ディアス特別イベント 調整者『ヴィンセント・ルージュ』
「マスター……」
蓮を乗っ取ったとでも言いたげな男をただ凝視した。
彼はにやにやと厭らしい笑いを浮かべている。
「あー、ようやく堕ちてくれたよ。長かった。思った以上に頑固だったから苦労したんだけど、伊織、あなたのお蔭でやっと叩き落すことができたよ」
その言葉に大きく反応する。
「……私?」
「そうだよ。こいつの弱点はあなただからね。クリスマスくらいからじわじわと夢を通して追い詰めていったんだ。ぎりぎりのところで踏みとどまっていたのに、さっきあなたがこいつに決定打を下した。見ものだったよ。何よりも愛していた彼女に拒否されるんだもの。こいつの事は大嫌いだけど、絶望だけは素晴らしいものがあったな」
くくくと笑う彼に嫌悪しか抱けない。
「どうして蓮に……」
そういうと、彼は何を当たり前のことをとでも言いたげな顔をした。
「そんなの一番邪魔だからに決まってる。勝手にこちらのシナリオを変えてくるし、残しておくと厄介だからね。面倒なのを真っ先に叩くのは当然でしょう?」
「現実には干渉できないって言ってたじゃない」
彼の言葉を思い出しそう突きつける。だが、彼は肩をすくめただけだった。
「この現実にはね。でもあなたたちは別の世界から来た転生者でしょ?この世界のものではない魂になら私は関与できるんだよ」
最初はあの悠斗ってやつにしようと思っていたんだけどね、と彼はいう。
「その為に彼にアクセスしたんだけど、この男が余計な事ばかりしてくれたからね。予定を変えることにしたんだ。結果は見てのとおり大成功!!」
「……蓮はどこ?」
嬉しそうに両手を広げる男に、震える声で尋ねた。
彼は、全く興味なさそうな顔で首をふる。
「さあ?壊れちゃったんじゃない?もしかしたらまだどこかに残っているのかもしれないけど、最後に彼は死にたいって思っていたからね。すでに死出の旅路に向かったかもね」
「死にたいって……」
「あなたのいない世界に未練はないそうだよ?おかしいよね。彼の求めたものはちゃんと目の前にあったというのに、それを見ようとしなかったからこういうことになったんだ」
そういうと、マスターは何もない天井を見上げて声を張り上げた。
「ねえ!ヴィンス!!いつまで様子をうかがっているつもりなの?君なら私がここに居る事なんてもう分かっているんでしょう。早くおいでよ。でないと君の大事なこの子が傷つくことになるよ?」
そう言って私に近づこうとする彼の前に、突如として黒い影が落ちた。
「……しばらく見ない間に随分と下種に成り下がりましたね。ルージュ」
冷たい声が響くと同時に、私の目の前に黒のスーツ姿のヴィンスが姿を現した。
汚いものをみるような目でマスターを見るヴィンスは嫌悪感を全身から溢れさせていた。
反対にマスターは酷く嬉しそうだ。
「ああ、ヴィンス!!ようやく会えた。君が遠い昔、私をみすてて地上に降りて以来じゃないかい?会いたかったよ!!」
「僕は二度と会いたくなかったですけどね」
吐き捨てるようにそう言うと、ヴィンスは私の方に振り向いた。
そして困ったような顔をして視線を落とす。
「すみません。もうあなたと会わないようにしようと思っていたのに、結果的にこんなことに巻き込んでしまって。でも大丈夫ですよ。この男は僕が消しますから」
はっきりそう告げる彼に、逆に不安が募った。
消すって……蓮はどうなるのだ。
怖くなりヴィンスに縋るような目をむけた。
「ヴィンス!!蓮が!!」
「蓮?」
首を傾げるヴィンスに、蓮が前世持ちだと話していなかったことに気が付いた。
だがマスターに視線を向けた私をみて、ああと納得したように頷いた。
「成程。彼もまた前世もちでしたか。そしてあなたの関係者なのですね。……僕が太刀打ちできないわけだ……」
その言葉に、マスターが余計な事実を付け加える。
「朝日奈 蓮は彼女の夫だよ。本当は連れてくるつもりはなかったんだけどね。偶然いくつかの魂を一緒に連れてきちゃったんだ」
