↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/7

第一話 鐘が鳴るころに ②

その後も、二人は旅を続けた。


 魔女が遺跡へ入っている間、勇者は麓で仕事を受けた。戻ると、野営地に鍋が掛かっていた。肉が入っている日もあれば、豆ばかりの日もあった。


「今日は稼げなかったの?」

「橋を直すのを手伝ってた」

「報酬は?」

「これ」


 勇者が豆の袋を持ち上げた。魔女はため息をつき、器を取った。


 勇者と呼ぶ者が増えるにつれ、彼を待つ人も増えた。ほかの魔女が管理する遺跡から現れた魔獣を討ち、封印を手伝うこともあった。

 遺跡への道を外れ、町へ寄ることも多くなった。手伝いを終えれば、その土地の魔女と話し、町の人々と食卓を囲む。そんな日は、疲れているはずなのに、帰り道では話が弾んだ。

 あの人はよく笑う、あの家の料理は辛すぎる。勇者とそんな話をしながら歩くのが、魔女は好きになっていた。


 点検の間隔を確かめ、巡る順番を変えた。誰かのもとへ立ち寄る時間を、少しずつ作るようになっていた。

 どの道を通るか。何を食べるか。誰の頼みを聞き、どこへ寄るか。

 一人で巡っていたころには考えもしなかった選択肢が、少しずつ増えていった。


 勇者が地図へ指を置く。


「ここの町、祭りがあるらしい」

「その前に、山の遺跡へ寄るわよ」

「二日くらいか?」

「何もなければ」

「じゃあ、二日分買ってくる」


 彼は食料袋を持ち、町へ出ていった。

 魔女は地図に残った彼の指の跡を見てから、祭りのある町へ小さく印をつけた。


     *


 旅が終わったのは、三度目の冬が明けたころだった。


 山奥の遺跡で、封印を保つ設備に大きな異常が見つかった。前の点検では、問題のなかった場所だった。

 魔女は遺跡から戻ると、野営地へ座り込んだ。勇者が器を差し出す。彼女は受け取ったが、口をつけなかった。


「長くかかるのか?」

「ここへ残らなければならないわ」

「いつもみたいに、直して次へとはいかないのか」

「封印を保ったまま、少しずつ直すしかない。その間は、私が見ていないと」


 勇者は黙った。


「離れたら?」


 魔女は器を見下ろした。


「ここに封じられているのは、あのときの竜とは比べ物にならない魔獣よ。目を覚ませば、麓の村は地面ごと崩れるわ」


 火の中で、薪が崩れた。


「どれくらい、かかる?」

「今は、わからない」


 勇者は荷物を下ろした。


「待つよ」


 魔女は首を振った。


 麓には、王都からの使者が来ていた。魔王の軍勢が川を越えたという。遺跡に封じられた魔獣とは、別の脅威だった。

 街道が断たれ、砦を追われた人々が逃げている。勇者は返事を待ってもらっていた。


「ほかの遺跡は、別の魔女へ頼むわ。食料も、麓から運んでもらえる」

「それなら、俺もここで——」

「数日では済まないのよ」


 思ったより強い声になった。勇者が口を閉じる。魔女は器を地面へ置いた。


 本当は行かないでほしかった。自分も荷物を担いで、一緒に旅を続けたかった。封印がどうなろうと知るものかと、「お役目」なんて投げ出してしまいたかった。


 けれど、麓には村があった。食料を運ぶと言ってくれた者たちや、その家族が住んでいた。

 もう、地図の上の村ではなかった。そこに暮らす人々の顔を、魔女は知っていた。


「私は、ここの魔獣を抑える。でも、魔王の軍勢までは止められないわ」


 勇者は黙って聞いていた。


「あなたを待っている人たちがいるのでしょう」


 彼は火へ目を落とした。やがて、自分の器へ手を伸ばす。


「……わかった」


 それきり、しばらく二人とも話さなかった。


     *


 翌朝、勇者は余分に薪を割り、水を汲んだ。魔女が遺跡へ入る支度を終えても、まだ火のそばに立っていた。


「もう行きなさい」

「ああ」


 勇者は荷物を担いだ。けれど、歩き出す前に遺跡の入口を見た。


「今の俺では、ここの魔獣は倒せないんだな」

「ええ」


 魔女は答えた。勇者は剣の柄へ手を置いた。


「なら、倒せるようになる」


 魔女が彼を見る。


「魔王の軍勢を止める。その先で、こいつを倒す方法も探す。ほかの遺跡に封じられた魔獣も、全部だ」

「自分が何を言っているか、わかっているの?」

「わかってる。封印を保つ必要がなくなれば、お前は自由になるんだろ」


 魔女は荷物の紐を握った。


「私一人のために、そんな——」

「お前だけじゃない。ほかの魔女も、同じことをしてるんだろ」


 勇者は彼女の返事を待った。魔女は、小さくうなずいた。


「だから、方法を探す。お前が行きたいところへ行けるように」

「簡単に、約束しないで」

「ああ」


 勇者は遺跡を見上げた。


「簡単じゃないから、探すんだ」


 魔女は紐を握る手を緩めた。


「終わったら、知らせてくれ。こっちからも、行く先を知らせる」


 魔女はうなずいた。彼は数歩歩き、振り返った。


「風車の町、忘れるなよ」


 魔女は荷物につけた小さなかざぐるまへ触れた。


「あなたこそ」


 勇者は笑った。


 それが、最後に見た彼の顔だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。