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おまけ とある祝主の独り言


 その日、依人よりうどたちは朝からざわついていた。

 前の日、泉恕せんどと言う片田舎のむらに久々のはつ愛依(うい)が生まれ、それは非常に喜ばしかったのだが、その初愛依が昇天しかけて祝主はふりぬしが血を分けてやったので、一丁前いっちょまえに依人として覚醒してしまったからだ。


 ひなに生まれた赤子が依人宣旨を受けるなど、まさに不見みず始まって以来の珍事である。

 人々はこの発表に驚きさざめいたが、新しい同胞はらからを得た依人よりうどたちはと言うと、別の意味で大層、賑やかしい事になっていた。


 鄙で育つ赤子には当然、守役が必要だ。そしてその役職は、子を持つ事のできない依人らにとってとても魅力的なものだった。


 その情報を仕入れて真っ先に動いたのは、伊崔(いさい)という一人の祝主だった。

 常識で考えれば、宗家出身の伊崔が血筋の劣る赤子の依人の守役となって鄙で暮らすなどあり得ない事だったが、自他ともに認める子供好きの伊崔は何が何でも守役がしたいと思ったらしく、真夜中に筆頭依人の葵翳きえいの寝所に突撃した。


 時は丑三つ時。

 御所は寝静まり、葵翳も勿論夢の中にいた。

 気持ちよく寝入っていたらいきなり叩き起こされ、すわ火急の事態か!と飛び起きれば、赤子の守役に自分を選んでくれという(葵翳にとっては)クソしょうもない用件だった。


 額に青筋を浮かべたまま、葵翳きえいは即座に訴えを却下した。


「お前は祝主だろうが。宗家出身が鄙の同胞はらからの守役では理が通らん!」

 一刀両断してその場から追い出し、それで一件落着の筈だった。

 なのにその情報は瞬く間に仲間内に拡散した。


 守役は愛依と断言された事で、喜んだのは愛依たちである。

 それを聞いた者たちはじゃあおのれが!と名乗りを上げ始め、その愛依らにねだられた祝主らが一斉に葵翳の許に馳せ参じる事となったのである。


 葵翳にすればいい迷惑だった。

 起きるとすでに取次ぎを求める長蛇の列ができており、聞いただけで頭が痛くなった。


 取り敢えず、面会は全部断る事にした。

 と言っても、若干気を遣わなくてはならない相手もある訳で、その一人と嫌々会った後、今度は宗主に呼ばれてそっちに行く破目になった。


 宗主と葵翳、どちらが偉いかと聞かれれば、一応宗主である。

 葵翳ら宗家筋の依人よりうどは現宗主のご先祖みたいなものだから、宗主に対する発言力は強いのだが、同胞を生み出せるのは宗家筋しかいないので、宗家筋あっての依人とも言えるからである。


 とはいえ、宗主や次期宗主がぼんくらであったなら、引きずり下ろせるだけの力は持つ。

 葵翳とはそういう存在である。


 さて、今代の宗主は別にぼんくらでも何でもなく、その宗主からの頼みを受けて葵翳はすぐに動いた。

 で、それが終わった頃に一人の男が葵翳を訪ねてきた。 

 こちらも立場上無視はできない相手で、用件はわかっていたが、葵翳は渋々会う事にした。


 依人筆頭補佐の成唯せいいである。

 葵翳の腹心で、普段はこれ以上ないほどに有能で頼りになる男であったのだが、そのそわそわした様子を見れば、用件など自ずとわかるものだ。


「成唯、お前もか」

 不機嫌に声をかけてやれば、成唯せいいは幾分ばつが悪そうに目を泳がせた。


妓撫きぶが俺に頼み事なんて滅多にないからな。やっぱり聞いてやりたくなるじゃないか」

 

 やはり愛依に泣きつかれて来た口らしい。

 葵翳はふんと鼻をならした。


「最初、俺の所に来たのが誰だと思う?

 伊崔いさいだぞ。あいつの場合、愛依に頼まれたんじゃなく、自己推薦だったが」


「あー…。伊崔だったのか」

 

