8.社畜、朝ご飯を食べる
「じいちゃん、準備できたからご飯が炊けるまで、白菜を貼ってくる」
「白菜を……貼る?」
祖父は口をポカーンと開けて、俺の方を見ていた。
ああ、確かに白菜のことを伝えてなかったね。
「さっき収穫した白菜なんだけど、妙に硬くてね」
「ああ、芯は特に硬いからちゃんと切らないとダメだぞ」
「いや、そういうレベルじゃなくて……まあ後で見せるよ」
祖父を横目に俺は白菜を持って、外に出ていく。
「ちょちょ、修平……」
「じいちゃん、どうしたの?」
「わしは認知症になったのか?」
「……へっ!?」
突然、認知症になったのかと聞かれても答えられない。
特に祖父の変わった場面は見ていないし、祖母と比べれば会話もまともにできる。
「いやいや、修平が白菜を貼るって……」
「貼るよ?」
「はぁー、これは修平がおかしくなったのか……。とりあえず、寝た方がいいんじゃないのか?」
祖父は何か勘違いをしているのだろう。
別に今は寝不足でもないし、ちゃんと頭も回っている。
「この白菜が化け物を撃退するのにいいんだよ」
「なんだ……化け物の話か……」
「普通の白菜を貼ってたらおかしいでしょ」
そう言って俺は外に出て、白菜を外壁に固定する。
「さすがにテープだとくっつかないよな」
ガムテープで固定してみたものの、白菜が水分を含んでいるのもあり、重くて落ちてくる。
いつまで光っているのかもわからないから、接着剤で固定するわけにもいかないし、そもそも食べ物だ。
……ああ、食べ物を外壁にテープで貼り付けようとすること自体が間違いだろう。
「グッって挟むクリップを使って、ロープで固定したらいけそうだな」
「じいちゃん……」
俺の様子を後ろで見ていた祖父は一緒に考えてくれていたようだ。
グッて挟むクリップはダブルクリップのことを言っているのだろう。
確かに大きめのダブルクリップなら、白菜を挟んでも落ちない気がする。
そういえば、夏の自由研究とかも祖父が一緒に楽しみながらやってくれたのを思い出す。
虫取りや魚釣りとか祖父が遊んでくれた思い出がいっぱいだ。
「白菜はネギみたいに何かできるのか?」
「えーっと……すごく硬いってぐらい」
俺が白菜の葉をそのまま地面に叩きつけると、地面が大きく凹んでいた。
硬いのはうさぎの化け物の時に気づいたけど、思ったよりも硬そうだ。
それに明らかに叩きつけた葉の大きさよりも広く凹んでいる。
「まるで見えない壁みたいだな……」
俺が白菜を貼り付けようと思ったのは、それが理由だ。
あの時うさぎは俺を目掛けて飛んできた。
だが、あまりの恐怖で白菜で顔を隠したから、うさぎがぶつかってきた場所はズレていた。
きっとうさぎは俺の胸元……まるで心臓を狙っていたからな。
「ホームセンターに買いにいくか?」
「ご飯食べてから行ってくるよ」
俺たちは白菜を貼り付けるのをやめ、家に戻った。
「ばあちゃん、ご飯でも食べようか」
家に戻ると、相変わらず大根は祖母にベッタリとしていた。
祖母も大根を膝の上に載せているから気に入っているのだろう。
すぐに炊き立てのご飯とお味噌汁をよそってテーブルに載せる。
おかずこそないものの、漬物があれば十分だ。
「これはじいちゃんが作ったやつ?」
「ああ、ばあさんがよく漬けていたからな」
白菜や大根の塩漬けってよく食べていたけど、都会に行ってからはあまり見かけなかった。
我が家ではおかずのように出てきたけど、食べ物一つとっても全く都会とは違う。
「じゃあ……」
「「いただきます」」
俺たちは手を合わせて食べていく。
ゆっくりとお味噌汁に口をつけると、味噌の味わいが口いっぱいに広がってきた。
