2月中旬 デッドライン
少し、時間がかかってしまいました。
申し訳ありません。
2月に入った。
1年最後の学年末考査も無事終了。
心の中はぐちゃぐちゃでも、学年末考査できっちり結果をだす自分が案外図太くて笑えてくる。
貼り出された順位表を確認して、皮肉なものだと思った。
狙っていたときにはどうしても取れなかった『1位 鏑木 伊織 500』の文字が妙に白々しく見えて仕方ない。
私の隣ではいつものやりとりをする2人。
悠斗は無事退院し、学園生活に戻ってきていた。
今回の2位は、見事名誉挽回を果たした悠斗。総ちゃんは、また3位に落ちたと悔しがっている。
そんな2人の軽い口げんかが、様子のおかしい私を気遣うものだと分かっていても何も返すことができなかった。
テストが終わってしまえば、この学園も来年度の受験がはじまる。
それに合わせて1、2年生は、少し長めの春休みに突入した。
私が登校するのも、生徒会の用事のみとなっていた。
寒さは厳しい。
相変わらず、私は蓮と会っていない。
兄さんは、ドイツへ渡ったままだし、蓮がこの家に訪ねてくることもない。
流石にここまでくると避けられているのは間違いないような気がするのだが、だからといってどうしようもできなかった。携帯をみてため息をつくだけ。
こういう時こそさっさと行動をおこせばいいのだろうが、それもできないチキンな私は、自ら設定したデッドラインにおびえる日々を過ごしていた。
このまますべてが終わるのならそれはそれでいいのかもなんて、不意に考えてしまい焦る。
……多分、今誰よりもループしてしまいたいと思っているのは私だ。
重い溜息をついて、総ちゃんとの約束を思い出す。
時間は十分もらったはずだ。もういい加減にしろよと自分を叱咤激励して、キッチンに立った。
バレンタインデーは明日。期限はまさに今目の前まで迫ってきていた。
チョコレートに、生クリーム、ブランデーにカカオ。
材料を揃え、手際よく準備していく。
温度を確認しながらチョコレートダマにならないように溶かし、温めた生クリームを注ぐ。
前世でよく作った生チョコは、今も作り方を忘れていなかった。
これを渡せば、少しは私の想いも理解してもらえるだろうか。
都合のいい話だと思いながらも、そう思わずにはいられなかった。
形がいびつになっているものは使いたくない。
そう思っていたので、かなり多量に作ってしまった。
綺麗に整っているものだけを蓮の為に用意したプレゼントBOXに詰めていく。
リボンを掛け、準備は完了。
余ったチョコを一つ口に入れれば柔らかく口の中で溶けていき、懐かしい味に涙がこぼれた。
「……結構大量に余っちゃったな」
兄さんにあげようと思っても、遠い外国では仕方ない。
父様の分を除いてもまだ余った。
悠斗に、総ちゃん……ヴィンス。
思い出した名前に、ふと最近全く姿を見ていないことに気が付いた。
蓮と同等、いや文化祭のあの日からだからもっと長い間その姿を見ていない。
見逃してあげますと言って消えたヴィンス。
彼のあの言葉が何を意味していたのか、本当のところはわからない。
でも、あれ以降接触を持ってこようとしないヴィンスの態度が何よりも雄弁に語っている気がする。
――――引いてくれたんだろうな
他でもない、私の為に。
しばらく考えてから、私は余ったチョコを手に取った。
その中でもできるだけ綺麗なものを新たに用意した箱に詰めていく。
何となくこのままヴィンスと会えなくなってしまうのは嫌だなと思った。
別に彼とどうこうなりたいというわけじゃない。
そうではなく、多分このままフェードアウトする気でいる彼と、最後にきちんと話したいと思ったのだ。
「自分だけ、言いたいこといって去っていくとかずるいよ……」
せめてありがとうって言いたい。
ループの事もあって、ヴィンスとは話もろくにしていない。
最後に一度くらいきちんと話して、そして別れたいとそう思った。
それから、蓮に全部を話しに行こう。
リボンをきゅっとしめて完成。
明日の決戦に備えて、私は早々にベッドに入った。
◇◇◇
次の日の朝、昼から蓮の家を訪ねようと思った私は、制服に着替え作ったチョコを鞄に入れて学園に登校した。
一時は通いなれた理事長室への道をゆっくり歩く。
