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第十三話「喪失」(イエロー2)

第十三話 「喪失」

(主人公 イエロー2)


朱祢「うぅぅうっ…!!!!!」


恐怖に耐えきれず、朱祢はきつく目を閉じた。

閉ざした瞼の裏から、涙がとめどなく溢れ出す。


ワンワンッ!!!

朱祢「…っ!」


闇に沈んだ視界へ、再び飛び込んできたのは――愛犬の姿だった。


グゥ………


黒い獣が低く唸り、その視線が朱祢からタロへと移る。


ワンワンッ!!!

朱祢「…タロ………」


タロの体は震えている。

勝てるはずがないことなど、分かりきっている。

それでも――主人を守るため、必死に吼え、時間を稼ごうとしていた。


朱祢「…うぅう……」


逃げないと……

その一心でずるずると這いずる朱祢。だが――


ワン! ワ――

ズシャッ……!

タロの鳴き声が途絶える


朱祢「…!!!!」


黒い獣は鋭く伸びた爪でタロを突き刺し、流れ出る血の匂いを嗅ぐ。

だが、興味を失ったように乱暴に投げ捨てた。


朱祢「タロ!!!」


朱祢は駆け寄り、覆いかぶさるようにその身体を抱きしめる


朱祢「…タロ……タロ……うぅ……ごめんね………ごめんね………」


優しく頭を撫でると、タロの瞳は静かに閉じられた。


朱祢(…またやっちゃった………最低だ…私……どうせ死ぬのなら、最後までタロと一緒にいてあげればよかったのに……………)


止まらない涙が、タロの毛並みを濡らしていく。


朱祢「…ごめんねぇ……怖かったよね………怖かったのに……よく頑張ったね…………」


ザッ…ザッ…

黒い獣はゆっくりと朱祢に近づく

キッ…!

今の朱祢にもう恐怖は無かった。


朱祢「その眼、必ず潰してやる……!!!」


近くにあった木の枝を拾い、構える


…!…ハァー………

黒い獣も口を大きく開き、攻撃態勢に入った。

その瞬間――

ズドンッ!!!!!


グァッ…!?


獣の足元へ、何かが凄まじい勢いで突き刺さる。


“…その覚悟、気に入った。…ヒーローとして生き続ける気があるのなら、その弓を拾うがいい。さすれば、無限の力を与え、その犬も疑似的に生き返らせてやる。”

朱祢「何…?どういうこと……??」


だが、考えている暇はなかった。


ガァアアッ!!!!


興奮した黒い獣は一度吹っ飛ばされたものの、すぐにこちらに向かってきている


“チャンスは一度だけだ…もう『後悔』はしたくないだろう?”

朱祢「っ!!」(……何かよく分からないけど、あれに凄い力があるのは感じられる……。もう二度と後悔したくない。私とタロにとっての『敵』は――)

――殺してやる!!!!!!


バッ!…シュィイイイン……!!

朱祢が弓を手に取った瞬間、辺り一帯が眩い光に包まれた。


朱祢(っ!!…すごい……今ならなんでもできそう………)


気づけば、両手には弓と矢が収まっていた。


ガァッ…!


突如放たれた光に怯みながらも、黒い獣は再び牙を剥いて襲いかかってくる。

だが、朱祢は冷静に標的を見定め、弓を引き絞る――

そこにあったのは、確かな殺意。

しかし同時に、感情に飲まれない冷えた理性が、狙いを微塵も揺らがせない。

ドッ!!!!!

放たれた矢は、音すら置き去りにする速さで獣の頭部を貫き、

そのまま空の彼方へと消えていった。


朱祢「…………………」


スゥ……

静寂の中、手元から弓矢が淡く光りながら消失していく。

だが、身体の奥に満ちた力は、失われる気配がない。

朱祢は確かめるように自分の身体に触れる。


朱祢「…どうなっちゃったんだろう……私の体…………………っ!タロ!」


慌てて視線を向ける。

だが、そこにあるはずのタロの姿はない。


朱祢「…!! タロ……どこ……」

ワンワン!

朱祢「…!!」


振り返るとそこには、いつもと変わらない様子で、尻尾を振りながら見上げるタロがいた。


朱祢「あ…あぁ……!!! タロ!!!!!」

ワフぅ…!


