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第十四話「認識」(イエロー3)

第十四話 「認識」

(主人公 イエロー3)


トンッ…トンッ……スタッ…!

闇夜を蹴り、あっという間に家へと到着した朱祢


朱祢「………………………」


玄関の前で立ち止まり、ゆっくりと自分の手のひらを見つめる。

そこに残る感覚は、現実感のない重さだけだった。


朱祢「……あっ!タロ!」


自分のことに夢中ですっかり愛犬のことを忘れていた。

見知らぬ公園に置いてきてしまったと焦ったのも束の間――

シュゥウ……パッ!


朱祢「…!!」


弓矢が淡く弾け、その光が収束していく。

次の瞬間、そこにいたのは――


わん!

朱祢「…あ……あぁぁ…………」

わふ…?


朱祢は崩れるようにしゃがみ込み、タロを強く抱きしめた。


朱祢「…ごめん……私のせいで…武器に変えられちゃったんだ……ぐすっ……ごめんね…タロ………うぅっ…………」

クゥン…


タロは小さく鳴き、朱祢の頬をぺろりとなめる


朱祢「ぐすっ…………あはは………私もタロも……敵を殺すだけの道具になっちゃったのかな…………」

クゥン……


その時、玄関の扉が静かに開いた。


朱祢「!」

母「!! 朱祢!あんた、帰ってたの!?」

わん!!


タロは勢いよく母親に飛びついた。


朱祢「…………………」

母「…………………」


俯いたまま動かない朱祢。

泣き腫らしたその顔を見て、母は何も言わず歩み寄る。


母「……………」

朱祢「………っ!!」


そっと朱祢を抱きしめる母


母「心配だったのよ?…電話も繋がらないし……もう、帰ってこないんじゃないかって……」

朱祢「………あの後…どうなったの…………」

母「警察にはうまく説明しといたよ……タロは…ちょっと悪者になっちゃったけど……ま、そのことは気にしなくていいわ。お母さんがうまくやっとくから。今はとにかく休みなさい……さっ、お風呂入んな!ご飯もできてるよ!」

