ハッピーエンド 『月の光』
長らくお待たせしました。
蓮を連れて家に戻った私は、自室へ彼を案内した。
机の上に置かれたままの、綺麗にラッピングされた箱を手に取る。
「はい、これ」
「俺に?」
「他に誰がいるの。これは元々蓮の為に作ったんだよ。その……仲直りしたいと思って」
差し出す包みを蓮は見つめ、受け取ってくれた。
そのことにほっとする。
だが、蓮は眉を顰めこういった。
「これが俺のだとすれば、あのディアスの分は何だ?」
「あれは、蓮の残りを詰めただけ。……それこそ見てなかったの?」
どうせ蓮の事だ。うちのあちこちに監視カメラを仕掛けていたはず。
見ていないはずはないと思ったのだが、蓮はばつの悪そうな顔をした。
「覚えていないといっただろう。お前がチョコレートをもって学園に行こうとするのをみたことくらいしか、今思い返しても記憶がない」
「そうなんだ……」
その言葉に、蓮がいかに長い間追い詰められていたのかを再確認してしまう。
なんだかたまらない気持ちになって蓮に抱き着いた。
「依緒里?」
私を抱きとめる蓮に謝罪の言葉を紡ぐ。
「ごめんね。私、自分の事ばっかりで全然蓮の事見ていなかった……」
「俺はお前を疑うことしかできなかった。お互い様だな」
チョコレートをもっていない方の腕で私を強く抱きしめながら蓮は呟く。
「お前を誰かにとられる事が怖くて仕方なかった。それは死かもしれないし、他の男かもしれない。その辺りあの男はうまくついてきたと思う。俺が無条件に踊らされるなんて、お前以外のことではありえないからな」
蓮の言葉に、私もまた自らの心情を吐露する。
「私は、怖かった」
「怖い?」
蓮の腕の中でぽつりと頷く。
「蓮が前世の時と変わらず私を束縛しようとするのが。私にはやりたいこともあったし、また閉じ込められるなんて絶対に御免だと思っていた。……今考えたら、多分私は蓮をそこまで好きじゃないと思い込もうとしていたんだと思う」
その時のことを思い出すように告げれば、蓮から静かに疑問が返された。
「何故」
「だって認めたら、私は動かなくなる。ピアノも友達も何もかもどうでもよくなる。私の世界は蓮だけでいいって思ってしまう。束縛が嬉しくなる。……そうなるのが嫌だった」
私の独白に蓮はただぎゅっと抱きしめる力を強くした。
それを幸せだと素直に思ってしまう私は、もう元には戻れない。
「そうやって逃げ出したはずなのにね、蓮に嫌われたかもと思うのは耐えられなかった。あの時から蓮に会わなかったのは、そのせい。さっきだってそう。自分から離れたくせにもう蓮がいないんだって言われても、到底受け入れられなかった」
あの時、はっきりと自覚した。
自分がまた、引き返せないくらい深く蓮を愛してしまっていることに。
残念ながらゲームオーバーだ。いやクリア、なのか。
結局私はいつのまにか、完全に蓮につかまってしまっていた。
「……好きだよ、蓮。多分私は思っているよりずっと蓮の事を愛してる」
泣き笑いの表情を浮かべ私は蓮に告げた。
そんな私に蓮はふわりと口元を緩める。
嬉しそうなその表情に、何とも言えないくすぐったさを感じた。
「依緒里、俺も誰よりもお前を愛している。俺には昔も今もお前だけだ」
「うん、知ってる。……私もだよ」
いつの間にかチョコレートの箱を置いた彼は、私の頬を両手で挟んだ。
そして静かに口づけてくる。
「依緒里……?」
顔を離した蓮は、小さく私に問いかけた。
その目には熱い炎が灯っていて、私は胸を高鳴らせる。
「……うん」
躊躇いはなかった。
――――私は頷くことで、彼の要求に応えた。
◇◇◇
「ふうん、結局一番大事なところに俺は絡めなかったってわけか。仕方ないけど微妙だな」
「いやあ、アレに絡むのはそれはそれで死亡フラグだと思うよ?」
季節は進み、3月。
今日は暁学園高等部の卒業式の日だ。
式典自体は午前中の早い時間に終わった。
生徒会役員の私たちは、朝からずっと大忙しである。
準備も大変だったが、片づけもまたキツイ。
