EX 蓮とヴィンセント
連続更新かけています。
「やっぱりきたか」
僕が姿をみせると、彼はそう言って笑った。
その姿はおそらく前世のもの。
だけどその仕草と言葉で、彼だという事はすぐにわかった。
「こんにちは、朝比奈君」
「遅い」
どうやら僕を待っていてくれたらしい彼は、そう言って壁らしきものから体を起こした。
「そうですか?君が死んでからすぐに来たのですが」
「待ちくたびれた。もう放っておいていってしまおうかと思った」
「それは、困りますね。君とは一度きちんと話してみたいと思っていましたから」
そう言えば、彼は呆れたように言った。
「60年経って今更か?」
「ええ、今更だからですよ」
僕にとっては大した時間ではなかったけれど、人間にとっては長い時間だ。
「まあいい、お前に聴きたいことがあったんだ」
彼の言葉に曖昧にほほ笑む。
「おや?なんでしょう」
「俺は、元の世界に戻るんだろう?」
確信する響きに、この男は本当に頭がいいと思う。
僕はゆったりと頷いた。
「ええ、君の魂は向こうの世界のモノです。魂だけになった君は、間違いなく向こうの世界に回収されます」
僕の言葉にも全く動じない。
「そうか、記憶はどうなる?」
「残りません。今回の例があまりにも特殊だったのです。今度ばかりは残りようもありません。魂の洗浄を受け、おそらく君と言う形も消えると思います」
「まあ、そうだろうな。予想の範囲内だ」
納得したように頷いた彼は瞬間、僕の方に鋭い視線を向けた。
「お前、依緒里を連れていくつもりだろう?」
「ええ、その予定です……その断りに来ました」
嘘をついても仕方ない。
正直に目的を告げると、意外にあっさりとした返事が返ってきた。
「そうか、ならあいつが良いと言ったら連れて行け」
「……いいのですか?」
まさか連れて行けなんて言われるとは思わなかった。
驚いて聞き返す僕に彼は薄く笑って頷く。
「俺は十分に満たされた。俺が今願うのは依緒里の幸せだけだ。あいつがあいつのままこの先も過ごしていけるというのなら、俺が拒否する理由はどこにもない」
魂を浄化され、彼女という存在が消える事の方が彼にとっては問題らしい。
「ただし、泣かせるなよ。今までは俺が守ってきた。これからはお前が責任をもって守ると誓え」
「誓います」
彼の言葉に即座に返した。
言われるまでもない。彼女の事は僕が守る。
その役目を他の誰かに譲る気は露ほどもない。
僕が間をおかず返したのを受け、朝比奈君は声を上げて笑った。
「上等だ」
そしてそのままくるりと背を向ける。
僕は慌てて声を掛けた。
「朝日奈君、伊織さんに伝えることは?」
「あいつに告げるべき言葉はすでに伝えてある。思い残すことは何もない。ヴィンセント、依緒里をよろしく頼む」
「……はい」
初めて彼から呼ばれた自分の名に、何故か衝撃を受ける。
名乗ったわけでもないのに呼ばれるなど、普通なら不快でしかないはずなのにそうは思わなかった。大事なものを託された気持ちになった。
確かに受け取ったと伝えるように頷けば、彼はこちらに背を向けたまま片手を上げた。
そして後は一度も振り返ることなく去っていく。
彼らしい、あまりに潔い行動に自然と目が釘付けになった。
「ええ……必ず、誓いは守ります」
もう一度そう言い、ただ彼を見送った。
その姿が霧に飲み込まれてしまう瞬間、彼が満足げに笑った気がした。
ありがとうございました。
最後あとがきがあります。