朱祢「………お母さん………ありがとう…………」


今度は大粒の涙がこぼれ落ちる


母「…いいんだよ…あんた達が帰ってきてくれるならね…」



*


翌日。

変化した肉体とは裏腹にいつもと変わらない朝。


朱祢「……いってきます」


電車に揺られ、大学へ向かう。

「あっ、朱祢~ おは~」

朱祢「あっ…おはよ……」

「ん?どしたの?元気なくない?休み明けで怠いのも分かるけど~」

朱祢「…………」

「おはよー」

「あっ、おは~」


登校早々、二人の友達と合流し教室へと向かう


「ねー知ってる?うちの学校でも行方不明者が出たかもって噂」

「えー知らない」

「うちの高校の時からの友達の、サークルの先輩がもう何日も来てないらしいんだって!」

「え~!」

「連絡は繋がらないし、学校側に訊いても教えられないってはぐらかされたらしいよ~?怪しくない?」

「怪しい~ え、もしかしてモンスターに攫われちゃったりってことなのかな?」

「可能性あるよね~ 最近、侵略体関係の事件、どんどん増えてるみたいだし…」

「こわ~…襲われたらどうしよ~」

「まっ、ここらに住んでたら他の人がなんとかしてくれるっしょ。ヒーローもすぐ来てくれるだろーし」

「まーそうか……でも、いつまでこんなダサい防犯ブザー持ち歩かないといけないんだろーね」

「それなー うちのパパもうるさくてさー。昨日も、休みの日まで持たせようとしてくんのよ。うざくない?」

「うわー、それだるいね」

「はぁーあ、あんな害獣、さっさと死んじゃえばいいのに…」

「ねー、早く消えてくんないかなー」

朱祢「…っ!!!!!!」


俯いて歩いていた朱祢の脚が止まる


「うわっ…なに?どしたの?」

「朱祢、やっぱどっか調子悪い?」

朱祢「……いや………今、何の話してたんだっけ…?」

「…何って…地球外生命体が早く消えればいいよねって話…」

「そーそ。…なんかサクッと殺せないもんなのかな~?」

朱祢「そ、そっか……ごめん…なんでもないから…」

「ほんと?」



*



授業が始まる。

黒板の文字は目に入っているはずなのに、意味として頭に落ちてこない。


休み時間になると、今度は逆に聞こうとしなくても、言葉だけが耳に刺さってくる。


「嫌だなぁ~」 「…死んじゃったらしいよ?」 「なんで生きてるんだ?」 「戻ってこないんだって~」 「早く殺してほしいよな」  「かわいそうだよね~」


朱祢「はぁ………」

「あれっ、もう授業始まるよ?」

朱祢「ごめん…ちょっと休んでくる……」



*


中庭のベンチに腰掛け、静かに俯く朱祢


「あ~かねっ!」

朱祢「っ!?」

「こんな所でなにしてんの?サボり?」

朱祢「………ごめん……今は…一人にさせて…」

「つれないこと言うなよ~どうしたの?悩み?」

朱祢「……………………」

「……ん~じゃあ、今日は学校サボってどっか行かない?ドライブでもしてさ。あかねとデートしたいなぁ~そうすれば気分も晴れるかもよ?」


無邪気な笑顔。

その笑顔に応えようとして、朱祢はぎこちなく口角を上げた。


朱祢「………そうね。じゃあ…どこか行こっか」


*


車を走らせ、大きな道路に出た途端――

動かなくなった。


「なんでこんなに渋滞してんだ?」


先の様子を窺っていると、車を降りて走って来る人々が見えた


朱祢「……っ!!!!!」

「…なんかやばくね…?何かあったのかな…」

朱祢「……『敵』がいる………」

「は?…敵…?」


朱祢の視界は、すでに“普通”ではなかった。

遥か先――車を投げ飛ばしながら暴れる、巨大な影を正確に捉えている。

ズン……ズン……

地鳴りと共に、逃げ惑う人が増えていく。


「なぁ…これやばくね?おれ達も逃げよう!」

朱祢「…………………」

「っ! なにしてんの!?早く逃げよう!」


朱祢の腕を掴む彼氏。しかし、すぐにその手を振り払う


朱祢「………私が……戦わなきゃ…………」

「は……何言ってんの……」


ガチャ…

ドアを開け、トン、と屋根の上へ。


朱祢「…タロ…力を貸して……」


シュゥウ……ピィンッ!

朱祢の手元にオーラが集まり、弓矢が形成される


「あ…あかね……なに……どうなってんだ………」

…!! ゴォァアアアアアアッ!!!!!!

「きゃああああああああああああああ!!!!!」 「うわぁあああ!!!こっちに向かってくるぞー!!!!」


朱祢の気配に気づいた敵が車を蹴散らしながら一直線に向かってくる


「うわぁっ!!あかね!早く逃げるぞ!!」

朱祢「逃げて…………私にはやることがあるから…」

「はぁ!?何言ってんだよ!?」

朱祢「私がっ!倒さなきゃいけないのっ!!!!」


初めて聞く、朱祢の叫び。

彼氏は言葉を失った。


彼氏「……倒せるわけないじゃん、あんな化け物…バカなこと言ってないで早く逃げよう!あいつがこっちに来たら…」

グァアアアア!!

バキンッ!ブォン!!


車のドアが引き剥がされ、投げつけられる。


朱祢「!!」


バシュンッッッッ!!!!!…ドォオオン!!!

矢が放たれた瞬間、ドアは朱祢の頭上で消し飛んだ。

衝撃波に叩きつけられ、彼氏は尻もちをつく。


そして轟音によって周囲の視線が一斉に朱祢へと集まる


彼氏「あ…あかね……これは…?」


彼氏の問に答えることなく、次の矢を構える朱祢。

シュゥゥゥウウウウウ……

オーラが集束し――

バァァァアアアアアアアン!!!!