向こうの方では本日の主役である三年が、それぞれ慕う後輩たちに囲まれている。
兄さんと蓮はといえば、やはりというか大勢の女生徒たちにまとわりつかれていた。
在校生のみではなく卒業生にまで囲まれている所は流石だと思う。
「すっげえ人気だよなあ。神鳥先輩たち」
蓮たちの方を見ながら、感心したように言う悠斗に苦笑しながらも同意した。
「そうだねえ、これで最後だと思うから余計なんじゃない?そんなにたからなくても来月からは大学の方でいくらでも姿を見ることになると思うんだけど、兄さんは別として」
「ああ、先輩やっぱりそのまま持ち上がりなんだ」
悠斗の言葉に肯定を返す。
蓮は併設された大学の方に進学予定だ。
兄さんは当初の予定通り、ドイツへ戻る。
荷物はすでに送ってあるので空港に直行だと、今朝方本人から聞いた。
「私を一人残して別の所へ行く選択肢はないってさ。私が留学するとでもいえば
海外の大学でもなんでも行くんじゃない?」
「ついてくること前提なんだ」
隣にいた総ちゃんがくすりと笑った。
それに大きく頷く。
「絶対ついてくるよ。むしろ自分が準備できるまで行かせてくれないと思うな。うーん、海外行くなら早めに申告しないとなあ……」
師匠はまだ日本にいそうだからしばらくは必要ないが、これから何があるかわからない。
悩み始めた私をみて、総ちゃんが嬉しそうに声を上げた。
「仲よさそうで羨ましいな。伊織ちゃん、神鳥先輩とは仲直りしたんだね?」
「うん、おかげさまで」
「そっか、なら良かった」
眩しそうに目を細められ、私は少し照れたようにはにかんだ。
「んで?結婚するとか言ってたけど、結局どうなったんだ?」
「私が卒業したらっていう話でまとまった」
そういえばと、尋ねてくる悠斗に答える。
そうなのだ。私としてはもういつ結婚しようがどうでもよかったのだがここへきて、なんとうちの父と母の反対にあった。
さすがに本当に高校生の身で結婚すると言い出すとは思わなかったのだろう。
正式な挨拶にやってきた蓮を見て、両親は急に渋りだした。
「前に話した時は割と乗り気じゃなかった?」
そう言えば、父はじと目で睨んできた。
「まさかお前が了承するとは思わなかったんだよ。いいから誠司くんも、少し落ち着きなさい。婚約もしていることだし、結婚するなとは言わないから、せめて伊織が高校を卒業するまでは待ってやってくれないか」
その後、両家の話し合いが行われ、父の希望が採用される事となった。
意外に反発しなかった蓮に驚いたが、後で聞けばこんなことを言っていた。
「もうお前は俺のものだからな。あと2年待つだけで、波風たてることなくお前を手に入れられるのなら、それもいいさ」
頭のてっぺんにキスされ、ぼっと赤くなる。
すっかり蓮にほだされてしまった私はぎゅっと抱き着いた。
上目づかいでお願いする。
「ふふ、じゃあもう少し待ってて?」
「ああ」
こういうやりとりがあったのだが、その後の詳細は省く。
もはやバカップルと化してしまった私たちが辿り着く先など、説明しなくとも分かってもらえると思うが。
「ふうん。じゃあ在学中は鏑木のままなんだな」
「そういうこと」
悠斗の疑問に答えながらも、ふと思い出した。
入学式の日、中庭で見た桜の事を。
「ねえ、今日はもう終わりだよね?悪いんだけど、先に抜けさせてもらっていいかな?」
「構わないけど、どうしたんだ」
オーケーを出してくれた悠斗に感謝しながらも秘密と指を一本立てた。
「ちょっと用を思い出して。そうそう、リザが終わったら連絡してって言ってたよ。帰る前に電話してあげてね」
「ちょ、あんたそう言う事はもっと早く」
悠斗に笑いかけ、彼女からの伝言を伝える。
こちらもすっかり両想いのカップルとなった二人のやりとりは、見ていてとても楽しいのだ。
「なら、先に行かせてもらうね。じゃあね、総ちゃんも。また新学期……いや、入学式準備があるか……その時にね!!」
総ちゃんにも手を振る。
彼は笑顔で送り出してくれた。
