第十八話 黒と白の手合わせ 終
修とレイの距離が詰まる。
先に攻撃を仕掛けたのは修だった。
拳と剣。
リーチの差から、普通ならレイの攻撃が先に届く。
それを防ぐべく、修はレイと衝突する直前に力強く地面を蹴りつけた。
赤茶色の砂塵が舞う。
その量は異常で、一瞬で修の全貌を隠した。
視界のおぼつかない混乱時に仕掛ける。
それが修の考えた策。
リーチのハンデをなくすと共に、相手の隙を生み出す作戦でもあった。
急停止で立ち止まるレイの左手側を、大きく円を描くように迫る。
しかし、レイほどの実力者に対し、完全に虚をつくことは出来ない。
彼は木剣を下向きに構えながら、既に自身に迫る脅威に気付いていた。
修から放たれる拳は、当然の如くレイから逸れる。
されど、修の攻撃はそれで終わりはしない。
矢継ぎ早に繰り出される殴打の数々。
レイはそれを、ときには祝福で、ときには木剣で、様々な手段で防いでいた。
優雅ともいえる様子で防ぎ続けるレイ。
だからといって余裕はなかった。
まともに喰らってはないとはいえ、修の一撃一撃には城を崩すだけの威力が宿る。
颶風が吹き荒れ、粉塵が舞い、大気が歪む。
そんな攻撃が眼にも止まらぬ速度で放たれるのだ。
その中でもフェイクは当然であり、修はレイに隙が生じないか常に目を光らせている。
余裕など、あるはずがなかった。
だが、その様な状況にあっても冷静さを失うことはなかった。
レイは自分が行うべき対処を正確に判断し、行動に移す。
そして、好機を見た。
殴打と殴打の間に、わずかな隙を見つけた。
逆袈裟斬りが可能なだけの隙間が生じていた。
無論、わざと隙を見せ誘い出すという可能性もある。
しかし、防戦一方の状況を覆すためには、そこにかけるしかなかった。
剣を振るう。
魔力で強度をあげ、
地を踏み締め、
祝福を利用し加速させ、
剣を振るった。
「――――」
瞬間、修の動きが変わった。
剣閃が瞬くより早く、修は右腕を素早く引いた。
これまでの数段速い動き。
すぐさま殴打を放てる態勢だ。
やはりフェイクだったのか。
いや、それでも構わない。
相手の攻撃を逸らし、此方の攻撃を当てる――――
修の拳はレイの顔面に。
レイの剣は修の腹部に。
接触の衝撃で相手だけではなく、周囲一帯が破壊しかねない一撃を放ち――――
「待ってください!」
――――伶奈の静止の声によって、二人は動きを止めた。
攻撃を繰り出す構えのまま、二人は伶奈に視線を送る。
彼女は呆れた表情で二人を見ていた。
「あの……貴方たち、この辺りを吹き飛ばすつもりですか?」
「「………………あ」」
その言葉を聞いて、修とレイは今回の手合における一つのルールを思い出した。
三つ目のルール。
・練兵場や周りの建物の大幅な破壊を禁ずる。
いつの間にか、白熱するあまり修とレイはそれだけの破壊力を誇った一撃を放つところだったのだ。
伶奈が止めなければ、それは現実になっていただろう。
修とレイは共に腕を下ろし、その結果を受け入れた。
「引き分け、みたいだね」
「ああ」
レイのその一言に、修は静かに頷く。
超人的な戦いを観戦していた兵士達から、歓声が沸いた。
◆
レイ・ジオ・エルトリア。
彼の実力は本物だった。
服についた赤茶色の汚れを払いながら、俺は先程の戦闘を思い出す。
変幻自在に迫る剣撃。
不可視の防御。
純粋な一撃の破壊力。
全てにおいて人間離れしていた。
それらを可能にする祝福とは、一体。
『逸れろ』『流れろ』『とどけ』『伸びろ』……レイが呟くたび、その現象は現実のものとなった。
まさか、発言内容を現実に引き起こす力だとでも言うのだろうか。
そんなことはありえないと断定できないのが、祝福の面倒なところだ。
「強いね、君は」
