35.社畜、自分が守れるもの
「おい、まだ寝るなよ」
お風呂に入って疲れたのか、眠ってしまいそうな少年の体を急いで拭いていく。
「みんなご飯を食べるのを待って――」
「ご飯!!」
大きく目を見開くと、そのまま居間に向かおうとしていた。
よほどお腹が空いているのだろう。
「おい、服を着ろ!」
俺は少年を捕まえて、すぐに服を着させていく。
まさか俺が幼い時にお気に入りで着ていたカエルのプリントがされた服を着させる日が来るとはな。
祖母が思い出として残していた俺の小さい頃の服を祖父が押し入れから引っ張り出してきた。
いまだに小学生の時に着ていた体操服とかもあったからな。
「お待たせしました」
俺も濡れた服を着替え終えると、みんなが居間に座って待っていた。
久しぶりにたくさんの人たちが集まって、我が家の居間もギリギリだ。
昔は正月とかに親戚が集まったりしたけど、そういうのは自然となくなったからな。
祖父母の兄弟や姉妹が亡くなったのもあるだろう。
「すげー豪華だね」
机の上には色々な種類の野菜で作った料理が並べられている。
野菜サラダ、トマトと玉ねぎの丸ごと煮、枝豆と卵の炒め物、ミネストローネなどあげたらキリがない。
そんなに食べられるのかと疑問に思うほどだが、食べられなかったから明日食べればいいし、目の前にたくさんの料理が並べられるって環境が今は安心に繋がる。
それに――。
「まさかオムライスがあるとはな」
野菜が苦手なのも考慮してなのか、子どもたちには一つずつオムライスが置いてあった。
それなのになぜか俺の目の前にもオムライスが置いてある。
「わしでは作れないからな」
「じいちゃんが頼んだの?」
俺の言葉に祖父はゆっくりと頷いた。
小さい頃から祖母が作るオムライスは俺の中では特別だった。
誕生日やイベント毎にはよく出ていたからね。
俺が大人になっても、孫には変わりないってことなんだろう。
自然と笑みが溢れてくる。
「さぁ、わしらのことは気にせず、しっかり食べるんだぞ!」
パチンと大きな音が部屋に広がった。
祖父の言葉を合図に、俺たちは手を合わせる。
「ちゃんとお兄さんとおじいさんに感謝するんだよ!」
「特にあんたたち、野菜を残したらダメだからね!」
祖父がせっかく食前の挨拶をしようとしたのに、お母さんたちの勢いに押され、気づけば俺と祖父は拝まれる側になっていた。
手を合わせているから尚更そう感じるのだろう。
まるで祭壇の前にいる神様になったような気分だ。
「ほら、早く食べるぞ!」
「いただきます!」
子どもたちはよだれが出そうになっているのに、中々食べるような雰囲気でもない。
母親たちの睨みが効いているし、ひょっとしたら俺たちが食べるのを待っているのかもしれない。
俺が一品箸で掴んだ瞬間――。
「「「いただきます!」」」
部屋中に声が響くと同時に箸が伸びる。
みんなで料理の取り合いだ。
「うっ……うまい……」
「生きてて良かった……」
「母ちゃん、僕のトマト食べてよ!」
「ふふふ、美味しいかしら?」
様々な言葉が飛び交い、久しぶりに我が家の食卓は賑やかになっていた。
いつもは祖母にご飯を食べさせるために、俺と祖父が交代で食べていたからね。
今日は介護経験のある女性も手伝っているからか、俺もゆっくり食べれる。
ただ、隣に座っている少年はスプーンを持ったままオムライスを眺めていた。
「おい、どうした?」
「食べていいの?」
どこか戸惑った様子で俺の方を見ていた。
「いらないなら俺が食べるぞ?」
「ダメ!」
ニヤリと笑うと、少年はすぐにスプーンでオムライスを掬って掻き込んでいく。
俺と祖父は目を合わせて、お互いに息を吐いた。
食べられる元気があるのはいいことだ。
しばらく目を覚まさなかった時は、心配になったからな。
「ゴホッ!」
「おいおい、ゆっくり食えよ」
咳き込む少年の背中を優しく撫でながら叩く。
急いで食べたから、気管にでも入っていったのだろう。
「兄ちゃん、泣かしたー!」
「修平、強く叩きすぎたんじゃないか?」