朱祢はタロを強く抱きしめ、その温もりを確かめる。


朱祢「うぅ…!!よかったぁ……タロ……会いたかったよぉ……!」

わんっ!


タロは朱祢を慰めるように、頬をぺろりと舐める


朱祢「…タロ…お家に帰ろ…」

わんっ!



その後、黒い獣に関する件で警察の事情聴取を受けたのち、朱祢とタロは解放された。

あまりにも現実離れした出来事だったため、朱祢は“遺体の第一発見者”としての振る舞いをした。


警察にも、家族にも――

今日、本当に起きたことのすべては語らなかった。



*


朱祢「はぁーー………」


ようやく帰宅した朱祢。

その日は気絶するようにベッドに倒れ込み、熟睡した。



“これで契約は完了だ。お前はその力を使って敵を倒せ。

…もうお前は今までの日常には戻れない…”



*



翌日


朱祢「おはよ~」

母「あら、おはよう」

朱祢「…?どうかした?」

母「うーん…タロが全然うんちしないのよ…昨日のことがストレスだったのかしら……」


心配そうにタロを見つめる母

しかし、タロの様子は普段と変わらない。


朱祢「…ごはんは食べてるの?」

母「食べてるから心配なのよね~…便秘かしら?」

朱祢「うーん……」

母「…昨日、何か変な物でも食べちゃったりしてない?」

朱祢「…………」


昨日の出来事が、否応なく脳裏をよぎる。


朱祢(…そういえば私…あの力、持ったままだったんだ………タロもあの時、お腹を貫かれてたし…………)

母「…………昨日、あんなことがあったし、一応病院に連れて行ってみる?」

朱祢「! …うん、お願い。私もついて行くから…」



*


その日のうちに、タロは動物病院へ連れて行かれた。

診察台の上で、大人しく座るタロに獣医が聴診器を当てる。


獣医「…ん??…あれ……おかしいな……」

母「どうかしましたか?」

獣医「いえ、ちょっと……別のを持ってきてくれ…壊れてるみたいだ…」

朱祢「…?」


聴診器を取り換え、再びタロに当てる


獣医「………………一度、レントゲンを撮ってみましょうか」

母「はい…」


*


しばらくして、診察室に呼び戻される。


獣医「……こちらをご覧ください」


示されたのは、タロのレントゲン写真。


母「はぁ……」

獣医「最初は機械の故障かと思いましたけどね……そのワンちゃん、本当に犬ですか?いえ…生物ですか?」

母「どういうことですか…!?」

獣医「…レントゲンで撮っても骨が映らない、内蔵の音も聞こえない……これが機械の故障でないのなら…タロくんは骨も内蔵も無い、犬の見た目をした何かということになります」

朱祢「…!!!」

母「そんな…!有り得ません!…今までだってなんの問題もなかったのに………っ!」


母が朱祢を見る。

朱祢は、明らかに動揺し、言葉を失っていた。


母「……分かりました。今日は……もういいです。

タロも元気そうですし、ワクチンだけお願いします」

獣医「……分かりました……」


獣医は苦い表情のまま、注射器を用意する。

そして――


タロに針が触れようとした、その瞬間。


バシュン!!!


見覚えのある光が弾け、オーラとなってタロを包み込んだ。

注射器は弾き飛ばされ、周囲の器具やガラス片が宙を舞う。


助手「きゃああああああ!?!?!?」

獣医「なっ!なんだ!!?やはりただの犬じゃないな!?」

母「あ…朱祢!これはどういうこと…!?」

朱祢「あ……あぁ………」


診察室の外でも、異変は即座に伝わった


「バウ!!!バウ!!!」 「フシュー!!」 「な…何!?すごい音がしたけど!」

「少々お待ちくださいませ!」


受付が確認のため、ドアを開ける


「先生!大丈夫――っ!!!??」


そこにはオーラを纏った犬、荒れ果てた診察室、怯える人々

そしてそれは他の人の目にも映ってしまった


「うわー!なんだあれ!?」 「通報よ!通報しないと!」 「バケモノだわ!」 「えーん!怖いよー!」


院内は一瞬でパニックに陥った。


朱祢「…っ…タロ!行くよ!!」

母「あ!朱祢!!」


朱祢はタロを抱き上げ、そのまま病院を飛び出した。


朱祢「はぁ…!はぁ…!なるべく遠くに行かないと…!」


オーラを纏ったままのタロを抱え、ひたすら走る。

――トンッ。

軽やかな一歩。

だが、その距離は常識を外れていた。


朱祢(……! 信号が……)


点滅する青を見て、無意識に力を込める。

タッ! タッ! タッ!


