第四話 引き返す道 ①
橋は、もう直っていた。
渡れないと聞いていたから、魔女はもっとひどい有様を想像していた。川の上には新しい板が敷かれ、欄干の木肌は白い。真ん中に縄さえ張っていなければ、荷車が二台はすれ違えそうだった。
縄の両端は左右の欄干の支柱に結ばれていた。次に点検する遺跡へは、この橋を渡るのが早い。通れるようになっていれば、そのまま歩いて向かうつもりだったが、橋のたもとには通行を待つ人たちが列を作っていた。
「話がついて、今朝から渡れるって聞いたんだがな」
魔女のすぐ横に荷車が止まった。御者は台の上から、橋を塞ぐ縄を眺めていた。
「何の話?」
「橋の修理代だ。どっちの領主がいくら出すかで揉めて、先週から通れなくなったんだ」
洪水のあと、こちらの領主が大工を雇い、修理を急がせたという。費用は折半するつもりだったが、向こうの領主は請求書が届いて初めて金額を知ったらしい。
「向こうは、何にいくら使ったか見せろって。こっちは、橋を使いたいなら先に払えって」
「くだらないわね」
列の先頭で、男が声を上げた。
「いつまで待たせるんだ!」
男は制止を振り切って橋へ駆け込み、縄をくぐった。対岸から駆けつけた兵が、男の腕をつかむ。追ってきた手前の岸の兵が男を引き戻そうとすると、対岸の兵がその手を払い、たちまち押し合いになった。
槍の柄が橋板を打った。誰かが剣を抜き、列にいた人たちが一斉に後ずさった。
「少し下がるぞ! 荷車の後ろを空けてくれ!」
御者が手綱を引いて声をかけると、馬は一歩あとずさった。そのとき、兵の手を振りほどいて逃げ戻った男が、馬の鼻先を横切った。
馬がいなないて前脚を上げ、着地するなり横へ跳ねた。荷車の片輪が道端の段差に乗り上げ、御者は台から投げ出された。腕から地面に落ちた拍子に、手綱が手を離れた。
魔女は馬の脇へ駆け寄り、垂れた手綱をつかんだ。鼻先に手を添えると、荒い息が掌にかかった。
「いい子だから、落ち着きなさい」
馬がようやく足を止めた。御者は片腕を抱え、道にうずくまっていた。
橋から、木の裂ける音がした。
水に削られていた橋脚が傾き、揉み合う兵の足元で橋板が沈んだ。支えを失った橋桁が川へ落ちる。一人は板とともに流され、もう一人は対岸側に残った欄干にしがみついた。
対岸で、兵が弓を構えた。
「弓を置きなさい!」
魔女は川へ手をかざし、風を起こした。水面を走る風に押され、流されていた兵が手前の岸へ寄った。男が浅瀬に膝をつくと、同じ岸の兵が水に入り、仲間の肩を支えた。
「欄干の縄を解いて!」
魔女が対岸へ声を張ると、弓を下ろした兵の隣から、別の兵が橋へ出た。残った橋板を慎重に踏み、支柱から縄を解いた。その間にも、欄干にぶら下がる兵の足元で、板が一枚、川へ落ちた。
「縄の端を持っていて。もう片方は私が運ぶわ」
魔女は縄の先を輪にして、風で持ち上げ兵の手元へ運んだ。兵が輪に腕を通すと、対岸の仲間が縄を引いた。魔女も風で下から支えた。肘が橋板の縁に届くと、仲間がその腕をつかんで引き上げた。
手前の岸では、兵が剣を鞘に戻し、濡れた仲間に上着を掛けた。対岸でも、兵たちが仲間を支えて橋のたもとへ戻った。
通行を待っていた人たちも、一人、また一人と町へ引き返した。
魔女が御者の腕を布で吊っていると、町へ引き返す荷車がそばに止まった。乗せていくと声をかけられ、御者はうなずいたが、すぐに自分の馬へ目を向けた。
「脚は?」
「馬の脚なら無事よ」
「あいつも町へ連れて帰らんとな」
「荷車ごと私が引いていくわ。あなたは先に、その腕を診てもらいなさい」
御者を見送ってから、魔女は橋を振り返った。途切れた橋板の間を、川の水が流れていた。その向こうに、遺跡へ続く街道が伸びていた。