一矢。

空気を裂き、光と熱と衝撃を伴い、一直線に世界を貫く。

その直線上にあったものは、すべて消え去った。

『敵』は、跡形もなく消滅した。

――だが。

歓声はなかった。

そこにあったのは、「化け物を倒した」安堵ではなく「それ以上の化け物が、ここにいる」という沈黙。


朱祢「……大丈夫?立てる?」


周囲の刺さるような視線をなんとか無視し、彼氏へと手を差し伸べる朱祢。しかし――


彼氏「寄るな!!」


差し伸べた手をはじかれ、拒まれる。


朱祢「えっ……」

彼氏「近寄るなよ……なんなんだよお前……気持ち悪いよ……ほんとに…」

「あの子…なんなんだ……」 「怪獣を吹っ飛ばしたわ……あの子も地球外生命体なんじゃないの…!?」 「人間に化けているのか…!?」

朱祢「………………………」





*



そこからの記憶は、ほとんど残っていなかった。


気づけば――


朱祢「……………………………………………あれ?…ここ…どこだろう………山……………星……夜景がきれいなとこだ…………」


山の上。

静かな夜風。

眼下には、きらきらと瞬く街の灯りと、満天の星。


朱祢は、ただ一人、そこに立っていた。


朱祢「…………………………」


朱祢はしばらくの間、その景色を眺めていた。何も考えず。

何も、考えていなはずなのに………


朱祢「…う…うっ……涙が…出てくる…なんて……ふっ…くっ…うう……」


袖で乱暴に涙を拭う。

だが、その視界に真っ先に飛び込んできたのは、またしても敵の姿。

襲われ、逃げ惑う人間たちの姿だった。


朱祢「…!? っ…!!」


バシュン、と弓矢を取り出し、数キロ先の敵へ狙いを定める。

けれど、人間の顔を見るたびに脳裏に焼き付いた言葉たちが、容赦なく蘇る。


「きゃああああああ!?!?!?」 「なっ!なんだ!!?やはりただの犬じゃないな!!侵略体か!!」 「あ…朱祢!これはどういうこと…!?」 「うわー!なんだあれ!?」 「通報よ!通報しないと!」 「化け物だわ!」 「えーん!怖いよー!」 「さっさと死んじゃえばいいのに…」 「早く消えてくんないかなー」 「嫌だなぁ~」 「…死んじゃったらしいよ?」 「なんで生きてるんだ?」 「戻ってこないんだって~」 「早く殺してほしいよな」  「かわいそうだよね~」  「なんなんだ……」 「地球外生命体なんじゃないの…!?」 「人間に化けているのか…!?」 「寄るな!!…近寄るなよ……なんなんだよお前……気持ち悪いよ……ほんとに…」


――私は本当にこの人たちを護りたいの?――


朱祢「いやぁああっ!!!やめて!!!」


頭を抱え、その場にしゃがみ込む


朱祢「…うぅ……もう嫌………なんで私がこんなことしなくちゃいけないの??…いやぁ……もう嫌………」


認められないことが、悲しいのか。

人間ではなくなってしまったことが、辛いのか。

あの選択をしてしまった自分を、後悔しているのか。

――護る価値なんてない、と感じてしまう自分自身に、嫌悪しているのか。


分からない。

もう、何もかもが嫌で、ただただ疲れ果てていた。


朱祢「…私は…普通に生きたいだけなのに………普通に生きたいだけなのに!!」


行き場のない怒りを、地面へ叩きつける。


朱祢「…………はっ!」


涙に濡れた顔を上げ、再び街へと視線を戻す。

そこに広がっていたのは地獄だった。


叫び、逃げ惑う人々。

敵は獲物を狩るように、容赦なく人間を屠り、街は血に染まっていく。


朱祢「…ぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!」


どれほど遠くにあろうと、鮮明に見えてしまうその眼で、能力で、見えてしまう。


朱祢「ああああああああ!!!!!!ああああああああああ!!!あああああああああああああああーーーーーーー!!!!!!!」


叫びとともに、がむしゃらに弓矢を放つ。

矢は弧を描き、反射しながら、様々な角度で建物を抜けて命中する。


天から降り注ぐ、不思議なオーラをまとった矢。

それはまるで、救いの雨……

食い荒らされ、血みどろに汚れた街とは対照的に――

あまりにも、美しい光だった。



*


…シュタッ……


敵を殲滅し、街へと降り立つ朱祢。

そこには、体液をまき散らして倒れ伏す敵と、同じように息絶えた人々の姿があった。


朱祢「あぁ………あ………」


弓を握ったまま、膝から崩れ落ちる。

感情が追いつかず、ただ涙だけが溢れ出した。


朱祢(あの一瞬の迷いがなければ助けられたかもしれない…あの時すぐに助けていたら…死なずに済んだかもしれない…私が……私のせいだ……私の……)

