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ヴィンス視点 ただあなたの幸せを……





「ヴィンセント・ルージュ……」


 彼女の呟く己の名に、喜びを感じる。

 他の誰に呼ばれてもこんな浮き立つような感情は味わえないだろう。

 そう、確信がもてた。


 彼女は朝比奈君を抱きしめたまま、僕を見上げてきた。

 ルージュと融合した事で、二人の関係性はわかっている。

 それでも、その位置にいることを許された彼が心底羨ましい。

 僕も気持ちは彼に負けていないと胸を張って言えるのだけれど。


 仕方ない。

 彼女は僕ではなく彼を選んだのだから――――。


 つい感傷に浸りそうになってしまい、慌てて思考を振り払った。

 彼女を見つめ、声を掛ける。


「さて……どこから話しましょうか」


 じっとこちらを見る彼女の視線がこそばゆい。

 いずれもっと違う感情をもって僕を見つめてほしいと思うが、今はまだ時じゃない。

 困ったように眉を下げる彼女に頷き、一つずつ説明することを選択する。

 どうせいつか彼女には話すつもりでいた。

 いい機会だから全てを知ってほしいと思う。


「そうですね。では初めから。少し長くなるかもしれませんが落ち着いて聞いてくれますか?」


 僕の問いに彼女は頷く。

 それを確認して、僕は前置きをしてから彼女に語りだした。

 

「……もう忘れてしまったほどの昔、この世界が生まれた時、世界をより良い方向へ導くための存在が同時に生まれました。『調整者』という役割を持つその存在は死ぬことはありません。飽きるほどの長い時間、彼はこの世界を眺めて過ごしました」


 『彼』と言いながらもそれが僕の事だと、当然彼女は気が付いている。

 黙って聞いてくれる彼女に、小さく笑いかけた。

 意味のない見栄は捨てる事にしようと、無駄な3人称をやめることにした。


「ええ、お察しのとおり僕のことですよ。長い長い時間が経ち、僕はすっかり嫌になってしまった。感情がマヒし、何の為に自分がいるのかもわからなくなってしまった。自分が死ねない存在だということに絶望し、自分の殻の中に閉じこもったのです。そして自分との長い対話の中で生まれたのが『ルージュ』という存在でした。彼は僕の、負の感情を請け負った。世界と自分の滅亡を願い、外を見たくないと夢の世界に目をむけた存在。それが彼です。彼と言う存在に負の感情を明け渡した僕は、今度はそんな彼をみていられなくなった。自分の負の部分を見せつけられているのですから、当然ですよね。僕は決断しました。彼と言う人格を切り離し、別個の存在とすることを選んだのです。彼に全てを押し付けた僕は逃げるようにこの世界に降り立った。人間を装う事は難しい事ではありませんでした。ずっと観察してきましたからね。ただ、困ったのが力の補充です。ルージュと一つだったときは考える必要のなかった力の補充が、分離した途端不可欠になった。でも、それを可能にしたのが音楽でした」

「……音楽が力になるってそう言ってたね」


 彼女の言葉に頷いた。

 今ならなぜ彼女があんなに僕から逃げようとしていたのかわかる。

 ルージュが彼女の世界で作ったという『ゲーム』のせいだ。

 ある程度の情報を知らされた状態でこちらの世界に連れてこられた彼女は、おそらく厄介な僕のルートを回避しようとしていたのだろう。

 4月のあの日、桜の木の下で会った彼女の驚愕に満ちた目は忘れられない。

 僕にとっては3年ぶりの再会だったわけだが。


 少し前を思い出しながらも、話を続けた。


「そのとおりです。音楽に込められた人の想いが僕の力に還元された。そのお蔭で僕はこの世界で過ごすことができたのです。長い時間がまた過ぎ去りました。直接触れる人間の世界は想像以上に汚かった。負の部分をルージュに押し付けて逃げてきたのに、またそれが溜まって行く。投げやりな気分になっていたとき、一人の術者と出会いました」


