28.社畜、避難所を開拓する?
隙間から学校に入ると、すぐに今の現状を拓也に聞き出した。
「それで食べ物がないのか……」
拓也の話では定期的に空から化け物が食料を狙って飛んでくると言っていた。
被害は最小限だが、いつ襲ってくるかわからない恐怖と食料がなくなるという不安に押しつぶされているらしい。
だから、避難している人たちは気が立っているいるし、すぐに対抗できる拓也がずっと見張りをしていると言っていた。
「まずはその化け物が何か……って聞いているのか?」
「あっ、すまんすまん」
「はぁー、お前がそんなんじゃ話にならないだろ」
寝不足だからか拓也はボーッとしているし、視線がやけに俺の足元に向いて――。
「あぁ、ダイコが気になるのか」
「いや、大根が歩いているのが不思議で……」
我が家では動く大根が当たり前になっていたが、見たことない人は驚くだろう。
周囲の大人たちも化け物かと思って警戒しているからな。
警戒していないのは子どもたちだけだろう。
ダイコをキラキラした眼差しで見ていた。
化け物よりは馴染みがあるし、どこか可愛らしさもあるからな。
今も俺の脚を壁みたいに使って隠れようとしているが、後ろから丸見えなのは気づいているのだろうか。
「とりあえず、避難所の様子を見せてくれ」
「ああ……」
歯切れの悪い返事をした拓也を先頭に付いていく。
「ここが避難所なのか……?」
目の前の光景に驚いた。
学校の中とは思えない。
まるでスラム街のようだ。
体育館の天井には大きな穴が開き、ブルーシートが張られているだけ。
隙間から冷たい風が吹き込み、室内だというのに息が白くなる。
その寒さを凌ぐためだろう。
あちこちで焚き火が焚かれ、煙が薄く漂っていた。
避難している人は毛布に身を包み、肩を寄せ合って座り込んでいる。
洗う余裕などないのか、服は泥や煤で黒ずんでいる。
子どもたちは静かに親の傍に寄り添い、大人たちは皆疲れ切った顔をしていた。
さっきの人たちとは異なり、話す気力すら残っていないのだろう。
「おいおい……」
俺は思わず言葉を失った。
化け物に襲われていたとはさっき聞いたが、ここまで酷いとは思わなかった。
俺が祖父母を連れ帰って良かったと思うほどだ。
「これでもどうにか生活できるようになったんだぞ」
拓也が力なく笑う。
「どういうことだ?」
「初めはみんなで協力していたけど、不安とストレスで人は変わった」
俺が拓也に会った時からまだ三週間程度しか経っていない。
その間に一体何があったんだ。
「小さな子どもを追い出すやつらだからな……」
「子ども?」
「ああ、お腹を空かした子どもが食料を盗んだことがあったんだ」
「その子に家族はいなかったのか?」
俺の言葉に拓也は頷く。
「親が化け物になって、その子は一人で避難してきたんだ」
「そうか……」
一人だけ生き残ったのだろう。
仕事に行っている親と保育園や学校に行っている子どもは離れ離れになる可能性があるからな。
「それなのにたった一つのパンを盗んだだけだぞ……。それなのになんであんな目に……」
「パン一つでか!?」
「そうだ。あいつらのせいだ」
拓也の視線の先にはさっき文句ばかり言っていた大人たちがいた。
きっと自分たちが生きることしか考えてないんだろう。
「その事件から避難所を出て個人で生きていく人たちが増えた」
他の警察官は家族もいるし、出て行った人たちと共に生きることを選んだ人がほとんどだ。
ここに拓也が残っているのは独り身なのもあるが、避難所にいる人たちを残して置けなかったのだろう。
俺はそっと拓也の肩に手を置く。
「相変わらず優しいやつだな」
拓也の肩はわずかに震えていた。
ずっと一人で抱え込んでいたのだろう。
必死に目を擦り、涙が出ないようにしている。
「とりあえず、水は俺に任せろ」
俺は少し離れたところに向かうと軽く穴を掘る。
その様子を拓也は首を傾げながら見ていた。
「穴なんて掘ってどうするんだ?」
「まずは体を綺麗にする場所が必要だろ?」
穴にきゅうりを入れると、地面からじんわりと水が溢れてくる。
その様子に拓也は驚いて固まっていた。
「これで洗濯や風呂に使う水は確保できる」
「いやいや、水は優先的に飲み水に――」
「それはみんなが取りに来やすいところの方がいいんじゃないか?」
飲み水と間違えないように、少し距離があるところにきゅうりを置いたが、飲み水なら焚き火が近いところの方が良いだろう。
安全のために煮沸した方がいいだろうしね。
今度は焚き火がある近くで、きゅうりを埋めることにした。
「あいつ何やってるんだ?」
「きゅうりを埋めたら、生えてくると思ってるんじゃないか?」
周囲から怪しげな目を向けられるが、俺がおかしいやつに見えるのだろう。
だけど……本当におかしいやつなのは否定できない。
俺だってきゅうりから水が溢れ出てくるなんてびっくりだ。
何本かきゅうりを埋めると、瞬く間に噴水のようなものが完成した。
「決してきゅうりは触るなよ」
「あっ……ああ」
さっき見たはずなのに拓也はまだ唖然としていた。
いつまで水が出てくるかはわからないが、きゅうりが光っている間は水も出てくる気がする。
「あとは化け物が来るまで――」
他にやることはないため、何かできないか考えていると、ダイコが脚をツンツンとしてきた。
「どうした?」
何かあるのか俺の腕に葉を絡めて、引っ張っていく。