「うそっ!?」
そんなに力を入れたつもりはないのに、少年の目からは涙がポタポタと垂れていく。
祖父は俺を睨み、なぜか祖母まで責めるような視線を送ってきた。
「いや、俺は……」
「僕もママと食べたかった……」
小さく呟かれたその言葉に胸が締め付けられる。
食卓を見渡せば、誰もが家族と肩を並べて食事をしていた。
一人だけ違うのは、隣にいるこの少年だけだ。
幼いのにもう隣で「いただきます」と言ってくれる家族はいない。
「今は一人じゃないからな」
どんな言葉をかけていいのかは、正直わからない。
孤独になった少年を支えられるだけの力は俺にはないからな。
ただ、俺から言えるのはそれだけだ。
少年は何も言わず小さく頷いた。
その姿に俺は少年の頭を撫でずにはいられなかった。
きっとこの先大変なことがたくさんあるだろう。
だけど、強く逞しく生きてほしいものだ。
「ほら、冷めるぞ」
祖父が笑いながらミネストローネを差し出す。
「野菜も食べるんだよ」
「ほら、私の作った卵焼きも美味しいよ」
少年の前には次々とご飯が並べられる。
みんな大変な状況なのに、誰もがこの少年の気持ちを理解しようとしてくれているのだろう。
「うん……」
震える手でスプーンを握り直した少年は、一口、また一口と料理を口へ運んでいく。
「食べたら後で遊ぼうぜ!」
「僕も遊ぶ!」
「なら、私とダイコちゃんも!」
子どもたちも遊びに誘おうと声をかけてくれた。
本当に優しい人たちばかりだ。
ダイコも一緒に遊ぶことになって驚いていたけど、面倒見がいいから問題はない。
「俺のオムライスも食べるか?」
「うん、おかわり!」
空になった皿を大きく持ち上げた。
その一言に食卓の空気がふっと軽くなったような気がした。
「はっはっは! よし、今日は好きなだけ食え!」
「ちょ、じいちゃんそれ俺のオムライス!」
まさか俺のオムライスが皿ごととられるとは思わなかった。
だけど、その場が笑いに包まれる。
それを見て、子どもたちも負けじと皿を差し出す。
「俺も!」
「僕も!」
「私も!」
賑やかな声が部屋いっぱいに広がる。
ああ、このままだと俺のオムライスはなくなりそうだな。
「お前ら、俺のオムライスを残しておけよ!」
「「「「えー!」」」」
子どもたちの声と大人たちの笑い声が重なり合う。
終末世界になってから、こんな笑い声を聞いたのはいつ以来だろう。
外では化け物が歩き回り、人は明日を生きられる保証もない。
それでも――。
温かい料理があって。
一緒に「いただきます」と言える人がいて。
「おかわり」と笑える食卓がある。
終末世界になっても、それだけは失いたくなかった。
それだけで生きようと思えるからな。
それに畑にはまだ収穫を待つ野菜がたくさんあり、助けを求める人もきっとまだいるはずだ。
俺には世界を救う力なんてない。
だけど、畑とこの食卓なら俺でも守れるのかもしれない。
だけど……。
「俺のオムライス……」
空になった皿を見て、思わずため息が漏れる。
どうやらオムライスは守ることができなかったようだ。
「兄ちゃん……」
「んっ? どうした?」
隣にいる少年からツンツンと突かれた。
俺はどうしたのかと思い顔を向けると、少年は自分のスプーンを差し出していた。
「あーん!」
きっと自分が食べたいはずなのに、俺にオムライスを食べさせてくれた。
優しい卵に包まれたトマトケチャップ味のご飯に自然と笑顔になる。
「ありがとう」
俺は優しく少年の頭を撫でると、どこか心地良さそうな顔をしていた。
「よし、明日も畑作業頑張るぞ!」
「「「おー!」」」
その言葉にみんなが笑顔で頷く。
温かな笑い声は静かな夜へと溶けていった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
一旦、ここで区切りをつけさせていただきます。
またストックが貯まったら、連載再開を検討してます。
なので、ブクマと評価をしていただき、しばらくお待ちください!




