エピローグ 『契約と誓い』
連続更新をかけています
あれから、65年という月日が流れた。
蓮は5年前に先に旅立ち、そして私もついにこの世界から別れを告げる時がきた。
周りには彼との子供たち、そして孫。
幸せだったと思う。
彼は最後の時に、こういった。
「こうやってお前が俺を看取ってくれることで、ようやくお前を失った過去を払しょくできた気がする。俺を最後まで愛してくれてありがとう。……依緒里、幸せになってくれ」
「私は幸せだよ?」
彼は目を閉じ、柔らかく微笑みながらうなずいた。
それが最後だった。
見送って5年がたち、今、私は同じように見送られる。
「さようなら。私の宝物たち。愛しているわ」
悔いはなかった。
◇◇◇
死での道とはこういうところなのだろうか。
もやもやした霧の中をぼんやりと進む。
私の姿は、前世の時のものだった。
懐かしいと思いながらもどこか変な感じだ。
何かに呼ばれるように、霧の中を歩く。
迷っているような気はしなかった。そういうものなのだろう。
そうやって歩いている私の前に、ふと影がさした。
顔を上げると赤い髪に目。見覚えのある人物の登場に軽く目を見開く。
「お久しぶりです、伊織さん」
別れた時と全く同じ姿の彼に、私は目を細めた。
意外ではなかった。
きっと彼はくる。そう思っていたのだ。
「久しぶり、ヴィンス。元気だった?」
ほほ笑みながら言葉を返すと、ヴィンスはあれっという顔をした。
「それなりに。驚かないんですね?」
「んー、何となく予想していたから」
「そうですか……それが貴女本来の姿なんですね」
前世の時の姿をさされ、照れくさくなる。
自分でも久々すぎて違和感がある。
「懐かしすぎて変な感じだけどね」
そう言ってその場でくるりと回ると、ヴィンスは真面目な顔をして言った。
「迎えに来ました、伊織さん」
ふざけるのはやめ、私はじっと彼を見つめた。
どうして彼がここへ来たのかなんて初めから分かっていた。
「貴女の生が終わるまでは近づかないと僕は決めていた。だから待ちました。もういいでしょう?これからの時間を僕に下さい」
一歩下がり、私は言った。
「これからって……私は死んだんだよ?」
「分かっています。僕の契約者になれば、その姿のままあなたは生まれ変わることができる。永遠に僕と共に生きることになる」
熱い眼差しが注がれる。
彼のことをゲームキャラだと思っていたのはもう何十年も前の話だ。
あの時はただ単に好みのキャラに迫られたと思っていたが、さすがに今はそんな風には思えない。私だけを求める瞳に、体の奥が熱くなった。
ヴィンスは私に近づき、手を握った。
その手が少し震えていた。
「伊織さん、愛しています。どうか僕と共に生きてください」
彼の真摯な声に胸が痛む。
目を瞑り小さく頷いた。
「……はい」
「え」
驚いたように顔を上げたヴィンスに肯定の返事を返した。
返す言葉は決めていた。
彼が迎えに来るであろうことは何となく分かっていた。
だからずっと考え続けていたのだ。
結論を出したのは最近だけれど、受け入れようと決めたのは嘘ではない。
まわりまわって、ついに私はヴィンスを選んだ。
信じられないと首をふるヴィンスを愛しく思う。
そう、思えた。
「いいんですか?」
「うん、随分待ってもらったからね。一緒に行くよ」
ヴィンスは泣きそうに顔を歪めた。
「本当に?今更嘘だといっても僕は聞きませんよ?ずっと待っていたんですから」
「分かってる」
しつこいなあと笑えば、ヴィンスは言った。
「……朝日奈君はいいんですか?」
「彼はもういない、それに……」
ヴィンスの言葉には動じない。
その辺りも結論は出してある。
「蓮は多分分かっているから」
何となくだがそんな気がする。
彼の死の際のあの穏やかな笑顔。あの時からなんとなく感じていたのだ。
ヴィンスが迎えに来たら、行ってもいいのだと彼の顔は告げていた。
彼もまた気づいていたのだ。
私がはっきり頷くと、ヴィンスはため息をついた。
「やっぱり夫婦だからですか。分かりあっているんですね。正直少し悔しいと思わないでもないですが。……伊織さん、本当は言わないでおこうと思っていたのですが、僕は彼に会いましたよ」
「え?」
ヴィンスの言葉に耳を疑った。彼と会った?いつ?
「彼が死んだ時、今の伊織さんと同じように会いにいきました。伊織さんを頂くと言いに」
らしいと言えばらしい行動をとったヴィンスに苦笑いする。
「そっか、蓮はなんていってた?」
予想はつくが尋ねてみた。
ヴィンスは口元を緩めた。
「俺は十分幸せにしてもらったから、あいつがいいと言うのなら連れて行け、と」
「そう……」
目を瞑り彼を思う。
やはりそうか。彼は私の幸せを真に願ってくれたのだ。
背中を押してくれた彼に心の中で感謝する。
もう二度と会う事はない彼の心に触れ、胸がいっぱいになった。
ヴィンスはその時の事を思い出すように言った。
「相手は朝比奈君ですからね。僕としてもダメ元で言ってみたので、まさかオーケーがもらえるとは思ってもみませんでした」
「そうだね、でも、人は変わるんだよ。ヴィンス、教えてくれてありがとう」
「いいえ」
ヴィンスは首を振り、私の前に跪いた。
それを不思議な気持ちで眺める。
「伊織さん」
跪いたまま、右手を私に差し出す。
美しい紅玉が私を捕えていた。
その瞳に見惚れながら彼の次の言葉を待った。
「貴女を永遠に愛すると誓います。どうか僕の契約者になってください」
その手を取り、彼の目を見ながらはっきりと頷いた。
これから私の新たなる人生が始まる。
彼と、ヴィンセントと共に、紡いでいく終わりのない物語が。
それを後悔する日も来るだろう。
もういやだと彼を詰る日が来るかもしれない。
それでも、2人で乗り越えていきたいと強く思った。
「――――はい」
ありがとうございました。
これにて本編は終了です。
後一話EXがあります。