 僕の言葉に思い当たる人物がいたのだろう。納得したように彼女が頷いた。

 ある程度知識があると説明がしやすいのは助かる。


「彼は僕の事を魔物か何かだと勘違いしました。僕はどうでもよかった。訂正する気もなかったし、興味もありませんでした。勝手にすればいいと思っていたのですが、彼は妙な提案をしてきました。お前には決して解けない結界を張った。だがもし1000年の間この地に住む人間を守りきれば、1000年後結界を解けるようにしてやろうと。そういったのです。僕には意味が分かりませんでした。確かに結界の存在は感じる。でもどうとでもなるものだったし、1000年ももつようなモノにも見えなかった。おかしなことをいう男だと、そう思いました。でも同時にまあいいかとも思ったのです。どうせ人間には飽き飽きしていたところだ。後1000年様子をみて、やっぱり駄目だと思ったらその時はこの世界を滅ぼしてやろうと、そう考えたんです。世界を滅ぼしてもいずれ再生してしまいます。それでも、今大嫌いなこの世界を潰せるのならそれも構わないかと思いました。彼の提案を受け入れた僕は、与えられた名前を使い、おとなしく1000年を過ごすつもりでした。だけど行動を起こした奴がいた。それがルージュです」


 彼の記憶をあらためて手繰り寄せる。ルージュと同化したことにより彼の記憶もすでに僕のモノとなっていた。


「僕の負の感情を受け持った彼は、何故だか僕の幸せを願っていた。こっそり僕の様子をうかがっていた彼は、僕が結界に封じられたことに非常なショックを受けました。彼は夢の世界は支配できますが、現実に働きかける事はできません。僕の先行きがどうしても気になった彼は、不安を少しでも解消するために未来視をすることに決めたのです。未来が分かれば夢からでも先回りして僕に手を貸せるかもしれない、不都合な未来は回避できるかもしれないとそう考えたみたいですが、彼は1つだけ失敗を犯しました。未来視を行うには様々な条件をクリアする必要がありますが、彼は前提条件を間違えたのです。術師との会話を聞いていた彼は、未来視をする際に『結界がとけるのは1000年後』だという一文を入れてしまった。それがすべてを狂わせたのです」


 決定的な失敗だ。結界は実際の所1000年ももたなかった。今から3年前、突然結界は消失したのだ。あの時の妙な安堵感を今でも覚えている。


「条件が違えば、当然未来視の結果も変わります。彼があなたの世界で作ったゲームは、あくまでも『1000年後に結界がとける』という条件が達成された場合の未来でしかなかったのです。3年違えば色々と変わる。その未来視をした相手が僕だとするならなおさらだ。出来る事が多すぎる僕の未来を確定しようだなんて思うのなら、それこそ数万単位での条件クリアが必要になります。あいつはその大事な部分を間違えた」

「なら、あのゲームの内容は……?」


 恐る恐る尋ねる彼女に頷いてみせた。


「当然ある程度同じ部分もあるでしょうね。でもあなたも知ってのとおり全て同じにはなりえません。たとえば3年前、僕がドイツであなたに出会ったようにね」


 そう言うと彼女は目を瞬かせた。

 ドイツでのあの出会いがなければ多分、何もかもが違っていただろうと今でも思う。


「3年前、突然結界は消失しました。そうだろうなとは思ってはいましたが拍子抜けでしたよ。解けたと認識した途端、気が付いたらドイツにいました。あの地は僕が初めて降り立った地だったのです。そこでふらふらとし、唐突に決意しました。やはり世界を滅ぼそうと。あれから997年、我慢に我慢を重ねてきたけれど、どこにも希望は見いだせなかった。こんな世界はいらないとそう思ったのです。僕は力を解放する場所を求め……そしてあの場所であなたと出会った」


