第一話 鐘が鳴るころに ②
その後も、二人は旅を続けた。
魔女が遺跡へ入っている間、勇者は麓で仕事を受けた。戻ると、野営地に鍋が掛かっていた。肉が入っている日もあれば、豆ばかりの日もあった。
「今日は稼げなかったの?」
「橋を直すのを手伝ってた」
「報酬は?」
「これ」
勇者が豆の袋を持ち上げた。魔女はため息をつき、器を取った。
勇者と呼ぶ者が増えるにつれ、彼を待つ人も増えた。ほかの魔女が管理する遺跡から現れた魔獣を討ち、封印を手伝うこともあった。
遺跡への道を外れ、町へ寄ることも多くなった。手伝いを終えれば、その土地の魔女と話し、町の人々と食卓を囲む。そんな日は、疲れているはずなのに、帰り道では話が弾んだ。
あの人はよく笑う、あの家の料理は辛すぎる。勇者とそんな話をしながら歩くのが、魔女は好きになっていた。
点検の間隔を確かめ、巡る順番を変えた。誰かのもとへ立ち寄る時間を、少しずつ作るようになっていた。
どの道を通るか。何を食べるか。誰の頼みを聞き、どこへ寄るか。
一人で巡っていたころには考えもしなかった選択肢が、少しずつ増えていった。
勇者が地図へ指を置く。
「ここの町、祭りがあるらしい」
「その前に、山の遺跡へ寄るわよ」
「二日くらいか?」
「何もなければ」
「じゃあ、二日分買ってくる」
彼は食料袋を持ち、町へ出ていった。
魔女は地図に残った彼の指の跡を見てから、祭りのある町へ小さく印をつけた。
*
旅が終わったのは、三度目の冬が明けたころだった。
山奥の遺跡で、封印を保つ設備に大きな異常が見つかった。前の点検では、問題のなかった場所だった。
魔女は遺跡から戻ると、野営地へ座り込んだ。勇者が器を差し出す。彼女は受け取ったが、口をつけなかった。
「長くかかるのか?」
「ここへ残らなければならないわ」
「いつもみたいに、直して次へとはいかないのか」
「封印を保ったまま、少しずつ直すしかない。その間は、私が見ていないと」
勇者は黙った。
「離れたら?」
魔女は器を見下ろした。
「ここに封じられているのは、あのときの竜とは比べ物にならない魔獣よ。目を覚ませば、麓の村は地面ごと崩れるわ」
火の中で、薪が崩れた。
「どれくらい、かかる?」
「今は、わからない」
勇者は荷物を下ろした。
「待つよ」
魔女は首を振った。
麓には、王都からの使者が来ていた。魔王の軍勢が川を越えたという。遺跡に封じられた魔獣とは、別の脅威だった。
街道が断たれ、砦を追われた人々が逃げている。勇者は返事を待ってもらっていた。
「ほかの遺跡は、別の魔女へ頼むわ。食料も、麓から運んでもらえる」
「それなら、俺もここで——」
「数日では済まないのよ」
思ったより強い声になった。勇者が口を閉じる。魔女は器を地面へ置いた。
本当は行かないでほしかった。自分も荷物を担いで、一緒に旅を続けたかった。封印がどうなろうと知るものかと、「お役目」なんて投げ出してしまいたかった。
けれど、麓には村があった。食料を運ぶと言ってくれた者たちや、その家族が住んでいた。
もう、地図の上の村ではなかった。そこに暮らす人々の顔を、魔女は知っていた。
「私は、ここの魔獣を抑える。でも、魔王の軍勢までは止められないわ」
勇者は黙って聞いていた。
「あなたを待っている人たちがいるのでしょう」
彼は火へ目を落とした。やがて、自分の器へ手を伸ばす。
「……わかった」
それきり、しばらく二人とも話さなかった。
*
翌朝、勇者は余分に薪を割り、水を汲んだ。魔女が遺跡へ入る支度を終えても、まだ火のそばに立っていた。
「もう行きなさい」
「ああ」
勇者は荷物を担いだ。けれど、歩き出す前に遺跡の入口を見た。
「今の俺では、ここの魔獣は倒せないんだな」
「ええ」
魔女は答えた。勇者は剣の柄へ手を置いた。
「なら、倒せるようになる」
魔女が彼を見る。
「魔王の軍勢を止める。その先で、こいつを倒す方法も探す。ほかの遺跡に封じられた魔獣も、全部だ」
「自分が何を言っているか、わかっているの?」
「わかってる。封印を保つ必要がなくなれば、お前は自由になるんだろ」
魔女は荷物の紐を握った。
「私一人のために、そんな——」
「お前だけじゃない。ほかの魔女も、同じことをしてるんだろ」
勇者は彼女の返事を待った。魔女は、小さくうなずいた。
「だから、方法を探す。お前が行きたいところへ行けるように」
「簡単に、約束しないで」
「ああ」
勇者は遺跡を見上げた。
「簡単じゃないから、探すんだ」
魔女は紐を握る手を緩めた。
「終わったら、知らせてくれ。こっちからも、行く先を知らせる」
魔女はうなずいた。彼は数歩歩き、振り返った。
「風車の町、忘れるなよ」
魔女は荷物につけた小さなかざぐるまへ触れた。
「あなたこそ」
勇者は笑った。
それが、最後に見た彼の顔だった。