ふいに、レイが俺に向けそう告げる。
彼は木剣を地面に垂らしたまま立っていた。
「いや、ほとんど圧倒されてたの俺なんだけど」
有効打を二本いれることはできたが、あれは無理やり隙を生み出したに過ぎない。
都合よく、レイの思考の外側の手段を思いついただけだ。
おそらく、こいつほどの実力者ならすぐに修正してくるだろう。
「そんなことはないさ。一撃で容易く意識を奪う君の攻撃の前には、冷静さを保つだけで精一杯だったよ。それに」
レイはふっと、その場で木剣を振るう。
瞬間、木剣はバラバラに砕け地面に零れ落ちていった。
「僕が一撃目を入れたとき、その衝撃だけで木剣は壊れていたんだ。その後は魔力で無理やり補強していたけれど、時間が経てばそれも耐え切れなかっただろう……もう少し時間があれば、君の勝ちだったはずだよ」
「いや、それはただの武器によるハンデだろ。木剣じゃなく真剣だったら、一発目で俺を真っ二つにして終わってただろうし」
「……君が、そんな攻撃を素直に喰らったら、の話だけどね」
いや、普通に何が起きているか理解できないまま喰らったんだけど。
派手にぶっとばされたんだぞ。
まあ、全力で戦ってもいいのなら、真剣相手でも幾つか防ぐ手段はあったとは思うが。
「…………」
だけど。
俺は視線を下ろし、レイの腰元にある一振りの剣を見た。
灰色の鞘に収まる祝魔剣……レイが振るうのがただの真剣ではなくその剣だったら、どうなっていたか分からない。
俺が本気を出していないのと同様。
レイも、彼の持つ実力の一部しか見せていないのだ。
もう二度と戦いたくはない。
それが、今回の手合を通して俺がレイに抱いた感情だった。
◇
「レイ殿下の持つ祝魔剣は、世界の変革の日に、神より齎されたと言われている剣なんです」
数分後、練兵場から戻る途中、王城の廊下でリリスは俺の疑問に答えてくれていた。
祝魔剣について気になったため尋ねてみたのだ。
隣にいる逢ヶ瀬やソラも、その説明に耳を傾けている。
「変革の日?」
聞き慣れない言葉。
俺の呟きに、リリスはこくんと頷く。
「はい。現在が祝魔歴492年ですので、その年月分だけ遡ります。世界が根本から姿を変えたと言われるその日。混沌と争いの中にいる人々に齎された剣こそ、かの祝魔剣。祝魔剣を手にした者によって、この世界は統治され平和が訪れたのです」
「それはまた、なんというか……すごいな」
世界を統治した剣。
聞くからに凄まじい。
「しかし、その祝魔剣には、決して看過できない欠点がありました。いえ、代償と言い換えてもよいでしょうか」
「代償?」
「はい。人智を超えた絶大な力を生み出す祝魔剣。それを使った者達は皆、身体中の魔力を奪い尽くされ死んでしまったんです……たった一人の例外を除いて」
「…………」
「世界を統べる祝魔剣。それを代償なしに扱える世界最強の祝福者こそ――――彼、レイ・ジオ・エルトリア殿下です」
「……なるほど、な」
想像以上に、レイは特別な存在みたいだ。
彼が味方になることを、とりあえず喜んでおくことにしよう。
と、そんなことを考えていると、ふいにリリスは可愛らしい笑みを俺に向ける。
「だから、その、シュウさんが彼と戦うって聞いたときは、とても心配したんですが……怪我もなく、無事に終わってよかったです」
「…………」
「えっ、しゅ、シュウさん!?」
はっ! 思わず、リリスの頭を撫でてしまった。
相変わらずの驚異的な魔力……っ!!
「変態」
「ロリコン」
おい、やめろ。
今まで会話に入ってこなかったのに、ここぞとばかりに罵倒するのはやめろ。
凍えるような視線で睨むのは、本当にやめてくださいお願いします。
そんなふうにして、スアレルでの一日は終わった。
第二章、前半終了。