 守役に立候補した祝主はふりぬしがいたと聞き、どこの()れ者かと思っていたが、伊崔なら頷ける。

 何代か前の宗主の長男で、度を越した子ども好き。今も暇さえあれば愛依を連れて里に出て、子どもと遊んでいるような奴だ。


「問答無用で追い返したがな。

 そしたら朝には、自分の愛依を推薦する奴らが長蛇の列だ。どいつもこいつも愛依に骨抜きにされやがって」


 忌々しそうに続ける葵翳から成唯はそっと目を逸らせる。下手な口を挟めば、やぶ蛇になりそうだ。


「その上、この件には宗主も口を出してきたぞ。


 宗主は末子の司凉しりょうを可愛がっている。

 無事に育つか気になるから、佑楽うらくの愛依の架耶かやを守役につけてくれと直接俺に頼みこんできた」


 成唯は顔をしかめた。

 宗主、儀容ぎようは、依人に生まれついた兄の佑楽を誰よりも頼りにしている。

 他ならぬ宗主がそう頼むならば、言う事を聞かない訳にはいかないだろう。


「じゃあ一枠は決まりか。

 後の二人は誰にするんだ?」


 葵翳は漏れそうになるため息を噛み殺した。


「お前たちは一体、俺にどうしろと言うんだ。

 誰を選んでも文句が出そうだし、皆の言い分を聞いて悠長に選んでいる暇もない。

 仕方がないから、今回だけは祝主の格で押し通す」


 途端に顔を輝かせる成唯を見て、葵翳は幾分うんざりと言葉を足した。

「その代わり、他の奴らに恨まれても俺は責任は取らんからな」


 成唯は葵翳の言葉など聞いちゃいなかった。

 自分の可愛い愛依が喜ぶ顔を想像し、早くもにやついている。


「じゃあ、二人目は妓撫きぶで決まりだよな。

 三人目は誰にするんだ?やはり格付けから選ぶのか」


 うきうきとそう聞いてくる成唯に葵翳は首を振った。


宜張ぎちょうに決めるつもりだ」


「宜張?…なるほど。沙羽さうも頼みに来たか」


 沙羽は闇食みの宮の守りをしている女依人だ。

 闇食やみはみの宮の側近中の側近で、依人の中でも別格と言われている。

 たおやかで賢明な女性であり、今まで一度もその立場をひけらかす事はなかったが、今回は珍しく葵翳に直接捩じ込んできたらしい。


 そういや宜張は子どもが好きだったなとぼんやりと考えていた成唯は、そのため危うく葵翳の次の言葉を聞き落とすところだった。


「お前は依人筆頭補佐で、今は闇の時代だ。

 泉恕せんど愛依ういに会いに、のこのこ遊びに行くんじゃないぞ」


 成唯は思わず仰け反った。

 そんな事、聞いてない!


「しかし、それは…」 


 愛依の妓撫きぶは成唯の恋人でもある。十年も会えないなど、成唯的にはありえない。


「沙羽も宮の傍から動けないし、ちょうど釣り合いが取れるだろう。

 守役となった愛依に会いに行けないというのであれば、他の奴らも納得するだろうし」


 皆は納得するかもしれないが、それではあんまりだと成唯は思った。


「ならば、佑楽は?」

 せき込むように問い質せば、葵翳は呆れた顔を向けてきた。


「だから、宗主の頼みだといっただろう?

 宗主は司凉の愛依の様子を知りたがっているし、佑楽は時折泉恕を訪れて、その様子を伝えてやるんじゃないか」


 成唯は悔しそうに俯いたが、そんな成唯を横目に、本当に宗主の願いかどうかはわからないがな…と、葵翳は内心そう呟いていた。


 宗主が自分に頼んできたのは本当だが、そう言うように根回しをしたのは、実のところ佑楽のような気がする。

 

 先ほど佑楽にその内意を伝えた時、佑楽は明らかにほっとした顔をしていた。

 元々腹芸が得意な奴ではないし、おそらく愛依にねだられて困りきった末、弟の儀容に相談し、儀容が佑楽のために動いた、真相はおそらくそんな所ではないだろうか。 


 そんな事を口にすれば、あちこちから不満が出そうなので(特に目の前のこの男から)、葵翳は賢明にこの疑惑については黙っている事にした。


 それにしても…と葵翳は思う。

 魂の片割れである愛依が可愛いのは理解できるが、こいつらはちょろすぎだろう。

 ちょっとおねだりされたら、ほいほいと言う事を聞こうとするなんて、祝主としての自尊心はどこ行ったと思う葵翳である。



 


 さて、選ばれた守役たちは昼過ぎには颯爽と都を出立し、成唯はどんよりとその後ろ姿を見送った。


 以来、妓撫とは別れ別れの生活を送っている。

 妓撫からは月に一、二度は文をもらっているが、その文の厚さが明らかに沙羽がもらっている分より薄い気がする。

 何故だ…。


 守役に落選した愛依やその祝主らは、見回りと称して時々泉恕を訪れているようだ。

 自分を見てにっこり笑っただの、今日は寝返りをうっただの、初愛依の成長を存分に楽しんでいる。


 俺だって見に行きたいのに。


 妓撫からはものすごく感謝されたし、祝主としての面子も施したが、少し早まったかなと思う今日この頃である。

 

 因みにそれを沙羽に愚痴ったら、これだから男は…と散々に呆れられた。




 

作品にお付き合い下さいまして、ありがとうございました。

また、ブクマや評価をありがとうございます。


司凉が翔士(珠玲?)を迎えに行くお話を、いずれきちんと仕上げていきたいなと思っています。

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