朱祢(……次は……どっち……)


「うぉっ!? 今の何だ!?」 「なんかのパフォーマンス?」 「速すぎね…?」


*


あてもなく走り続ける朱祢。

気が付くと、どこなのかも分からない静かな住宅街に辿り着いていた。


朱祢「はぁ……はぁ……」

わふっ!


腕の中のタロを見下ろす。

さっきまで纏っていたオーラは、いつの間にか跡形もなく消えていた。


*


近くの公園のベンチに腰を下ろし、朱祢は深く息をつく。

頭の中で、先ほどの出来事が何度も反芻される。


朱祢(……タロはどうなっちゃったんだろう…。もうタロはタロじゃないのかな…やっぱりあの時、死んじゃったのかなぁ……)


視界が滲み、涙がじわりと溜まる。

タロをそっと抱き上げると「クゥン……」と小さく、確かに生きている声が返ってきた。


朱祢(…ううん。タロは生きてる。たとえ、ちょっとだけ普通じゃなくなっても、タロはタロだもん…。私の大切な家族…。たとえ、心臓が動かなくても……あれ?)


ある考えが頭をよぎり、胸の奥が、すうっと冷えていく。


朱祢(……タロがおかしくなっちゃったのが、あの変な力のせいなら…私は……??あの力を体に宿してる私は……??)


動揺に息が乱れる。

自分の胸に手を当て、鼓動を探す。


朱祢「はぁ……はぁ……なんで……私の…心臓は……!?はぁ……はぁ……」


呼吸をする度に更なる疑念が頭をよぎる…


朱祢「……呼吸…………うそ………でしょ…………………」


試すように息を止める。

だが、苦しさは訪れない。

肺が膨らむ感覚すら、どこか他人事だった。


朱祢「……人間じゃない………私…………もう………………」


ドカッと膝から崩れ落ちる朱祢。

クゥン…

タロが近づき、そっと身を寄せてくる。


朱祢「……そういえば…………」


携帯を取り出し、現在地を調べる。

病院からは20㎞以上も離れている。

そんなに走れるはずがない…


朱祢「……………かえ………ろう……………」


優しくタロを撫で、立ち上がる。

そして、無意識に家がある方角を見つめ――違和感に気づく


朱祢「……あれ……なんで私…この方向に家があるって思ったんだろう………どうして知らない場所なのに…家の位置が正確に分かるような気がするんだろう……」

“…それが君の力だ…”

朱祢「っ!?誰…!?」


あの時のように脳内に直接、声が響き渡る


“これから一生、敵を倒し続けてもらう為に必要な能力だ。

不死身の体、最強の力……

ヒーローとしての役目を果たしてもらう…”

朱祢「なに…!?一生……!?ヒーローとしての役目って…!?」

“…深く考える必要はない……君は私との契約を果たすことになる……必ず……”

「きゃぁあああああっ!!!!」


その時、女性の悲鳴が響きわたった。


朱祢「!!」

“さぁ……ヒーローの出番だ……”

朱祢「…………」

「誰かー!誰か来て!!助けてぇえええ!」


声は近い。

震え、必死に絞り出された叫び。

その情景を思い浮かべた瞬間、朱祢の脳裏に、あの時の光景が重なる。


朱祢「……っ!!」


ぎゅっと目を閉じる。

ほんの数秒──だが、長い逡巡。

そして、決意とも諦めともつかない息を吐き、

悲鳴の方角へ走り出した。

シュン…!

直感に従い、手元へと弓矢を呼び出す。

トントントン!

ザッ―――

公園の柵を軽々と越え、道路へ飛び出す。

そこには、今にも襲われそうな女性の姿。

ス――と弓を構える。


迷いはある…

だが、混乱した思考とは裏腹に、身体は異様なほど正確だった。

バシュゥン!!!

放たれたセピア色の一矢が、一直線に残光を描く。

一瞬だけ世界を切り裂くような輝き。

それは敵を貫いた後、ゆっくりと、きらきらと消えていった。


「あ………ありがとう…………ヒーロー……?」



女性は困惑した様子でこちらを見たが、朱祢は俯いたまま背を向け、その場を去った…



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