「美味しい……」
つい言葉が溢れてくる。
久しぶりに食べた懐かしいお味噌汁に、思わず頬が緩む。
その様子を見て、祖父は嬉しそうに笑っていた。
祖父が作った塩漬けも、シャキッとした歯ごたえが残っており、祖母が作ってくれていた時と変わらない。
だけど――。
「ばあさん、ご飯だぞ」
目の前の光景は変わっていた。
一人では食べられない祖母の代わりに、祖父がスプーンでご飯を口元まで運んでいた。
隙間からご飯を入れたら、数回咀嚼をする。
だが、中々飲み込めないのが現状だ。
「お粥みたいなやつの方が食べやすいのかな?」
「いや、ばあさんはお粥になると一切食べなくなるからな」
飲み込みがしにくくなると、食形態を変える話は聞いたことがある。
祖母も食べる速度が遅いのもあり、咽せることもあるらしい。
前にお粥やとろみがついたものを試したが、あまり食が進まず結局諦めた。
俺は急いでご飯を食べると、すぐに祖父に声をかける。
「俺が代わるから、じいちゃんも温かいうちに食べなよ」
「ああ、助かる」
祖母の介護を、祖父は一人で続けてきた。
家の掃除が行き届いていないのも仕方がない。
畑の雑草は伸び放題になっていて、それだけ祖父に余裕がなかった時間の長さを物語っていた。
「ばあちゃん、あーん!」
俺は祖母の口の中にご飯を入れる。
両親が亡くなって、幼い俺を育てたのは祖父母だ。
いつも俺にご飯を食べさせていた祖母に俺が食べさせる番になるとは思わなかったな。
「ばあちゃん、美味しい?」
もちろん返事が戻ってくることはない。
だけど、少しだけ表情が和らいだような気がした。
少しでも俺が助けてあげられるなら、大変なことでも頑張らないとな。
だって、俺に残された唯一の家族は祖父母だけだ。
「なあ、修平?」
「じいちゃん、どうした?」
「大根は大根を食べるのか?」
「……どういうこと?」
祖父の言葉に俺は首を傾げる。
よく見ると、祖父の膝の上には大根の塩漬けに必死に葉を伸ばす大根がいた。
「共食いにならないのか……?」
「そもそも大根が大根を食べることのほうがおかしいよ。それに口ってあるのか?」
見た目は先端が分かれて脚のように見える大根と同じだ。
口があるわけでもないけど……。
ジーッと見つめていると、大根は葉を使ってそのまま塩漬けを掴むと、葉の根本に放り投げた。
――ムシャムシャ!
明らかに咀嚼しているような音が聞こえてくる。
祖母に視線を向けるが、食べているような様子はない。
――ゴクッ!
俺は祖父と視線を合わせた。
「食べたな」
「うん、今食べたね」
大根は美味しかったのか、再び塩漬けに葉を伸ばしていた。
どうやら大根は大根の塩漬けを気に入ったようだ。
共食いすることに罪悪感はないのかと思ったが、俺に襲われないように大根を差し出してきたのを忘れていた。
そんなことを考えていることにも気づいていない大根は夢中になって塩漬けを頬張っている。
「まあ、美味しいならいいか」
祖父の膝の上で大根が揺れる。
葉が邪魔なのか、祖父はご飯を食べづらそうにしていたけどね。
そんな大根を見て祖母の口元も、ほんの少しだけ緩んでいるように見えた。
俺は窓の外へ目を向けた。
外壁にはまだ貼られていない白菜が置かれている。
「白菜を貼るためにホームセンターにいかないとな」
そう呟くと、祖父が小さな声で笑った。
「やっぱり白菜を貼るっておかしいな」
……うん。
俺も白菜を外壁に貼ろうとする日が来るとは思わなかった。
こんな状況になったら、何が正しいのかもわからないけどな。
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