25.社畜、怒られる
「たしかこの辺に残してたはず……」
俺は押し入れからある物を探していた。
確かそのまま片付けたはず――。
「あった!」
夏の自由研究でそのまま使ったのを残していたが、やはり当時のままそれは残っていた。
「ダイコ、これでなら佐々木さんの子どもが育てられるかもな」
押し入れから取り出したのは、小さな木箱で作った手作り孵卵器だ。
木箱に湯たんぽと温度計だけの簡単な作りをしている。
小学生だった俺でも管理しやすいように、祖父が作ってくれたのが懐かしい。
あの時は毎日孵化しないか見るのが楽しみだった。
「じいちゃん、孵卵器あったよー」
「おー、懐かしいな」
木箱の中を開けてみるが、特にあの時のままと代わりなく、道具もそのまま使えそうだ。
ダイコも一緒になって中を覗くが、特にパッとしているわけでもないため、俺と孵卵器を交互に見つめた後、俺の腕を蹴っていた。
「これでもちゃんと卵から孵化したんだぞ」
「あぁ、懐かしいな……。ポチもずっと元気だったからな」
「元気すぎていつも追いかけまわされていたからね……」
卵から孵化したヒヨコは立派な鶏となり、いつも俺を追いかけ回していた。
俺が世話をしていたのに、いつも突いてくるし、俺の言うことだけ無視する。
まるで――。
「痛っ……何も言ってないだろ」
ダイコは俺の視線に気づいたのか再び腕を蹴ってきた。
関われば関わるほど、本当に人間のような大根だな。
あまり変なことを考えてダイコに怒られるのも嫌なので、気を取り直して作業を再開する。
「えーっと……微熱ぐらいの温度になるようにして、湿度を保つんだっけ?」
俺の記憶では湯たんぽの上にタオルを置いて、水を入れた容器と一緒に入れていた気がする。
「湯たんぽを直接当てるのはダメだったはずだ。卵を温めるよりは、木箱の中を温めるために使っていたぞ」
「んー、鴨田さんも昔そんなこと言ってた気もする」
これだけ昔のことを覚えていたら、しばらくは祖父の認知症の心配はいらないね。
少しでも変わったことがあると、すぐに認知症になったって言うから心配になる。
お湯を湯たんぽに入れて、木箱の中に置く。
タオルと容器に水も入れて準備完了だ。
「じゃあ、卵を入れるか」
俺の言葉にダイコは頷く。
慎重に葉で包んでいた卵をそっと木箱の中に入れた。
「三角の方を少し下にして、三週間ぐらい……? 一日数回クルクルさせるって書いてあるぞ」
「書いて……あっ! じいちゃん!」
祖父の方を見ると、ニヤリと笑っていた。
その手には手書きのノートで作った観察日誌を持っている。
まさかそのまま残しているとは思わなかった。
「字が汚すぎて読みづらいな……」
「ははは、これも思い出だからな」
祖父はあの頃と変わらない優しい表情でページをめくっていく。
「おっ、ここなんて自由研究と全く関係ないことが書いてあるぞ?」
「うそっ!?」
俺は一緒になって観察日誌を覗く。
「えーっと……卵は同じなので、ばあちゃんとじいちゃんとスイカの種を飛ばしました。僕とじいちゃんはばあちゃんに負けました」
俺たちは祖母をジーッと見つめると、ぼーっとしていた祖母と目が合う。
「ばあちゃん、これ見て! 昔のばあちゃんは俺たちよりスイカの種飛ばしが上手だったって覚えてる?」
祖母は返事もしないが、目を少し細めていた。
何か思い出そうとしているのかな?
「ダイコも種飛ばしをやってみたいそうだ」
チラッと見ると、葉で絵を何度もツンツンとしているダイコがいた。
……いや、それは絵が下手くそだと笑っているんじゃないのか?
