蓮特別イベント 堕ちたヒーロー
「蓮……」
理事長室の扉にもたれかかり、こちらを見据える蓮に諦めにも似た気持ちで声を掛けた。
「久しぶり、こっちに来てたんだね」
出来るだけ友好的に話しかけたつもりだが、それは失敗に終わった。
「お前が馬鹿な事をしなければ、来ることはなかったな」
詰問口調で吐き捨てるように言う蓮に、胃が縮み上がりそうになる。
「馬鹿な事って……」
「今、お前がここに居るのが何よりの証拠だろう?……その机の上のものは何だ」
顎で示されて、そちらに視線を向ける。
そこには勿論私が先ほど置いたチョコレートがあって……。
彼が何を示しているのかわかり、ため息をついた。
「深い意味はないよ。ただのお礼だから」
「たかがお礼で、お前はこんなところまで、のこのことやってくるのか?」
「……そうだよ。悪い?」
売り言葉に買い言葉だ。
言いたくなんてないのに、言葉は勝手に飛び出していく。
「また、私の行動を監視してたの?」
「ああ」
当然のように頷く蓮に、こちらの方が先にキレそうになる。
「……どこまで私の事信用しないつもり」
「はっ!!自分が今何処に居てるか分かって言っているのか?これで信用しろとは随分と都合のいい話だな」
「だから、深い意味はないっていってるじゃない!!」
「どうだか。俺から離れている間にディアスにでも鞍替えをしたか?」
そんなこと許すつもりはないが。
そう言って近づいてくる蓮から距離を取った。
「……知ってるくせに。そんなこと、考えたこともない」
冷たい目でこちらを見る蓮に、我慢できず言い返す。
「いい加減にしてよ!!私をがんじがらめに監視して楽しいの!?」
「楽しいとかそういう問題ではないな。目の届くところにおいておかないと不安。ただそれだけだ」
つかつかと大股に歩みよって、逃げる私の腕をつかむ。
「俺がいない間、お前がどういう行動をとるのか観察させてもらった。結果はこれだ。……もう分かっただろう?帰ってこい、依緒里」
「なにそれ」
人が不安に慄いている間、ただずっとその様子を観察していたと、そういうのか。
「あんなことくらいで、俺がお前を手放すはずがないだろう。ただ、自由にさせすぎたと反省はした。まさかディアスの所に行くとはな。やはり、鎖でつないでおかないと心配だ」
「……」
至極当たり前の結論に達したと言わんばかりの蓮。
ぎりっと唇を噛みしめて、そんな蓮を睨みつけた。
「お前の為の檻はもう用意した。これからはそこで暮らせばいい。お前も来月には16だ。誕生日と同時に入籍を済ませてしまえば、憂いは何もなくなる」
満足気にそう告げる蓮に、首を振る。
「そんなの、兄さんが許さない」
「里織が?あいつはドイツだろう。何もできやしないさ。……それに俺はもう間違えないと決めたんだ」
決意を秘めた眼差しで、私の腕を握る手に更に力を込める。
「間違い……」
「そうだ。あの時、お前を外に連れていかなければお前は死ぬことはなかった。それが全ての過ちだ。やはり家に繋いでおくべきだったんだ」
「蓮、それは違う」
そう言っても蓮はきいてくれない。ただ自分の意見だけを話し続ける。
「お前が喜ぶからと我慢したのが失敗だった。繋いでおけば、お前を奪われることはもうない……お前において行かれることも、もうないんだ」
そう真面目に語る蓮の様子がおかしい。
一体いつの話をしているのか。
昔から壊れていた蓮だが、ここまで暴走することはなかったと思う。
……何かがおかしい。
「蓮……どうしたの?」
思わずそう尋ねてしまった。
蓮は口の端を吊り上げて笑った。
「どうもしない。ただ、あるべき道へと戻っただけだ」
さあ、行こう。
そう言って、私の腕を強く引く。
いつもと様子の違う彼が怖くて、思い切り叫んだ。
「嫌!!!」
