12.社畜、名前を決める
「なあ、そんなに怒るなよ?」
車に乗った瞬間から、大根の葉が俺の体をバシバシと叩く。
思ったよりも葉がしなるのか、服越しでも当たると痛い。
「それよりも光が薄くなっているのは気のせいか?」
俺の言葉に大根はさらに怒っていた。
ネギと同様に光がなくなると、普通の大根に戻るのかもしれない。
だからさっきから怒っているのだろう。
「なあ、これで許してくれたりはしない――」
俺はポケットから石を取り出した。
ホームセンターのペットショップで出会った犬の化け物から手に入れた石だ。
どこか透明に澄んでおり、オシャレな石に見える。
「んっ?」
大根はジーッと俺の手元を見ているような気がした。
石を動かせば頭の葉が一緒に動いている。
「欲しいのか?」
俺の言葉に反応して、大根の葉が頷く。
まあ、最後の思い出として、石一つぐらいあげてもいいだろう。
それに欲しいやつが持っていた方が、あの犬も喜ぶ。
俺はそのまま石を大根の目の前に見せると、嬉しそうに葉を揺らし、小さな黒い石を掴んだ。
「おっ……おい!?」
そのまま黒い石は大根の頭、口のようなものがあるところに投げられる。
――ガリガリッ!
車の中で石を砕く音が響く。
その光景に俺は息を呑む。
大根に口があることにも驚いたが、石を砕く歯が備わっているとはな。
大根の頭は葉でもあり、歯でもあるってことだ。
大根を引き抜こうとして、手を食べられなくてよかった。
今考えると化け物に襲われるより怖い気がする。
だって、大根に手が食われるんだからな。
石を食べ終えた大根は落ち着いたのか、その後は文句も言わずに穏やかに助手席に座っていた。
それに輝きは前よりも増して、隣から眩しい光を放っていた。
あの黒い石がエネルギーみたいになっていたのだろうか。
俺も食べたら光るのかもしれない。
「灯油を詰めて帰るか」
帰りにガソリンスタンドに寄ると、ホームセンターから持ってきたタンクに灯油を入れていく。
ガソリンも持って行こうかと思ったが、大根に怒られたからやめておいた。
確かにガソリンって扱いが難しいもんな。
少しずつ空が赤く染まり始めていたのもあり、俺たちは急いで帰ることにした。
「じいちゃん、ただいま!」
「修平、大丈夫だったか?」
家に着くと、相変わらず祖父は玄関の前で俺が帰ってくるのを待っていた。
昼前には家を出たのに、気づいた頃には夕方になっていたもんな。
「荷物を運ぶのを手伝ってもらっていい?」
「ああ、そんなに買って……おお、ダイコはお手伝いできるのか!」
祖父は拍手しながら、嬉しそうに笑っていた。
振り返ると、大根が荷物を運んでいる。
「ダイコ……?」
「ああ、あの大根はたぶん生きてるだろ? 名前がないと可哀想だと思ってな」
どうやら祖父が勝手に名付けたようだ。
大根だから〝ダイコ〟って容易なつけ方ではあるが、大根も気にしてないから問題ないだろう。
むしろ、ダイコと呼ばれて、キョロキョロしているから、自分のことだと思ってなさそうだけどな。
「大根に性別はあるのか?」
俺は念のために大根に聞いてみた。
「……」
だが、祖父と大根からは呆れた顔をされた。
いや、大根には顔がないはずなのに、呆れているように見えるのは気のせいか。
「修平、やっぱり何かあったのか?」
「いや? 化け物と遊んだけど、特に変わりは――」
「ダイコ、ついにわしの孫はおかしくなったぞ」
コソコソと大根に話しかける祖父。
事実を言っただけなのに、俺はおかしくなったと思われたようだ。
そもそも大根に話しかける俺たち家族がおかしい気がする。
「まあ、性別がなければダイコでいいか」
大根の名前はダイコと決まった。
これで男の子だったら、ダイコよりダイゴの方が良かったってなるからな。
「ばあちゃん、ただいま」
「ぐあああああ!」
家の中に入ると、すぐに祖母に帰ってきたことを伝える。
少し暴力的になっているからか、すでにロープで固定されていた。
昼間は落ち着いていることが多いけど、夜になると祖母は人が変わったように攻撃的になる。
これも認知症の症状なのか。
それとも別の何かなのか。
今も祖母は低く唸り続けていた。
「なあ、じいちゃん」
俺は静かに尋ねる。
「化け物に噛まれたらどうなると思う?」
祖父は静かになるだけで、答える様子はない。
ただ、視線を逸らした。
「……何か知ってる?」
しばらく沈黙が続く。
やがて祖父は重い口を開いた。
「ばあさんの体にな……」
その声は震えていた。
まさか祖母が化け物になったのだろうか。
「傷があるんだ」
「傷?」
「ああ。切り傷みたいな跡だ」
俺の心臓がギュッと締めつけられる。
そういえば、避難所で祖父母に会ったときにウイルスに感染していないと言っていた。
どこで判断するのかを祖父は知っていたことになる。
祖父は握った拳に力を込める。
「化け物にやられた跡なのか、それとも別の傷なのか……わからん」
部屋に重い沈黙が流れる。
「うぅ……」
ロープに縛られた祖母の唸り声だけが響く。
「ばあさん、すまないな」
そう言って、祖父は靴下を脱がす。
そこにはガーゼをテープで固定してあるのが見えた。
ただ、まだ傷が完治してないのか、血と膿みが滲んでいる。
ゆっくりとそれを剥がすと小さな傷が見えた。
「いつできたかわからん……。わしもばあさんが攻撃的になった時に気づいたからな」
祖父の話では認知症の症状で攻撃的になることはあった。
しかし、ここまで襲いかかってくるほどではなかったという。
以前は癇癪を起こす程度だったのが、暴力を振るうようになっていた。
「すまないな。修平には言いづらくて……」
静かに座り込む祖父の肩は震えていた。
俺が帰ってきたことで、祖父の負担が減ったと思っていた。
だが、心の負担は変わらず、祖父が一人で抱えていたことはまだたくさんあるのだろう。
「じいちゃん、もう一人で悩まなくていいよ」
俺はそっと祖父の手を握る。
子どもの頃はあんなに大きく見えた祖父の手が、今ではしわくちゃで小さい。
ダイコも混ざって俺たちの手の上に葉を重ねる。
まるで家族で一致団結したようだ。
「それにまだ化け物になったって決まったわけじゃない。ホームセンターに行ったら、友好的な化け物がいてさ……」
俺の声に祖父は顔を上げた。
まだ祖父も諦めていないようだ。
「そこで出会った犬の化け物が俺と遊んで欲しいのかおもちゃを持ってきててね」
ホームセンターであったことを話すと、祖父は驚いた顔をしていた。
今まで攻撃的な化け物しかいなかった。
だけど、あの犬型の化け物は自分の理性で生きていた。
きっと祖母を助けられる手段はあると俺は思っている。
「そうだな……まだ決まったわけじゃないか」
しばらく黙り込んでいた祖父が小さく笑う。
その笑顔は無理をしているようにも見えたが、それでも少しだけ肩の力が抜けていた。
「きっと大丈夫だよ」
俺の言葉に反応したのか、祖母は少しだけ静かになった。
俺の気のせいかもしれない。
それでも俺には祖母が頷いたように見えていた。
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