??「あのっ!大丈夫ですか!?」


声に顔を上げると、若い女性が立っていた。

朱祢は慌てて涙を拭い、立ち上がる。


朱祢「……大丈夫です……」


立ち去ろうとした、その背に。


??「待って!」


呼び止める声。


??「もしかして……これをやったの、あなたですか?」


朱祢は視線を落とし、手にした弓を見る。

観念したように、小さく頷いた。


朱祢「……そうです」


――また、嫌われる。

そう思い、足を動かそうとした瞬間。


??「あの、私あなたに助けられたの二回目なんです!一回目は公園の近くで…その時すごい綺麗な光だったから…さっきも光を見て、もしかしたらあの時の人かもって思って…!それで…近くにいるかもって思って探して…そしたらあなたがいて…それで、私お礼を言いたくって!!」

朱祢「……お礼??」


困惑する朱祢に駆け寄り、両手でぎゅっと手を握る女性。


??「貴方のおかげで救われました!ありがとうっ!!」


満面の笑み。

化け物と恐れられたその手を、迷いなく握りしめて。


朱祢「うぅぅっ…!うわぁああああああん!」


堪えきれず、涙が決壊する。


??「えっ!どうしました!?」

朱祢「うぇえええ……ぐすっ…うわぁああああああん!」

??「と、とりあえず、あっちで落ち着きましょう!」



*


静かな場所へと移動し、しばらくの間、その女性に慰められた朱祢


??「……落ち着いた…?」

朱祢「ぐすっ……はい………ありがとうございます………」

??「……貴方…ヒーローなの?」

朱祢「……いいえ………そんなんじゃないです………」

??「なら、どうして助けてくれたの?」

朱祢「………見ていられないから………」

??「……?」

朱祢「…怖がってる人を放っておけないから……それだけです……私にヒーローをする資格なんて……」

??「ううん、そんなことない!」


女性は再び朱祢の手を握り、真っ直ぐに見つめる。


??「貴方はその不思議な力を人々の為に使ってる……ヒーローになれる正しい人だよ…!」

朱祢「……っ…!」

??「あっ…」


朱祢は、その手を振り払った。


朱祢「…やめてください…………私はさっき……躊躇ってしまったんです…………私を…この力を化け物扱いする人たちを…護る価値があるのかって……」


視線を落とし、震える声で続ける。


朱祢「……あの時、もっと早く攻撃してたら…死者はもっと少なかったはずなのに………」


瞳には再び涙が滲む。


ことみ「…私、橙坂ことみ!今、ヒーロー事業所を立ち上げようとしているの!…貴方のお名前は?」

朱祢「……玉屋……朱祢………」

ことみ「朱祢ちゃんね!……朱祢ちゃん、貴方は自分のことを責めてしまってるようだけれど、それは違うわ。悪いのは、人間を襲う敵の方よ!…どれだけ辛いことがあったのかは分からないけれど、それでも朱祢ちゃんは人を助ける道を選んでくれた。なら、自分を責める必要は一切ないわ!!」

朱祢「………私は…あの時だって…この力を使うのを迷ったんです…!…こんな力…普通じゃない…私はこんな力いらない……使いたくない………でも……アイツらに襲われるのがどれだけ怖いか知ってる……だからあの時も、助けたんです。かわいそうだから…見過ごしてしまったら耐えられないから…!ただ、それだけの理由で矢を放ったんです…!!…助けようと思ったわけじゃない……ただ私は……自分を護るために……これ以上傷つきたくないからやっただけの…弱い人間なんです…………いや…もう人間でもないんだ………」


膝を抱え、顔をうずめる朱祢


ことみ「…………………………」


そっと隣で見守り、背中をさするコトミ

朱祢はそれを望んではいなかった。だけど、拒むこともできなかった。


ことみ「…朱祢ちゃんは…欲しくてその力を手にしたわけじゃないのね……」


朱祢は、静かに頷く。


ことみ「…でも、力を持ってしまっているから、襲われている人々を見過ごすこともできない……」


再び、頷く。


ことみ「…望まない運命を背負わされてしまったのね……」


望まない運命……

そうだ…私は背負わされた。

心は拒み続けているのに、敵を狩る意志だけが、体を突き動かす。

あの時、誰よりも救いを求めた私が、

同じ未練を、他人に背負わせることなんてできない。

力を手に入れなければよかった?

それも違う。

あの力がなければ、私は――タロは、死んでいた。

選択肢は、最初からなかった。

後悔することすら、許されない。


運命を呪うことしかできないんだ……


運命は……あまりにも残酷だ………


朱祢「……………………」

ことみ「…………ねぇ………」

朱祢「……………」

ことみ「…その運命、私に託してみない?」

朱祢「………え…………」


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