名前を呼べばもしかしたら来てくれるのかもしれないが、学園祭でのあの態度を考えれば、無視される可能性だって十分にあり得る。
なにせ向こうはこちらを避けているのだ。
だから今日の訪問は、わざとアポをとらなかった。
話したいと思っているのに、会う前に逃げられてはたまらない。
そうはいっても、向こうは多忙の理事長様。
いない可能性だって十分に考えられる。
それならそれでいい。
わざとじゃないのなら、それが私たちの結末なのだと受け入れるだけだ。
机の上にでもおいていって、それで終わらせる。
――――謝罪と感謝の意を込めて。
うん。
理事長室につく前にもう一度自分のやるべきことを思い返し、私は迷いなく歩みを進めた。
辿り着いた部屋の前で緊張に震えながらもノックする。
――――返事がない。
もう一度、ノック。無言。
……いないのか。
ふうっと息が漏れ、肩の力がぬけた。
緊張のあまり、息をするのを忘れていたみたいだ。
留守か……ならば当初の予定通り、チョコレートだけ置いていこう。
そう思い、いけないことだと思いながらもそっと扉のノブに手を掛けた。
鍵がかかっていたらアウトだなとノブをまわせば、なんの抵抗もなくあっさり開く。
ささっと周りを見渡して、誰もいないことを確認すると、私はそっと扉を開けた隙間から身を滑らせた。
久しぶりに入った理事長室は、以前見た時のままだった。
何もかわっていない。
ただ、本来の主がいない部屋はどこか空虚に感じられた。
ヴィンスの指定席であるはずの執務机に近づいていく。
何も置かれていない、整理された机の上。
主の気配が全く感じられない机を見て苦笑が零れた。
そこに鞄から取り出したチョコレートの箱をそっと置く。
「ありがとう」
聞こえるわけもないけれど、ヴィンスがくれた想いに返すつもりでそう言った。
愛してくれたのに、ごめん。
2次元の存在だなんて思ってごめん。
……今でも現実だと思いきれなくてごめん。
――――蓮を選んでしまってごめん。
きっとヴィンスは謝られたくなんかないのだろう。
そう思えば、こうやって会えなかった方が良かったのかもしれない。
心の中はごめんで溢れていたが、声にだした言葉はありがとうだった。
――――選べなかったけど……私も好きだったよ。
蓮の事を、前世の事を思い出さなければ、彼の想いに応えていただろう。
好みドストライクの外見に声。
自分だけを見つめてくれる紅い目に、2次元だと思っていてもほだされない自信は、はっきりいってあるわけがなかった。
頑なに拒否し続けられたのは、結局蓮の存在がいつも私の中を占めていたからに他ならない。
一度でも彼に応えていたら、ヴィンスは絶対に引かなかっただろうと思う。
たとえば、あの夏祭りの時。
蓮との婚約の事がばれて理事長室に連れ込まれた時。
今更だが、ゲームで言えばあれらは多分、分岐点だったのだろうと思う。
そこから広がる恐怖の泥沼ルートなんて考えたくもないけど。
馬鹿な事を考えて、自嘲した。
自惚れも大概にしないと。
私を巡って2人のヤンデレが血みどろの争いとか、それこそ『乙女ゲー』の域を越えている。
収拾がつく気が全くしない。
愚かな考えは振り払って、気持ちを切り替えた。
いつまでも干渉に浸っている暇はない。
――――次が本丸だ。
自分の頬を両手でぱんと叩いて気合を入れる。
学園を出たら、まずは蓮と連絡を取って……。
自分が取るべき行動を頭の中で何度も確認しながら、扉へ向かって踵をかえした。
……普通なら、そこで気づいただろう。
だが頭の中が考え事でいっぱいだった私は、周りの気配が変わったことを気にも留めていなかった。
誰もいないと思い込んでいたし、考え事でずっとうつむいていたからだ。
だから声を掛けられたときには何が起こったのかわからなかった。
「どこへいくつもりだ?」
「……え?」
ありえない声が響き、咄嗟に顔を上げる。
不機嫌そうにこちらを見るエメラルドと目が合った。
格好は私服。しばらく見ない間に柔らかな金髪は首元まで伸びていた。
その髪を鬱陶しげにかきあげ、強い意志をもってこちらを見据える。
何故ここに、とはもう言わない。
黒いVニットに、細身のパンツ。ショートのエンジニアブーツという出で立ちの――――まさに今私が会いにいこうとしていた彼が目の前にいた。
ありがとうございました。




