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2月中旬 想いが重なる時


「そこの狸寝入りの得意な彼も、心配しなくても大丈夫ですよ」


 その言葉に、自分の腕の中に抱え込んだ男を凝視した。



◇◇◇



 ヴィンスの話は突拍子もなさすぎて、ついて行くのがやっとだった。

 ただ聞いているうちに、ヴィンスも色々悩んだりする、等身大の生きている存在なんだとようやく自分の中で納得することができた。

 この世界はゲームなんかじゃない。一人一人が生きている現実なのだ。


「……ヴィンス……」


 想いに応えられなかった彼の名前を呟くと、下からため息交じりの声が聞こえた。


「俺を抱きしめておきながら他の男の名前を呼ぶか……」

「え?」


 憮然とした声に、慌ててそちらに視線を落とす。

 先ほどまでの紅い目じゃない、いつものエメラルドグリーンの瞳がじっと私を見つめていた。

 そんな普通のことに目の奥が熱くなった。

 ごくりと唾をのみこみ、恐る恐る声を掛ける。


「……蓮?」

「ああ」


 眉をしかめてうなずく彼を覗き込む。


「……大丈夫なの?」

「少し、くらっとはするが問題はないな」


 短いやり取りの中にも確かに彼を感じ取り、みるみる涙が溢れてくる。

 ――――本物だ。 

 嬉しくて、私の腕の中におとなしく収まる彼の頭をぎゅっと抱きしめた。


「よかった……」

「依緒里」


 私に抱きしめられながら、片手をのばしてゆっくりと頭を撫でてくる。

 じわじわと溢れる喜びに、止めようと思っても涙が止まらなかった。


「泣くな」

「……うん」


 そう言いながらも本格的に泣きはじめてしまった私をみて蓮は体を起こす。

 そうして今度は私をその腕の中に抱き込んだ。


「依緒里……」

「うん」

「偽物、じゃないな。本当にお前、なんだな」


 確認するようにいう蓮に、しがみつきながら何度も頷く。

 かぎなれた蓮のにおいに安心した私は、ようやく涙を止めた。

 そんな私をさらに抱きしめ、彼は吐息をつく。


「……お前の声が聞こえた」


 蓮の声に顔を上げようとしたが、それは許されなかった。私を抱き込んだまま独り言のように蓮は呟く。


「秋口から、毎晩妙な夢をみるようになった。お前が死ぬシーンが何度も繰り返されたり、お前が俺に別れを告げて別の男と去っていく、そんな夢ばかりだ。冷静に考えればすぐルージュの仕業だと分かったんだろうが、お前を出されては冷静でいられるはずもなかった。毎晩お前は死に、毎晩お前は俺に別れを告げる。気が狂いそうな夢の中、それでもこれは夢だからと、必死に耐え続けた。そのうち本当に夢の出来事が現実に起こるんじゃないかと考え出した。お前をもう、失いたくない。どうすればいいのか、そればかり考えるようになった」


 語られる言葉に彼の胸に顔を押し当てながら固まる。

 しばらくみないと思っていたらルージュはそんなことをしていたのか。


「時を同じくして、お前は妙な行動をとるようになった。まるで俺に興味のないようなそぶりに留学の話。お前は俺を愛しているに違いないと思っていたがそこでようやく気がついた。それは本当なのか?もし違うのだとしたら……疑いだすときりがなかった。不安で仕方ない。妙な行動をとり続けるお前がもはや信じられない。お前は俺には直接好きだとは言ってくれないのだから余計だ。お前を失う恐怖に俺は耐えきれなかった。対策として、前世に引き続き再びお前の行動を監視していた俺は、その体制をさらに強化することにした。どこで何がおこるかわからない。いつお前が俺から奪われるかもわからない。そんな事態に直面して、お前を一人になどさせられるわけがなかった。早くお前を俺のものにしてしまわなければ、誰かに奪われる。そばに置いておかなければ、誰かに殺される。夢と現実が混ざり合いそうな中、俺はただお前を求めた。それがあのクリスマスだった」


 あの時の蓮は何かがおかしかった。

 今すぐに私を手に入れなくてはまるですべてが終わるかのような顔をしていた。


「結局お前は逃げ出すという形で、俺を拒否した。お前を抱けば、手に入れてしまえばこの悪夢からも飢餓感からも解放されると思っていたのに、お前は俺から逃げ出した。夢が現実になるのかと目の前が真っ暗になった」

「……知らなかった。ごめん」


 自分の事で手いっぱいだった。蓮に信じてもらえなかったことが苦しくて逃げ出した。


「それから今日までどうやって過ごしていたのか、実はよく覚えていない。今日だってお前がディアスの元に向かったと気づくまでの記憶はほとんどなかった。お前のとった行動だけを理解して、そして頭に血が上った。やっぱり夢と同じように俺から離れるのかと思ったら耐えられなかった。気づいたら、ここでお前を捕まえていた」


 苦く笑う蓮は私の背中を緩く撫でる。

 それに体を預けながら彼の話に耳を傾け続けた。


「さっきお前が決定的に俺を拒否した時、ルージュが俺にささやいた。『やっぱりね。本当に彼女ならお前を否定するはずがないだろう?つまりお前の依緒里ではなかったということだよ。お前の依緒里はとうにいなくなったものね。ほら早く追いかけないと、彼女が向こうで待ってるよ』。その言葉に俺は同意した。そのとおりだ。依緒里のいない世界に未練はない。すぐにでも追いかける、と。……実際そうしようとしたんだ……だが」


