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16話 兄も父もみんな殺す。


 16話 兄も父もみんな殺す。


 玉座の上で、皇帝は、しばらく黙っていた。

 肘掛けに置いた指が、ゆっくりと、二度、三度と動く。


 やがて、皇帝は、淡々と告げた。


「兵を連れて、セファイラへ向かえ。ただし、目的は討伐ではない。帰順《きじゅん》をうながすことだ」


「……降伏勧告、ですか。制圧ではなく?」


「失った2万の穴は、何としても埋めねばならん」


 皇帝は、まるで帳簿でも読み上げるように続けた。


「セファイラに、こう伝えよ。素直にこうべを垂れ、ドーンとの戦に兵を出し、帝国に尽くすのであれば、これまでの『帝国への背信』は不問に付す、と。戦果しだいでは褒美を出すとも伝えよ」


「……承知、いたしました」


 かろうじて、そう答える。

 だが、床についた指先には、ぎりぎりと力がこもっていた。


(制圧すればいいだろうが……今度こそ叩きつぶして、首に縄をつけて、ドーンの前線に放り込めばいい。許す必要などない……)


 その胸の内を見透かしたように、皇帝が、わずかに目を細めた。


「……その顔では、勧告の席で、相手の首を絞めかねんな」


 ロスは、はっとして、表情を取りつくろう。

 だが、遅かった。


「こたびの使節は、『ゼイ』を正使とする。貴様は、副使として従え」


 ゼイはデカールの第二皇子。

 皇族の中でも一目置かれている傑物。


「お、お待ちください、陛下! 兄上の手をわずらわせるまでもありません! 私一人で――」


 言い終える前に、皇帝が、右手を、すっとロスへ向けた。

 玉座から、立ち上がりすらしない。


「龍波動《りゅうはどう》ランク10」


 皇帝の手のひらから、青白い魔力の奔流《ほんりゅう》が放たれた。

 それは、うねりながら龍の顎《あぎと》の形をとり、ロスの体に食らいついた。


「がはぁっ!!」


 ロスの体が、床から引きはがされる。

 そのまま、謁見の間の壁へと叩きつけられた。


 魔力の龍が霧散し、ロスは、壁際に崩れ落ちる。


「余が命じている。口答えは、誰であろうと許さん」


 床に這いつくばったまま、ロスは、血の混じった唾を吐いた。



 ★


 その日の午後。

 ロスは、自室の寝台に腰かけ、宮廷魔導士の治療を受けていた。


 謁見の間で打ちつけられた背中が、まだ、じくじくと熱を持っている。


(……あのゴミジジイ……長く生きていられると思うな……)


 ロスが奥歯をかみしめた、その時。


 ノックもなしに、扉が勢いよく開いた。


「聞いたぞ、ロス!」


 腹の底から響くような、太い声。

 入ってきたのは、兄のゼイだった。


 宮廷魔導士が、あわてて立ち上がり、深く頭を下げる。

 ゼイは、軽く手を振っただけで、ずかずかと部屋の中へ踏み込んできた。


「セファイラごときに、叩きつぶされたらしいな。宮廷中、お前のうわさで持ち切りだぞ」


 ゼイは、心底おかしそうに、口の端をつり上げる。


「セファイラなど、われらデカールからすれば、アリのようなもの。そのアリに叩きつぶされたお前は、アリ以下か? ふはは!」


 豪快な笑い声が、部屋の空気を震わせた。


 ゼイは、父によく似ていた。

 ロスより、頭一つ分は背が高い。


 対して、母親似のロスは、背も低く、線も細い。

 並んで立てば、大人と子供のようにすら見える。


「報告書は読んだが、いまいち、よくわからん。鉄の龍とは、なんだ? 魔獣の類か? それとも、ミシャ王女の召喚術か?」


 言いながら、ゼイは、大きな手のひらを、ロスの頭にのせた。

 そのまま、わしわしと髪をかき回す。


 ロスは、兄の手を、ゆっくりと払いのけた。


「……おやめください、兄上。あまりに無礼です」


 ゼイは、一瞬きょとんとしてから、腹を抱えて笑い出した。


「無礼ときたか! ふははは! 一丁前の口をきくようになったじゃないか!」


 ゼイは、ばんばんとロスの肩を叩いて、さらに笑う。

 打たれるたびに、痛めた背中に、鈍い響きが走った。


 ロスは、されるがままになりながら、


(……笑っていろ。今のうちに……お前も殺す……みんな殺す……)


 拳を、そっと握り込もうとした。

 まだ満足に曲がらない指が、ぎしりと鈍い痛みを返した。


 ゼイは、最後まで上機嫌のまま、


「降伏勧告の件は私に任せておけ! 小国の手懐け方というものを教えてやるから、よく見ておくのだ! ふははは!」



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