なぜかそんなような気がした。
だって、呆れたように足を組んでいるからね。
「スイカの種が買えたら作ってみるのもいいな」
「そうだね……。まあ、ダイコには負けないけどな」
その言葉にビクッと反応し、俺の手を必死に踏んでいた。
「ははは、ばあさんもまたやりたいようだぞ」
祖母も真剣に観察日誌を見ている。
やっと寒くなってきたばかりだけど、今後のことを考えると今の自分たちにとったら、生きる活力になる。
ずっと怯えていたら、生きているのが嫌になってくるからね。
「おっ、そろそろ温度はどうだ?」
しばらくして俺たちは木箱の蓋を開けてみる。
昔使っていた道具だからちゃんと使えるか確認しないとわからないからな。
「んー、少しだけ温度が低いかもしれないぞ?」
「もう十二月だから暖まりにくいのかな」
これから寒くなるのもあり、灯油の節約のためにまだストーブは使っていない。
重ね着をして暖を取っているが、部屋自体が寒いから、中々木箱の中も暖かくならないのだろう。
タオルを入れて保温性を高めるか、木箱ではなく発泡スチロールに変えるか迷っていると、ダイコは葉でツンツンとしてきた。
また、俺に何か言いたいのだろうか。
「どうした?」
ダイコは葉で隣の葉を横に切るような仕草をすると、何かを包むように葉をクルクルと動かしている。
「卵をダイコの葉で暖めるってこと?」
俺の言葉にダイコは頷く。
思ったよりもダイコは面倒見がいいのかもしれない。
「わかった。ちょっと待ってろよ」
俺は腰ベルトに差していたネギを取り出す。
だが、それを見た瞬間、ダイコは逃げるように家の中を走り回る。
「おい、言ってることと行動が違うじゃないか!」
すばしっこいから、中々捕まえにくい。
言われた通りにやろうとしているのに、なぜ逃げられるのだろうか。
壁の縁まで追い詰めると、ゆっくりとダイコに近づく。
「はぁ……はぁ……、へへへ、もう逃さないぞ」
小刻みに震えて、俺を怯えたように見てくる。
まるで俺が悪いことをするやつみたいだ。
『ギィヤアアアア!』
最後にはダイコは断末魔を上げた。
聞こえてはないだろうが、近くに家があったら近所迷惑だぞ。
それにここから大根が植えてある畑までは距離はあるが、家に乗り込んできても面倒だ。
「さあ、その葉を渡せ――」
「ハサミで切った方が早いんじゃないか?」
スタスタと俺の隣を通り過ぎた祖父がダイコの葉をハサミで切った。
「えっ?」
素早い動きに俺もダイコも驚きだ。
『ギィヤアアアア!』
再びダイコの叫び声が家の中に鳴り響く。
その場でジタバタして、どこかへ走って逃げていった。
自分の葉を使うって言ったのに、なぜ泣いているのだろうか。
「何か間違ったことしたか?」
「いや、合ってると思うんだけど……」
俺と祖父が葉を持って居間に戻ると、険しい顔をした祖母がいた。
『ギィヤア……ギィヤ……』
膝の上ではダイコが震えて泣いてる。
なんか嫌な予感がするぞ。
「ばあさん怒ってないか?」
「だよね……。久しぶりに眉間にシワを寄せたばあちゃんを見たよ」
俺たちがゆっくりと近づくと、祖母は何も言葉を発することなく目で威圧してくる。
いや、祖母は話さないか。
「でも、ダイコから――」
ちゃんと説明しようとするが、祖母の表情は変わらない。
これは確実に怒っているし、もはや何を考えているのかわからない。
普段のぼーっとした感じの方が読み取りやすいぐらいだ。
「修平、謝るぞ!」
「あっ……うん」
俺と祖父は祖母の前に座ると、勢いよく頭を下げる。
「「ごめんなさい!」」
これで問題は解決するだろう。
そう思い、顔を上げると祖母はどこか微笑んでいた。
ああ、普段は笑わないのに、なぜこういう時に限って笑うんだ。
それにダイコは今も俺たちの前に立って、足をジタバタさせて怒っている。
その後も俺たちはダイコの機嫌が良くなるまで、しばらくは謝ることになった。
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