5.社畜、畑に行く
俺は祖父を連れて、庭にあるネギを引き抜く。
「やっぱり光ってるよね?」
「ああ、わしにも光って見えるぞ」
祖父もネギを採ってみるが、握られていたのは普通のネギだった。
もう一度俺が収穫すると、やはり光っているのは俺が引き抜いたネギだけだ。
そのままネギを祖父に渡してみるが、輝きは薄くはなるものの、わずかに光っている。
「修平が収穫するとネギが光るんだな」
「俺もおかしくなったみたい」
「ははは、もう世の中おかしくなったから仕方ない」
祖父の言うように、変な化け物がいる時点でネギが光っていても気にはならないだろう。
ただ、このネギが食べられるかどうかだ。
俺はネギを一本ずつ手に取り、お互いを押し合わせる。
――キィン!
まるで包丁で硬いものを押し当ててるような甲高い音が聞こえた。
次第に祖父に渡したネギは輝きを失い、柔らかな普通のネギに戻ると、押し当てたところから真っ二つに分かれた。
「わしが持つとただのネギになるのか」
「自衛には使えなさそうだね」
祖父でも使えるなら常に携帯してもらおうかと思ったが、それはできないようだ。
できても俺が抜いたすぐに使ってもらうぐらいか。
「とりあえず、朝飯でも作る準備でもするか」
俺たちは一度家の中に戻った。
ガスはプロパンガスのため、容量がなくなるまで使えるだろう。
問題は水の確保だ。
俺は蛇口を捻ってみる。
「まだ出るのか……」
蛇口を大きく捻っても出る量は変わらないが、そのまま出しておけば溜めることはできそうだ。
「じいちゃん、浴槽に水を張っておこうか。あとは出来るだけタンクとかにも水を確保した方が良さそうだね」
今後ライフラインがどうなるかわからない。
現状は電気と通信が障害されて使えない状態だ。
電気が使えないってことは、今後水道も使えなくなることは確実だろう。
「じゃあ、その間に野菜を収穫してくるね」
「ああ、野菜はいくつか植えてあるからな」
祖父は少し申し訳なさそうな顔をしていたが、野菜の収穫ぐらい俺でもできる。
祖母は祖父に任せて、その間に俺は畑に向かう。
もちろんさっき抜いたばかりのネギはベルトの隙間に差している。
祖父のやっていた畑は自宅から少し歩いた先にある。
近所に住む人もあまりいないため、ほとんどがうちの畑になるんだが――。
「これじゃあ荒地だな……」
祖父が耕していた畑は、今では背丈を超える雑草に覆われていた。
この場所が畑だと知らなければ気づかないだろう。
家を出る時に祖父の表情が気になっていたが、やっと理解できた。
大事にしていた畑がこんな状態になるぐらいだ。
それだけ祖母の面倒を見るのが大変だったのが伝わってくる。
祖父もこの状態の畑をあまり見せたくなかったんだな。
「えーっと、畑はどこに……あっ、あそこか!」
雑草ばかりある畑の一部に綺麗に今も整っている畑を見つけた。
俺は畑に近づくと、その風景に懐かしさを感じた。
「俺が初めて畑を借りて植えたところか……」
幼い頃、庭での家庭菜園が慣れた頃に畑の一部を使っていくつかの野菜を植えたことがある。
できたら商品として売ろうとしていたけど、祖父母が孫の作ったものは誰にも売らないって言ってたっけ。
大人になって改めて、祖父母に愛されていたんだと実感する。
――パチン!