この場に祖母はいないけど、言うことは聞かないといけないからな。
引かれるまま着いていくと、教室で寒そうに震えている人たちがいた。
それも一人ではなく数人いる。
「風邪でも引いているのか?」
「いや、ウイルス感染なのか、風邪なのかわからないから隔離している」
以前は祖母が感染しているかもしれないと言われ、避難所には入れなかったが今は受け入れているのだろう。
「あの人たちも追い出される可能性があったからな」
「拓也がここにいるのを引き換えに置いてもらってるってことか……」
俺の言葉に拓也は頷く。
ここまできたらお人好しも行き過ぎている。
「もし普通の風邪だったらって思うとな……。それこそ弱っている時に化け物に襲われたら、俺が自分自身を恨むことになる」
まさかこんな世の中になっても、正義ヒーローみたいなやつが間近にいるとは思わなかった。
警察官になったのも、この正義感からだろう。
俺はそんな人たちの元へ近づいていく。
「大丈夫ですか?」
女性に声をかけると、何も発することなく虚ろな目で俺を見つめている。
自分が感染したのかもしれないという恐怖感と体がしんどいのもあるのだろう。
焚き火から離れたところで寒いから仕方ない。
そして、焦って逃げるかのように後退りしていく。
それは女性だけではない。
「俺って怯えられてる……?」
さっきまで玉ねぎで爆発したり、外で揉めた時の声が聞こえていたのだろうか。
「いや、俺たちを感染させないようにしているんだと思う」
拓也の言葉に俺は息が詰まる。
自分たちは追い出されるかもしれない状況で、人のことを配慮できる優しさを持っているとは。
あの文句を言っていた人たちとは比べ物にならないな。
「俺も拓也と同じ超能力みたいなのを持っているから大丈夫ですよ」
俺の言葉に拓也も頷く。
拓也みたいな力持ちではなく、かなり変わったタイプな気もするけどな。
俺はトマトを取り出して、しばらく手で持っていると次第に燃えてきた。
そのまま手を離すと、ふわりと空中に浮いた。
その光景を周囲の人はボーッと見つめている。
「触っても火傷しないので大丈夫ですよ」
教室の中で火なんか使ったら火事になるかもしれない。
その分このトマトは便利だ。
なんたって――。
「ただ、触ったら消えちゃうので……」
女性は気になったのかトマトに触れると、その場でトマトは光を失って転がっていく。
一瞬で普通のトマトに戻る謎の仕組みだ。
ナスも一回限りの魔法みたいなもので、化け物に対しては攻撃手段になるが、人間が触れた瞬間光を失う。
安心安全な野菜ってこういうもののことを言うのだろう。
いくつかトマトを用意して、再び空中に浮かせる。
「光ってないトマトは食べられるので、水分補給にも使ってください」
そのうち普通のトマトに戻るはず。
風邪を引いていたら、食欲もないだろうから、トマトなら水分摂取もしやすいし食べやすい。
「色々助けてくれてありがとう」
「まあ、お前のためだからな」
俺は拓也の肩を叩く。
正直、拓也がいなければ、避難所の人と関わるのはもうやめていただろう。
本当にさっきまでは帰りたかったからな。
「化け物も来ないし、一旦帰って――」
あまり遅くなると祖父母は心配する。
化け物は畑にも来るから、その時に退治をすればいいだろう。
帰ろうと思い俺が立ち上がると、まだ何かあるのかダイコは葉を手に絡めてきた。
そして、何度も葉で俺とぐったりしている人たちを差している。
「まだ何かあるのか?」
俺の言葉に頷き、袋をツンツンしていた。
まだあげたい野菜があるのだろうか。
野菜を一つずつ取り出すが、ダイコは葉を横に振る。
「ひょっとして枝豆か?」
最後に取り出したのは枝豆だ。
使い方がよくわからず、ダイコも葉を横に傾けていた謎の枝豆。
爆弾のようなものでもなく、魔法みたいに発動もしない。
ただ、枝豆なのに桃色に光るから、何か効果はあるんだよな。
「これを渡せってことか?」
俺の言葉にダイコは頷く。
「よかったらどうぞ」
俺は言われた通りに枝豆を渡すと、光はすぐに失っていく。
やはりどういう効果があるのかわからない。
それに生で渡されても困るだろう。
祖父から生の枝豆を食べると、消化酵素の吸収を邪魔する成分があると聞いたことがある。
それに手で持てばすぐに光を失うから、効果すらないのかもしれない。
ただ、ダイコはその枝豆を口に入れるようにジェスチャーをしていた。
「食べさせればいいってことか?」
どうしようか迷っていると、女性は力強く頷いた。
まるで信じてますと瞳で訴えかけているようだ。
俺は再び枝豆を取り出し、女性の口にそっと一粒入れる。
すると、女性の体が徐々に桃色に光っていく。
「修平、何やったんだ?」
「俺にもよくわからない。ただ、野菜についてはダイコの方が物知りだからな」
その後もダイコに指示されるがまま、他の人にも枝豆を与えていく。
しばらくすると、一番初めに枝豆を食べた女性が驚いたような顔をしていた。
「あれ……頭痛も吐き気も消えた」
それは女性だけではなく、枝豆を食べた人たちが順番に声をあげて喜ぶほどだ。
その様子を見て、俺は枝豆の効能にやっと気づくことができた。
「まさか枝豆が薬になるとはな……」
そりゃー、俺たちが食べても何も起きないわけだ。
だって、病気にもなっていないからな。
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