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8話 ファントムトーク。


 8話 ファントムトーク。


 謁見の間は、静まり返っていた。


 重臣たちは、口を半開きにしたまま固まっている。

 宰相は、床に落ちた書状を拾うことすら忘れていた。


 ジョカは、センの目をのぞき込んだまま、にこにこと答えを待っている。


 センは、ゆっくりと、一度だけまばたきをした。


 そして、


「……もちろん、喜んで」


「え?」


 ミシャの口から、間の抜けた声がこぼれた。


 センは、ぽりぽりと頭をかきながら、へらりと笑う。


「では、二十歳《はたち》になったら入籍《にゅうせき》ということで」


 ジョカの目が、ほんのわずかに丸くなった。

 だが、それも一瞬のこと。

 すぐに元の笑みに戻り、何も言わずに、にこにことセンを見つめている。


 センは、その目を、まっすぐに見つめ返した。

 気圧《けお》されてたまるか、とでも言わんばかりに、

 にこりと微笑んで、ジョカに、


「俺は性格が終わっているので、一生独身も覚悟していましたが、まさか、これほどのセクシーギャルとゴールインできるとは。人生の運を使い切った気分ですよ」


「ちなみに、わち、週8でHしないとダメなタイプですからぁ、そこだけ留意《りゅうい》しておいてくださいねぇ」


「シャバいですねぇ。俺は、一日に最低でも11回はしないとダメな性豪ですよ。ついてこれますかねぇ」


「おやおやぁ、それは頑張らないといけないですねぇ、うふふぅ」


 ジョカは、口元に手を当てて、くすくすと妖艶《ようえん》に笑った。


 ミシャが、センの袖を引き、耳元でささやく。


「ちょ、ちょっと……どういうつもり? まさか、本気で――」


 センは小声で、


「落ち着いてください。あれは、ファントムトークです」


「……ふぁんとむ……?」


「中身のない言葉で世界をケムに巻くトーク術……俺も、頻繁《ひんぱん》に使っているやつです」


「あなたの発言って、たまに壊れているけど……わざわざ、それに名前をつけているってこと?」


「カッケェっしょ?」


「……」


 アホを見る目のミシャをしり目に、センは、


「フーマルの神格殿は、アクロバティックな言葉の空中戦で場を翻弄《ほんろう》して、主導権を握ろうとしている……くくく……一般人なら動揺するでしょうが、最高位ファントムトーカーである俺には通じませんよ」


「本気の求婚だったら、どうするつもりなの?」


「この世で最も愚かな質問の一つですね。なんで、あのレベルの美女が、俺みたいな『量産型モブⅡ改』に求婚するんすか」


「……」


 ミシャは、黙り込んだ。

 袖をつかんでいた指から、そっと力が抜ける。


 ふと、視線を感じて、ミシャは顔を上げた。


 ジョカが、にこにこと、二人を眺めていた。

 楽しげに。

 値踏みするように。


 センは、彼女の視線から目をそらさず、


(……まだ確定じゃないが……あの女は、おそらく、『セファイラ快進撃の立役者が俺だ』ってことに気づいている。結婚だのなんだので揺さぶって、探りを入れようって魂胆《こんたん》だろうが……なめんじゃねぇぞ。俺に、その手は通じねぇ)


「さてさてぇ」


 ジョカが、ぱん、と手を叩いた。


「わちの縁談《えんだん》が決まったところでぇ……次は、王女様に、良き縁談のお話をぉ」


「……え? わ、私、ですか?」


 ミシャが、目をしばたたかせる。


「国の行《ゆ》く末《すえ》を本気で思うのであれば、そろそろ、どこと政略結婚するか、決めてもいい時期ではぁ? ゼイ皇子との縁談も、なくなってしまったことですしぃ」


「そ、それは……確かに、そうですが……」


「実はですねぇ。今日は、とっておきのお相手を、お連れしているんですよぉ」


 ジョカは、扉のほうへ、ひらひらと手を振った。


「どうぞぉ、お入りくださぁい」


 重い扉が、ゆっくりと開く。


 入ってきたのは、一人の男だった。


 中肉中背の30代後半。

 つるりと禿げ上がった額に、小さな丸眼鏡。

 下膨れの頬に、ちょび髭。

 仕立てのいい黒の軍服を、一分の隙もなく着こなしている。


 口元には、柔らかな笑み。

 物腰は穏やかで、軍服さえ着ていなければ、品のいい文官にしか見えない。


 だが、男が一歩踏み込んだ瞬間、センは、首筋の毛が逆立つのを感じた。


(こいつも相当強いな。デカールの皇子どもと、同じぐらいの覇気を感じる)


 男は、ミシャの前まで歩み出ると、胸に手を当てて、深々と一礼した。


「お初にお目にかかります、ミシャ王女。ドーン共和国、国家主席――カバノン・イヌリン・クリアランスと申します」



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