力の限り、蓮を振り払う。
生まれて初めて、本気で蓮に逆らった気がする。
去年のクリスマスだってここまでではなかった。
蓮は、拒否されたのが信じられないという様子で、目を丸くしてこちらをみた。
「……依緒里?」
蓮が頼りなげに手を伸ばす。私はそれに首を振った。
「嫌だ。行かない」
「何を、馬鹿な事を……お前は俺が好きなんだろう?なら」
「それでも、嫌だ。こんなの間違ってる。最初から間違ってたんだよ、蓮!!」
そう言い切れば、蓮は目を見開いて否定を示すようにゆるゆると首を振った。
目の焦点があっていない。正気だとはとても思えなかった。
「……蓮?」
「……嘘だ」
「え?」
「依緒里が俺を拒否する?そんなことあるわけがない。こんなの嘘だ。嘘に決まってる!!」
ひたすら首を振って、違うと言い続ける蓮。
その様子があまりにも痛々しすぎてみていられなくなった私は、つい蓮に手を伸ばそうとした。
「触るな」
「あ」
伸ばした手は、蓮によって弾かれた。そのままよろよろと後ずさる。
弾かれた手を自分で握り締め、私はただ蓮を見つめた。
「依緒里が俺を拒否するはずがない。だってそうだろう?あいつは今まで一度もそんな間違い犯したことがないんだ。ならここにいる依緒里は俺の知っている依緒里じゃない。そういうことだ」
自分に言い聞かせるように言う蓮に言葉が出ない。
私自身も蓮に拒否されたことで、思った以上に動揺していた。
「俺の依緒里は、どこだ?どこにいる?……それともやっぱりこれは夢だったのか?本当は刺されたあの時から何も変わっていなかったのか?」
目もうつろになり、ぶつぶつと呟きだす蓮。
自分の犯した失態に気付くも、もうどうすればいいのかわからなかった。
しばらく何か言っていた蓮だったが、ふとその動きを止めた。
そして納得したように頷いた。
「……そうか、やっぱり依緒里はいないんだな。依緒里はあの時に死んだんだ……」
力が抜けたように、その場に座り込む蓮。
そしてぼろぼろと泣き出した。
「あああああああああ!!!!ああああああああ!!!!!!!!!」
魂からの絶叫。そうとしか言いようのない声で蓮は叫んだ。
耐え切れなくなり、私は弾かれたように蓮に向かって駆け出した。
もうどうでもいい。繋ぎたかったら繋いだらいい。
どうとでも蓮の好きなようにしてくれたらいい。
これ以上蓮が壊れていくのを見ていられない!!!
「蓮!!!!」
力の限り叫んだ。
そして蓮に手を伸ばす。
もう少しで彼に手が届く――――そう思ったところで、蓮の動きがぴたりと止まった。
「え……」
突然の事に戸惑い、同じく動きを止めた私の目の前で、蓮はゆっくりと立ち上がった。
自分の体の動きを確認するようにあちらこちらを動かして、そうしてこちらへと目をむけた。
「!!」
エメラルドグリーンの筈のその瞳は、何故か赤く染まっていた。
歪な笑顔を浮かべ、彼は言う。
「ようやく、堕ちてくれたね。朝比奈 蓮。……そして今世では初めまして。鏑木 伊織」
いっそ優雅に見えるほどの仕草で彼は礼を取った。
その姿だけを見れば、確かに蓮だ。
なのに、纏う雰囲気が決定的に違う。
「あなた……誰?」
呆然とそう尋ねれば、男はくすりと笑った。
そうだ、こんな笑い方も蓮はしない。
「嫌だな。もう分かっているんじゃないの?夢の中ではよく話したでしょう?」
「!!」
その言葉に、両手で口を押さえた。
たった一人だけ思い当たる人物に、驚愕のあまり全身が震えた。
どうして、どうしてよりにもよって蓮に……!!
「……マスター」
小さな声で呟けば、彼は正解と両手を広げた。
「私が出てきたからにはもうあなたたちの好きにはさせない。さあ、大人しくシナリオにしたがってもらおうか」
ありがとうございました。




