34.社畜、子育ての大変さに触れる
みんながお風呂に入っている間に、俺は倒れていた少年の様子を見にいく。
「うっ……ごめんなさい……」
夢の中で何かあったのか、苦しそうにもがきながら謝り、小さく体を丸めて震えていた。
このまま起こさないのも可哀想に思い、俺は体を揺らす。
「おーい、起きろ」
それでも中々目を覚ます様子がない。
意識が浮上しないのか、まるで現実へ戻ることを拒んでいるようだった。
俺は少し不安になり祖父を呼んでみた。
「何かあったのか?」
「いや、中々目を覚まさなくてな」
祖父は少年の額に手を当てると、小さく息をついた。
「命に別状はなさそうだが、衰弱しきってるかもな」
「衰弱?」
「長いことまともに食っとらんのだろう? 体力が底をついて意識が戻りきらんのかもしれん」
拓也の話では一人で外に放り出されたと言っていたからな。
あの化け物の正体かはわからないが、子ども一人で食べ物を探すことは難しいだろう。
「でもこのままだと何も食べさせられないし、起きるまで待っててもいいんかな?」
起きるまで待っててもいいのかもしれないが、どこかにんにくを口に放り込んだ罪悪感もあるしな。
「水分なら少しは飲めるかもしれんが、固形物は難しい……んっ? あれは食べさせたのか?」
「あれ……?」
俺は首を傾げた。
何か食べさせるつもりだったのか?
「万能薬の枝豆。さすがに生だから食べさせられないか……」
「あっ……忘れてたわ」
祖父に呆れた顔をされた。
すぐに起きても暴れられたら大変だと思い食べさせていなかったが、そのままバタバタして記憶から抜けていたのを忘れていた。
枝豆自体生で食べるのはよくないが、万能薬になるなら食べてない子どもでも一粒ぐらいは良いだろう。
俺は枝豆を持ってくると、そのまま少年の口にそっと入れる。
「中々食べないよな……」
「まあ、寝ているからな」
そんな俺たちの横をダイコが通り過ぎていく。
「ダイコ何する……」
ダイコは自分の葉をそっと少年の顎の下に重ねた。
――ガタガタッ!
勢いよく顎を動かすと、自然と口の中に入ったままの枝豆は咀嚼されていく。
少年の体が枝豆と同じ桃色の光に包まれる。
強引な方法だが、確実に効果はあったのだろう。
自然と顔は穏やかになり、瞼をパチパチとさせていた。
「うっ……」
「起きたか?」
少年は俺の顔をボーっと見つめる。
まだ起きてないのかな?
「ご飯の準備ができたぞ」
ただ、少年の肌は黒く汚れており、髪の毛もゴワゴワになっている。
「その前にお風呂に入るか」
さすがに子ども一人でお風呂に入らされるのは危ないから、手伝った方がいいのか?
ただ、少年はまだ戸惑っているのかソワソワとしていた。
「ご飯……お風呂……?」
「まだ眠いのか?」
祖父の言葉に少年は首を横に振る。
しっかり意思疎通もしているし、意識もちゃんとしているから問題はなさそうだ。
「じゃあ、風呂に入るぞ」
俺は少年をそのまま抱きかかえて、浴室まで連れて行く。
少年は抵抗することもなく、首を傾げながら周囲をキョロキョロしていた。
まだ夢の中だと思っているのだろうか。
「父ちゃん、まだ食べちゃだめ?」
「トマトが光ってるぞー!」
ただ、子どもたちの元気な声が聞こえてくるから、そっちには興味があるのだろう。
俺は服を脱がすと、そのまま浴室の椅子に座らせる。
「目を閉じて、耳を押さえておけよ」
「えっ……」
俺は頭から湯をかける。
子どもの頭を洗ったことはないが、これで大丈夫だろうか。
手にシャンプーをつけて、ガシガシと洗っていくが中々泡立たないもんだな。
「もう一回洗うぞ」
一度洗い流し、もう一度シャンプーをつける。
今度はしっかりと泡立ち汚れも浮かび上がっている。
「ぐすん……」
「あっ……だだ大丈夫か!?」
鼻をすする音に俺は手を止める。
まさか泣いているとは思わなかった。
やはり慣れないことをやるのは難しいな。
「シャンプーやめるか?」
「……ううん。やって……」
俺の言葉に少年は首を横に振る。
「修平、優しくだぞ」
「うわっ!?」
祖父も気になったのかチラッと浴室を覗いていた。
今度は優しくゆっくりと髪を洗っていく。
「大丈夫か?」
「うん……」
段々と心地良くなってきたのか、俺にもたれかかってくる。
俺は風呂に入るつもりはなかったから、服を着たままなのにな。
気づいたらビショビショになっていた。
ある程度洗えたら、再び泡を流す。
「結構、サラサラな髪をしてたんだな」
初めは髪の毛がゴワゴワして指に引っかかっていたが、今はすんなりと手ぐしが通るようになった。
「じゃあ、体は自分で洗って――」
「やってくれないの?」
まさか見ず知らずの子どもの体を洗って欲しいと頼まれるとは……。
でも、ここはしっかり言わないと――。
「ママはやってくれたのに……」
「くっ……」
また泣きそうな顔で見られたら、俺がいじめているような気分だ。
社畜生活も大変だったが、子育てって想像以上に大変だったんだな。
「背中は洗ってあげるから、他は自分で洗いなさい」
スポンジに泡立てたものを渡すと、どこか嬉しそうにお腹を擦っていた。
「ちゃんと手足も洗えよ」
「うん!」
懐かしい鼻歌を口ずさみながら、少年は自分の体を洗っていく。
ひょっとしたら母親と仲良くお風呂に入っていたのだろう。
「ほら、スポンジ貸して」
俺は少年からスポンジをもらうと、洗い切れていない首筋や背中を洗って流せば終わりだ。
ただ、お風呂に入るだけなのに、こんなに大変だったとは思わなかった。
「ポカポカする」
少年は胸の前で小さく手を合わせるようにして笑った。
さっきまで悪夢にうなされていた子とは思えない。
その一言だけで風呂に入れてよかったな。
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