大誤算だよと後頭部に手を回し、嘯くマスター。
蓮の姿でそんな仕草をしないでほしい。
「伊織さんの転生はやはりお前の仕業でしたか。相変わらずですね。術を使うときはもっと繊細に細心の注意を払うべきだと知っているでしょうに」
「時間がなかったからね。仕方なかったんだよ。それに私の目的に合致する人間ならだれでもよかったわけだし」
目的という言葉にヴィンスは眉を顰めた。
「今度は何を企んでいるのです」
「別に。私は君に幸せになってもらいたいだけだよ。その手伝いをしようかなって思っているだけ」
「余計な世話です。お前はおとなしく夢の世界にこもっていればいい。……昔みたいに」
「世界の終わりまで?君はそれが嫌で私を置いていったんだよね」
「大体いつもは何をしても動かないお前が、どうしてわざわざこんなところまで出張ってきたのです」
「さあね。目的はさっき言ったよ。君に幸せになってもらいたい。その為に彼女に君を選んでもらうようお願いしていただけだ」
マスターの言葉に、ヴィンスは眉を吊り上げた。
はっきりと顔に不愉快だと書いてあった。
「手を引きなさい、ルージュ。これ以上お前が現世に関与することは許しません」
ヴィンスのセリフに彼は楽しそうに笑った。
「それは『調整者』としてのセリフかい?自分から放棄したくせに今更そんなことを言う?」
「放棄したとしても、義務は残る」
「そうだよね。だからだよ。君は不完全な存在だ。『契約者』を得て完全な存在になる必要がある。それくらい分かっているよね。世界はもう限界だ」
その言葉にヴィンスはちっと舌打ちをした。珍しい。
「世界などどうでもいい」
「それは昔の君でしょう?今の君はそんな事思っていないよね。彼女のいる世界を守りたいってそう思っているんじゃないの?」
「それはっ!!」
マスターの言葉にヴィンスは一瞬言葉を詰まらせた。
「このままじゃどちらにしても、世界は崩壊するよ。君は『契約者』を得なくてはいけない。そしてもう選定してしまったよね。『契約者』は代替がきくモノじゃあない。どうしたって彼女に引き受けてもらわないといけない」
「僕は伊織さんに無理強いするつもりはない!!」
ぎりっと彼を睨みつけながら、ヴィンスはそう声を張り上げた。
だが、彼は全く気にもしない。
「じゃあなに。世界が崩壊するのは放っておくわけ。分かっているとは思うけどあと10年はもたないよ」
「……他の手を考える……」
「無理だね。完全な『調整者』にしかこの現象は抑えられない。私たちが死ぬことはないし、誰かに代わってもらうこともできない」
二人が言い争いをするのを完全に蚊帳の外で聴いていた。
何をいっているのかよくわからないが、どうやらマスターはルージュという名前で、ヴィンスの昔の同僚みたいなものらしい。
長々と続く平行線をたどる会話は、ルージュが突然胸を押さえたところで呆気なく終わりをつげた。
ルージュは呻きながら、片膝をつき苦しそうにあえぐ。
急激な変化に何事かと驚き注視すると、彼は小声でぶつぶつ言っていた。
「うるさいな……少しはじっとしてろよ。お前の戻る場所はもうないんだ」
その言葉に、反射的にルージュのいう『お前』が蓮であることを確信した。
「蓮!!」
「駄目です、伊織さん」
咄嗟に駆け寄ろうとすれば、ヴィンスに腕を掴まれて阻まれる。
「はなして!!」
「魂はまだ残っているみたいですが、残念ながら彼が戻ってくる場所がありません。ルージュが奪い取ってしまいましたからね。今はよくてもいずれ消えてしまうでしょう」
「そんな!!」
ぐっとヴィンスの胸に抱き寄せられて、私はその胸を叩く。
「なんで蓮なの!!」
「……彼は随分とルージュを怒らせたみたいですね。このまま彼を潰してしまうつもりでしょう」
「そんなバカな事、冷静に言わないで!!!」
ヴィンスの淡々とした言葉に全身の血が沸騰したかと思った。
蓮がいなくなる?また、私を置いて?