「よし、収穫するか!」
俺は両手で頬を叩いて気合いを入れ直す。
そうでもしないと、また泣いてしまいそうな気がしたからだ。
それに畑には俺が初めて育てた野菜ばかりが植えられていた。
ぱっと見ただけでも、大根に白菜、にんじんにほうれん草。
どれも祖父に教わりながら育てたものばかりだ。
きっと祖父も俺が帰ってくるのを待っていたのだろう。
11月の終わり頃で気温が低くなってきているのに、胸の奥が少しだけ温かくなった。
「食料不足のことを考えると、収穫しすぎるのもよくないからな……」
俺は今使う分だけを収穫することにした。
まずは大根の葉に手を伸ばす。
ゆっくりと左右に揺らしながら上に引っ張るが、土が硬いのか中々引き抜けない。
手で大根の回りにある土を掘って、再び大根の葉の手元を掴んで引っ張る。
「なんか抵抗されている気がするけど……」
引っ張っても何かに邪魔をされているような感覚がある。
それに土を掘ったのに、今はそれよりも奥に入っている。
まるで逃げるように地面の中に潜っているようだ。
「あー、何か掘るものでも……」
手で土を掘るにも限度がある。
周囲を見回しても、スコップなどが近くにあるわけではない。
どうしようか迷っていると、ベルトに差していたあれが目に入った。
「あっ、ネギ!」
硬くなったネギなら土を掘れるのかもしれない。
……いや、そんなことを考える俺もついに頭がおかしくなったのだろうか。
だが、化け物を真っ二つに切れるぐらいのネギだ。
土ぐらい掘ることもできるだろう。
そう思った俺はネギを手に取ると、大根がわずかに震えているような気がした。
「……いや、気のせいだよな」
そのまま大根が生えている周囲の地面に近づけると、大根が勢いよく飛び出してきた。
「痛っ!?」
その勢いは止まらず、俺の額まで伝わってくる。
やはり社畜生活の疲れはまだ取れていないのか。
まさか大根自ら土から飛び出てくるとは思わないだろう。
それにその衝撃で大根と正面衝突するとはね……。
ただ、大根から飛び出てくるなら、手間が省けるから問題ない。
主任はこんな気持ちで俺に仕事を任せていたのかもしれないな。
そう思うと、怒りで自然と手に持つネギを強く握ってしまう。
「そういえば、大根は……」
俺の目の前に飛び出してきた大根を探す。
近くに転がっていたが、よく見ると少しおかしな形をしていた。
発育不良なのか、先端が二つに分かれている。
だから、抜きづらかったのだろうか。
よく見ると、その二つに分かれた部分がぴくりと動いた。
まるで足のように見える。
それにネギと同じでわずかに光っていた。
「まさか生きてるはずないよな……」
俺は大根に近づくと、足のような部分を綺麗に折りたたみ、ブルブルと震えながらこちらを見上げていた。
しばらく見つめ合う俺と大根。
大根は震えている。
そして、俺も震えている。
「うわああああああ!」
俺は驚いてそのまま後ろに倒れた。
その声に反応して大根も後ろに転ぶ。
ネギが光る世の中だ。
大根が自ら動いても不思議ではない。
ただ、人は想定からとんでもなく外れたことが起こると、何も考えられなくなる。
俺は体を起こして、ゆっくりと大根に手を伸ばす。
だが、大根はびくりと跳ねると、慌てたように立ち上がった。
大根は俺とネギを交互に見る。
「あっ……」
大根はそのまま隣に植えてある大根の葉を両手――いや、頭の葉で掴み、必死に引っ張り始めた。
――スポッ!
まるで音がなったかのように、見事に一本引き抜くと、頭の葉で抱えるように持ち上げる。
そして、俺の前に差し出してきた。
「……」
俺はどうしたらいいのかと戸惑ってしまった。
もう想定外過ぎて何も考えられない。
「ネギが欲しいのか?」
何かと交換したいのかと思い、代わりにネギを差し出すが、大根は再び大きく震え出した。
ひょっとしたらネギが怖いのか?
ネギを背中の後ろに隠してみると、わかりやすいぐらい震えは止まり、安堵したかのように姿勢を崩した。
再びネギをチラつかせると、大根は急いで正座し、頭の葉で抱えていた大根を差し出した。
ああ、これはどう考えても――。
命乞いだろう。
「いやいやいや……」
俺は思わず頭を抱えた。
終末世界になって、化け物が出た。
ネギは光るし、切れ味もおかしい。
だからといって、大根が命乞いをするのは違うだろう。
俺は額を押さえながら大きくため息を吐く。
「あー、変わった大根だな」
やはり社畜生活の疲れは、まだ抜けていないらしい。
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