 力の解放の瞬間、何故か彼女と目が合った気がした。彼女に呼ばれた気がしたのだ。ありえないと思う間もなく、無理やり放とうとした力を相殺させた。力を使い果たしてしまった僕は小さな子供の姿になり、そして彼女の前に現れた。そういう事だ。


「あなたと過ごすうち、もう少し待ってもいいかなと思うようになりました。あなたがくれる温かいものの正体が知りたかったのです。あなたを知り、手に入れたいと思うまで時間はそうかかりませんでした。その感情が恋だということに気付いた時には、自分で自分が信じられませんでしたよ。僕が人を好きになるなんて。そんな事あるわけがないとそう思っていましたから。そして偶然にもあなたがうちの学園の生徒だったと知った。きっと近いうち日本に帰ってくる。それならば、その時にあなたを迎えるのは僕でありたいと……そう思って帰る決断をしたんです」


 そうして3年が過ぎて、僕は彼女と再会した。


「3年ぶりに見るあなたは美しく成長していて、やっぱり僕はどうしてもあなたが欲しくなった。誰にも渡したくない、僕だけの『契約者』として共に永い年月を過ごしてほしいと思ったのです。……でも、結局あなたは僕を受け入れてくれなかった」


 言葉を区切って、彼女に抱きしめられている男を見る。

 彼女の以前の人生での夫だったという彼。

 違う人生を歩んでいる今世でさえも、彼女は再び彼を選んだ。

 その事実が僕をひどく苛む。


「未来視の運命の年になり、ルージュは焦っていました。彼の未来視の条件では現在の変化に対応できないことに、ルージュは3年前結界が消滅したとき気が付いていたのです。しかもそのことが分かった時にはすでに外的要因として、あなたというイレギュラーな存在を加えてしまっていた。どうにもできない状況の中、それでもルージュは自分の未来視を元に僕とあなたを結び付けようとやっきになりました。それこそ取れる手段をすべて使って。夢を介してあなたやほかの人間をけしかけたり、イベントをわざと起こしたりね。結果としてあなたたちを強く結びつけるだけになったみたいですが」