そんなの嫌だ。耐えられない。
「嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ――――!!!」
ヴィンスの胸を叩きながら、ひたすら嫌だと叫んだ。
「伊織さん、どうか落ち着いて」
必死で宥めようとするヴィンスの声も聞こえていなかった。
もう彼のあの熱い瞳も、頭を撫でてくれる手もないのだとは、どうしても思いたくなかった。
いつの間にか涙があふれ頬を伝っていく。
ヴィンスの胸にすがりつき、彼を見上げて血を吐く思いで叫ぶ。
「嫌だ、蓮がいないなんてそんなの無理。耐えられない。愛しているの、私が愛しているのは蓮だけなの!!」
「伊織さん……」
ヴィンスが目を見開く。
おそらくほとんど初めて、私はヴィンスに自分の気持ちをはっきりと告げた。
「お願い、ヴィンセント!!私にできる事なら何でもするから蓮を助けて!!」
「!!」
そう叫ぶとかっと部屋に光が走った。
何が起こったのかわからずにすがりついていたヴィンスを見上げると、困ったようなやるせない表情でこちらを見下ろす彼の紅玉と目が合った。
そうして彼こそが光を発した当本人であることにようやく気付く。
「ヴィンス……?」
「……本当にもう、あなたときたら。このタイミングで使うとか、分かってやっているんじゃないかとたまに思ってしまいますよ」
「え……」
私を抱きしめたまま、深くため息をついたヴィンスは仕方ないという風に頷いた。
「いいですよ。他ならぬあなたの頼みだ。……それにあなたに名乗ったのは紛れもなく僕の意思ですから。それを無にすることはしません」
「ヴィンス?」
涙にぬれた目で彼を見つめると、そっと目じりを指で拭われた。
「契約はなされました。真名をもって願われたことは必ず叶えます。それが僕の在り方」
その言葉に、以前蓮に聞いたことを思い出す。
彼は言っていた。
『どうしても何ともならないことがあったら、アイツに教えてもらったという最初の名前を呼べ。多分それで何とかなる』
『どうして?』
『名乗らない名前というのは何かしら意味がある。それをお前だけに名乗ったということにもな』
あの時はどういう事かよく分かっていなかった。
でも多分、蓮が言っていたのはこのことだという事が今は分かる。
ヴィンスは私から離れ、ルージュの方に歩いていく。
未だ膝をついたまま苦しそうに呻くルージュは、その気配に気づき顔を上げた。
苦々しげにヴィンスを睨みつける。
「……どうするつもりだい?私はこの体から離れるつもりはないし、君はこの体の持ち主に干渉はできないよ。知ってのとおり、彼は別の世界からの転生者だからね」
「分かっていますよ。それでも彼女が望むのなら僕はそれを叶えます」
「へえ、どうやって。『契約者』もいなくて中途半端な君にそんなことができるのかい?」
憎まれ口を叩くルージュにヴィンセントはもう一度ため息をついて、そして彼に手を差し伸べた。
「え……?」
「戻ってきなさい。ルージュ。僕の所へ。甚だ不本意ですが、本来それがあるべき形。元々は1つだった僕たちが分離してしまったから『契約者』を必要とするようになってしまったのです。元に戻ればそんな存在を置く必要もなくなる」
さあ、と手を差し伸べられ、ルージュはじっとその手を見つめた。
「……今更……戻って来いって?」
「ええ、お前は元々僕の一部。それが自然な形でしょう」
「……世界の終わりを願って夢の世界に閉じこもっていた私が嫌だったんじゃないの?だから切り離して出て行ったんじゃないの?」
「今だって嫌ですよ。できればお前とは一生関わりたくない。……でも仕方ないでしょう。彼女の望みを叶えるにはそれを受け入れて『ヴィンセント・ルージュ』に戻るしかなさそうなのですから」
不承不承という態度を隠そうともしないヴィンスをルージュは呆然と見上げ、ゆるゆると呟いた。
「……ヴィンス、変わったね」
「だとしたら、それこそ3年前彼女に出会ったからでしょうね」
ヴィンスの言葉にルージュはそっかと納得したように頷いた。
妙に気の抜けた表情だった。
「あの時か。あれは焦ったよ。まさか予定より3年も早く結界がとけるとは思ってもみなかったから、計画が全部狂うと思ってものすごく困ったんだ。そういう意味では私も伊織に助けられた」
「……お前は一体何をやらかそうとしていたんです」
不審げにルージュを見るヴィンス。それにルージュは屈託なく笑って答えた。
いつもどこか皮肉気に笑っていた彼の、初めて見る笑みだった。
「私が君の中に戻れば記憶も共有される。そうすれば分かることだ」
そしてヴィンスの差し出した手に戸惑いなく自らの手を重ねた。
「……ようやく戻れる。元は1つの君の為に何かしたいと思っていたけれど、本当はずっとこうなることを願っていたよ」
すうっと蓮の体から白い光が抜け出て、ヴィンスへと吸い込まれていく。
そのまま彼の体は床へ崩れ落ちた。
それをみた私は慌てて彼に駆け寄る。
「蓮!!」
抱き起せば穏やかな呼吸を感じ、止まった筈の涙がまたこぼれそうになる。
「ルージュは離れました。彼はもう大丈夫ですよ、伊織さん」
その言葉に反応し、ヴィンスを見上げる。
ぱっと見たところどこも変わったところはなさそうだった。
目の色も髪の色も姿かたちにこれといって変化はない。
それでもどこか凄みが増した気がする。
どう呼びかければいいのかわからなくて、でも結局はいつも通りに名を呼んだ。
「ヴィンス?」
そう確認すると、彼は薄く笑って「はい」と頷いた。
芝居かかった口調で右足を引き、右手を体に添えると左手を横方向へ水平に差し出した。そのまま綺麗にBow and scrapeを決めた彼は改めて名乗った。
「以後、お見知りおきを。僕はヴィンセント。この世界の調整者『ヴィンセント・ルージュ』と申します」
ありがとうございました。