「ばいばい、伊織ちゃん。うん、じゃあまた来月に」
「ありがと」
二人に別れを告げ、ゆっくりと歩き出した。
どうせ蓮は後でやってくるだろう。
それまでのことだと思いながら、歩を進めた。
◇◇◇
中庭へとやってきた。
相変わらずの人気のなさに驚きつつも、大きな桜の木を見上げた。
当然まだ、花は咲いていない。
あの、ヴィンスとの再会から一年とたっていないのだ。
色々あったような気がするのに、不思議なものだ。
ヴィンスはあれから本当に姿を消してしまった。
いつの間にか学園長の座も降りてしまい、その行方はしれない。
誰も気にした様子をみせない所をみると、きっとヴィンスがあらかじめ手を打っていたのだと思う。
今や彼は、ほとんど神様みたいな存在なのだから。
桜をみあげ、すぐそばの教室にピアノがあることに気が付いた。
全ての窓が大きく開け放たれていたので分かったが、こんな教室あっただろうか。
妙な違和感に襲われたが、すぐに振り払った。
犯人の予想はつく。
おそらく彼の仕業だろう。大体ピアノが置いてあること自体が怪しすぎる。
深く考える事をやめ、教室へ入った。
思った通り鍵はかかっていない。
ピアノに向かい、指を軽く滑らせる。
調律は完璧だった。美しい音が響き、満足げに頬を緩める。
さて、何を弾こうか。
窓から桜の木を見つめる。
すべてはあそこから始まった。
ヴィンスと出会い、全てを思い出して。
そして最後に彼は、何も言わず去って行った。
「うん、決めた」
鍵盤に手を置き、指を走らせた。
チョイスしたのは、ドビュッシーの『月の光』だった。
楽しいこと、悲しいこと、相反するものがこん然一体となった、曖昧な世界を描いた曲。
卒業式にも相応しいこの曲を私は一心に弾いた。
――――彼に聞いていてほしい、そう願って。
弾き終え、鍵盤から手を離すと背後から拍手の音が聞こえた。
「月の光、か。いいね」
「なんとなく気に入らないがまあいいだろう、依緒里、またせたな」
顔を上げふりかえると、兄さんと蓮が揃ってこちらにやってきていた。
「こんなところに教室があったんだね」
物珍しげに見渡す兄さんの言葉に頷く。
「そうみたい。少し、借りちゃった」
「誰もいないみたいだし、いいんじゃないか?」
蓮は興味なさげにそう言い放つ。
多分気づいている。そう思い、苦笑した。
後できっと文句を言われるのだろうなと思いながら、私は立ち上がった。
「二人とも、もういいの?随分と囲まれていたみたいだけど」
「もう十分付き合ったと思うよ?いい加減勘弁してもらいたいね」
大変だったと肩をすくめる兄さんに、蓮が横やりを入れる。
「お前の場合は、ドイツに行ってしまうからだろう。仕方ない」
「それはそうだけど、だからと言って私を置いていくのはどうなんだい?」
「知るか、俺を巻き込むな」
いつもの遣り取りを始める二人に、場が和む。
なんとなくしんみりしていた私に気をつかってくれたのだろうとピンときた。
「ほら」
話を止め、蓮が私に手を差し伸べた。
私に差し出された、その大きな手を見つめる。
「さあ、依緒里。――――行こう」
「……うん」
頷き、それでもなんとなくピアノを振り返る。
その時、窓の外の桜が一斉に咲き誇った気がした。
「……え?」
もう一度見るも、それはすでに影も形もなく。
気のせいだったかと、そう思おうとしたとき、花びらが一枚風に乗って運ばれてきた。
ピンク色の小さな花びら。
それを手につかみ、小さく呟く。
「夢じゃ……ない……か」
犯人の心当たりなんて一人しかいない。
聞いてくれていたんだ。確信し、笑みを浮かべる。
「ありがとう……またね」
そうして小さく頷いた私は、踵を返し、今度こそ自分の選んだ人の手を取った。
「お待たせ、蓮」
きっと幸せになると、もう会う事のない彼に誓う。
窓から風が入ってくる。
背中を押すようなその動きに、私はそっと微笑みをこぼした。
ありがとうございました。
後エピローグが一話と、EXが一話入ります