 僕と彼女が運命の相手だと未来視により確信していたルージュは、できるだけ早い段階で僕たちを結ばせようと、そう苦心していた。

 僕を苦しめたくないと、ループするようなことにはならないようにと、必死で気を配っていた。

 彼の想いをこうして理解すれば、バカなやつだと思いつつもどこか憎み切れないと思ってしまう。

 苦笑いしながら、彼女を見つめた。


「そして今に至るわけですが。さあ、僕の話はこれで終わりです……あなたが僕を避けていたのは、どうしてか聞かせてもらえますか?」


 そう聞けば、彼女は目を伏せた。

 僕の外見に彼女が弱いことは本人の申告により知っている。それを利用してみたことだってある。それでも、彼女は一度も僕を見ることはなかった。

 それがなぜなのか、彼女の口から直接聞きたかった。


「……ゲームのヴィンスが怖かったから」


 ぽつりと呟かれた言葉に反応した。

 さっとルージュの作ったゲームを思い出してみる。

 何度も同じ時を繰り返し、彼女を手に入れようとする僕。受け入れられなかったことに絶望し、世界を崩壊させる僕。

 今の僕ならありえないと言い切れるが、3年前に彼女に会っていなければ、ありえたかもしれない可能性ではあった。

 ちなみに『桜エンド』に関しては僕の望みそのものであるのであえて触れないでおくが、彼女の言葉にやはりそうかと思わずにはいられなかった。


「世界を崩壊させたりするかもしれないと?」

「今のヴィンスがするとは思っていないよ。でもあの時は、ここがゲームの世界だと思っていたから」

「成程」


 彼女の言葉に色々なことが腑に落ちた。

 必死で僕を避けていたのは、僕の好感度をあげさせない為、か。

 努力していた彼女には申し訳ないが、この点に関しては無駄だったと思う。

 すでに3年前、彼女は僕を攻略済みだ。


「後は……正直永遠を生きるというのもちょっと怖い」


 うつむく彼女にそうだろうなと思う。

 僕ですら何度も発狂しかけた。そんなものに巻き込まれたいと思うはずもない、か。

 それにすでに彼女は彼を選んでいる。


 ゲーム風に言うのなら、『神鳥誠司ルート』か。


 出来れば僕を選んでほしかったけど、それは言っても仕方ない。それに僕は諦めたわけじゃない。今は彼に預けるだけだ。


 彼女は落ち着かない様子で視線をさまよわせた後、突然僕に向かって頭を下げた。

 意味が分からず首をかしげる。


「伊織さん?何の真似ですか?」

「……ごめん。お願いだから謝らせて。私、ヴィンスの事、ずっとゲームのキャラだとしか思えなかった。現実に生きる人だとどうしても思えなかった。……だから、多分選べなかったんだと思う」

「今も、そう思っていますか?」


 静かに尋ねると、彼女はゆっくりと首を横に振った。


「ようやく、そうじゃないって思い始めたところ。少し遅かったかもしれないけどね」


 そう言われてほっとした。

 ゲームキャラだと思われているようでは、この先はありえない。


「遅いことなんてありません。良かった。これで待つ意味ができましたね」

「え?」


 彼女の言葉に目を細め、背を向ける。自らの机に置かれた包みを見て、それを手に取った。


「……一つだけ忠告するのなら。伊織さん。契約を交わすのに何でもするというのはよくありませんよ。契約は絶対です。僕が望めばこのままあなたを連れ去ることだって可能なのだということを、あなたは知った方がいい」


 先程の彼女の叫びを思い出す。なんでもするからと言う魂の叫びに契約は結ばれた。

 彼女に言った事は本当だ。

 契約をたてにすれば、今彼女を奪う事も可能だけれど。それでは彼女の心は手に入らない。それは望むところではないから。


 驚きに固まる彼女に、大丈夫だと微笑んでみせる。綺麗にラッピングされた包みを軽く上げ、ふってみせた。


「今回の対価はこれで手を打ってあげます。では、伊織さん。僕はこれにて失礼させてもらいます。……『世界の調整者』に戻った僕が、ひとところにいるのは好ましくないですからね」


 そう言って、彼女に抱きかかえられている男をもう一度見た。

 彼がとうに目を覚ましていることくらい分かっている。

 ほとんど最初から話を聞いていただろう彼にも言い聞かせるよう、静かに言葉を発した。


「そこの狸寝入りの得意な君も、心配しなくても大丈夫ですよ。彼女を奪う気は今の所ありませんから。何せ彼女は君を愛しているそうですからね。僕は負け戦はしない主義なのです」

「ヴィ……ヴィンス!!」


 慌てふためく彼女をもう一度、目に焼き付けるようにしっかりと見つめる。

 彼女が幸せであるのなら、今僕が動くべきではない。


 僕が願うのはいつだって彼女の幸せ。

 それが僕に全てを与えてくれた、彼女に返せることだから。


 もう一度自分に言い聞かせ、僕は今度こそ彼女に背を向けた。


 背後から彼女の歓喜の声が聞こえる。

 ようやく狸根入りを決めこんでいた彼が、起き上がったようだ。

 彼女の喜びの声を耳に、僕はそっと目をとじた。


 一歩踏み出すと同時に、そのまま姿を消す。

 消える瞬間小さくさよならとつぶやいた。



 おそらくこの先、今の彼女と会うことはないだろう。

 もう会わないと、そう決めた。



 ――――それでも。

 いつだって、いつまでも彼女の事を想っている。


 いつか僕が迎えにいくその日まで、どうかあなたが幸せでありますように――――。










遅くなってすみませんでした。

予定ではあと3話で終了です。

ありがとうございました。

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