 蓮は私の顎に手を掛けた。

 視線が混じりあう。


「お前が、俺を呼ぶから」


 吐息交じりの声に、背中が震えた。

 

「お前が俺を呼ぶから離れられなかった。偽物だと思っているのに、お前が俺を愛しているなんて、俺が一番欲しかった言葉を叫ぶから、動けなくなった」

「蓮」

「聞こえていた。聞こえていたんだ、依緒里。お前の言葉は」


 手がそのまま顎を持ち上げる。


「お前が俺をここに繋ぎ止めた」


 彼のいつもの瞳は私をうつし、やさしくきらめいていた。

 頬に額に、いくつも唇が落とされる。何度も、何度も。

 それを私はただ受け入れた。

 

「……お前は、ちゃんと俺を選んでくれていたんだな」

「蓮が一番知っているくせに。私は蓮しか好きじゃないよ」


 はっきり告げると、再びぎゅっと抱きしめられた。苦しくて思わずもがいてしまう。


「れ……蓮。痛い」

「悪い、でもようやくだ。投げやりではなくお前が、ようやくちゃんとした形で口にしてくれたから」

「え?」


 彼の言葉に首を傾げる。


「お前には容易に口にするなといっておきながら、やっぱり俺は気にしていた。前世ではお前は俺のものだったけど、今世ではどうかなんてわからない。お前を手に入れる為ならどんな手段でもとるつもりではいたけれど、それでもお前の口から直接聞きたかった」


 その言葉に、蓮がどれだけ不安を抱えていたのかが分かる。

 あやすように彼の首に抱き着くと、彼の耳元でそっと囁いた。


「遅くなってごめん。愛してる、蓮。私には蓮だけだよ。蓮がいなくなるなんて私にはもう耐えられないの。だからもう、あんなふうに私をおいていかないで」

 

 結局そう言う事だ。蓮が死んでしまうと聞いた時、本気で発狂するかと思った。

 あの時ほんの少しだけ、彼の抱えた不安の正体が分かった気がした。

 私を失うと思って暴挙にでた彼の気持ちが少しだけ理解できた。

 あんな理不尽な別れ、私にはきっと耐えられない。


「依緒里!!」


 私の言葉に、彼は感に堪えないといったように強く抱きしめる。


「俺もだ、俺もお前を愛している。この気持ちはどうやったって変えようがない」

「嬉しい」


 蓮の言葉に応え、唇に落とされるキスを受け入れる。

 好きだと何度も繰り返す蓮に、私も好きと同じだけ返した。

 それだけのことがとても幸せでたまらなかった。 


 彼の首に腕を回し積極的にキスに応える私をみて、蓮は嬉しそうに目を細める。


「ようやくだ。ようやく今世でも俺のものになった。依緒里、本当にお前なんだな……お前なんだと、お前が俺を愛してくれているんだと、やっと今心から信じることができた」


 そう言って、彼は私の左手を取った。


 何もつけていない指。以前もらった指輪は右手にはめているのだから当然だ。

 蓮はそうっと、薬指に口づける。

 その仕草に陶然としながら、彼を見つめた。


 蓮は顔を上げると私と視線を合わせ、もう一度、前とは違う言葉をくれた。


「俺と結婚してくれ。依緒里。もうお前を離したくない。今度こそお前とこれから先を共に生きるという確約が欲しい」

「私でよければ喜んで」


 蓮の言葉に笑顔で答える。


 ほんの一瞬も迷わなかった。

 そして思い出す。前世でもそうだった。彼が私にプロポーズしたときも、閉じ込めたいと言った時も私は一切迷わなかったのだ。

 あの時の彼に対する気持ちがようやく今の自分と重なり、じんわりと胸の中が熱くなる。

 今なら、何を望まれても受け入れられると確信できた。

 そんな自分に満足し、小さく笑う。

 少しだけ身じろぎし、そっと右手から指輪を抜き取ると、蓮に渡した。

 そして左手を差し出す。


「もう一度蓮がはめて」

「!!勿論だ」


 思いのたけをぶつけるように抱きしめられ息が止まりそうになる。

 でもその力が彼の想いなのだと思えば、嫌だとは思わない。

 そこまで想われてむしろ幸せだとさえ思った。


 蓮が顔を綻ばせ、私の薬指に指輪をはめる。

 クリスマスの時とは違う。

 自分の薬指におさまった指輪を見て、素直に嬉しいと思った。

 その想いのまま、もう一度今度は自分から唇を寄せる。

 指輪をはめた左手に彼の右手が絡められる。それをしっかりと握り返し、唇を重ねた。

 何度も想いを伝えあうようなキスをしながら、ふと思い出した。


 彼が勘違いした、ことの元凶を。

 今日が何の日であったのかということを。

 それのせいでこんな事態になったのだが、全てが丸く収まったのだからもういい。

 私をようやく信じてくれた今なら、彼は快く受け取ってくれるだろう。


 ちゅっともう一度彼の唇に触れ、顔を離す。

 私が離れたことに不満げな表情をみせた蓮に、笑いながらもこういった。


「蓮。私、蓮に渡したいものがあるの。一緒にうちに来てくれる?」




 すっかり蓮との時間に夢中になっていた私は、いつの間にかヴィンスがいなくなっていた事に、結局最後まで気づかなかった。





ありがとうございました。

すみません一話のびました。あと3~4話になりそうです。

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