕虜を交換すること。

 各将の家族を、人質として預け合うこと。


「……率直に申し上げて、勝者の側としては、到底満足のいく内容ではございません。ですが、フーマルが仲裁の席に着かれた以上、それ以上を望むのは、分を越えるというものです」


 そこで、カバノンは、にこりと、目を細めた。


「さて、ここからが本題です、ミシャ王女。……ドーンとセファイラで、同盟を結びませんか」


「……同盟、ですか?」


「ええ。東からドーンが、西からセファイラが。両翼から、デカールを挟撃《きょうげき》するのです」


 謁見の間が、再び、凍りついた。


「ドーンとデカールの間の戦は、確かに終わりました。ですが、講和の条文が縛るのは、あくまで両国間の戦のみ。セファイラとデカールの戦に、ドーンが同盟国として加勢する――これは、条文のどこにも抵触いたしません」


 カバノンは、まるで旧友に語りかけるように、穏やかな声で続ける。


「デカールを地図から消し、その西半分をセファイラが、東半分をドーンが治める。セファイラは西の大国として、ドーンと手を携《たずさ》え、この北大陸を導いていく。……いかがでしょう。両国にとって、これ以上の道はないと存じますが」


 笑顔だった。

 どこまでも、柔らかく、誠実そうな笑顔。


 だが、その丸眼鏡の奥で、カバノンは、まったく別のことを考えていた。


(デカールは厄介だ。強大で、狡猾《こうかつ》で、しぶとい。……だが、セファイラなら、どうとでも料理できる。バカ姫に、錆《さ》びた兵隊……噂の『守り神』とやら以外は全てゴミ……)


 カバノンも、当然、デカールがセファイラとの戦争で30万の兵を失ったという話は耳にしている。

 セファイラがデカールを撃退できるほどの『牙』を隠していたことには素直に驚いたが、トップが『ミシャ』なので、脅威には感じなかった。


 守り神がいかに強力な牙であろうと、その使い手であるミシャが愚かであれば問題はない。


(ミシャのような脳内お花畑に敗れたロスは、知能レベルが虫以下と言わざるをえない。私であれば、たとえ、セファイラがどんな牙を隠していようと、完璧に対応できる。正面からはぶつからず、上手に利用すればいいだけのこと。ジョカの言う通り……馬鹿とハサミは使いよう)


 ミシャは、しばらく黙っていた。

 やがて、静かに、だが、はっきりと口を開く。


「……カバノン主席。セファイラは、本日、デカールと不可侵の盟約を交わしたばかりです」


 ミシャは、宰相の足元に落ちたままの書状に、目を向けた。


「その盟約の書状を届けてくださったのは、そちらにおられる神格殿です。……その舌の根も乾かぬうちに、デカールへ攻め込む相談など、できるはずがありません」


「ふむ」


「それに……ドーンは、フーマルの仲介によって、デカールと講和を結んだばかりなのでしょう。フーマルの神格殿の御前で、フーマルの顔に泥を塗るようなお話をして、よろしいのですか?」


 カバノンは、そこで、ジョカのほうへ視線を流す。


 ジョカは、窓の外を眺めながら、のんびりと言った。


「フーマルが見ているのはぁ、『北大陸のバランス』が『いい感じ』になっているかどうか、それだけでしてぇ……『平和』かどうかは、正直、どうでもいいんですよねぇ」


「……っ」


「なのでぇ、バランスが崩れない程度の戦なら、どうぞご自由にぃ」


 ミシャは、


「デカールが滅びるのは……バランスが崩壊したということなのでは?」


「国が滅びるかどうかは、どうでもいいですねぇ」


 そこで、カバノンが、穏やかにうなずいて、


「……そういうことです。付け加えるなら、この挟撃策は、そもそも神格殿のご発案。ご懸念《けねん》には及びません」



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