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②魔法少女ムーンライト シーズン12


今日、大きな地震があった。

家に帰ると、棚からいろいろなものが落ちていた。


クタクタだ。

身体は元気だ。

だが、心が重たい。


ずっと働き詰めで、家で寝ている時間よりも、外で働いている時間の方がずっと長い。

残業手当もない。

危険手当はあるが、残業手当はない。


誰から感謝されることもなく、今日も一日、単純な肉体労働を繰り返した。


棚に小物を戻すのは面倒だ。

どうせ、また落ちる。

明日も明後日も落ちるかもしれない。


何しろ、今日の地震は私が起こしたもの。


ある種の特殊な、それも専門的な方法で敵を倒すと、そのエネルギーが地震となって大地を揺らす。

仕方がない。

放っておいても悪さをするのだ。地震くらい何だっていうのよ。


ああ、もう。早く布団に入りたい。


私は変身を解除するのも忘れて、ベッドに横になった。

いや、もう解除する必要もない。

どうせ明日も戦うのだから。



十二年前の夜を思い出す。

安請け合いをした。


世界を救う魔法少女になってほしい。


私は二つ返事だった。

今では、あの頃の自分を呪っている。

仕事としては申し分ない。

危険手当も出るし、装備も潤沢だ。

空だって飛べるし、水の上だって走れる。

拳銃なんかより、私のパンチの方がずっと強い。

人類の兵器というものは、一向に進歩しない。

惜しむらくは、日々、兵器の耐久試験に使われている敵の戦闘員たちだろう。


イーッ!などと叫びながら、何度も何度も撃たれている。


笑えるほどむごいことをしていると思う。


それでも、ボスの居所は分からない。

総統でもボスでも何でもいい。

十二年間探して、名前も、姿も、呼び方すら分からない。

目的もさっぱり分からない。


今日の怪人は、太陽を増やして地表の温度を四十度にするつもりだったそうだ。

それでどうするのかと聞けば、水を売って大儲けするのだという。


水なんて川に行けばいくらでも手に入るというのに。


高いところに登る。

人質を取る。

街を壊す。


手段にまるでレパートリーがない。


いい加減、もっとまともな計画を立ててほしい。

もっとも、まともな計画を立てられても困るけど。


架空のヒーローたちは恵まれている。

一年もあれば、きちんと総統が現れる。

そして、お役御免だ。


私には、いまだに最終回が訪れない。




私にもマスコットがいた。

そう、もふもふの、ふわふわの、嫌な奴。

五年前に私のもとを離れていった。

「子供ができた」


うるさい。

こっちは恋人すらいないっていうのに。


一時期は、私も話題の人間だった。

銃器で武装した特殊部隊。

その黒い集団の真ん中で、一人の少女がインカムをつけて指示を飛ばす。

さぞセンセーショナルだったろう。

グッズも出た。

私には一銭も入ってこなかったが。

あの頃、神社なり神殿なりを建てて、お賽銭を回収するシステムでも作っておけばよかった。

だが、これでもみなし公務員。

いろいろと制約がある。


もう遅い。


当時の隊長に恋い焦がれたこともあった。

今では私が隊長になった。

十年もやっていれば、どんな道でもプロになる。

部下と呼んで差し支えない人間も増えた。

だが、彼らもいろいろな理由で私の前から去っていく。


結婚。


昇進。


転属。


退職。


そして、殉職。


いいことで失うことも、悪いことで失うことも、私は知っている。

どちらも悲しい。


だから、もう人の顔を見ないことにした。

守っている市民も国民も、いつか誰一人として知っている人間がいなくなれば。

そのくらい時間が経てば、私は何かから逃げられるのかもしれない。




辞めたい。

今すぐにでも敵を根絶やしにしたい。


残っていたカップ麺のスープと一緒に、強い酒を流し込む。

スープはうまい。

こんなものでも、なくなったら困る。

まあ、こういうくだらないものを守るのも、私の仕事なのだろう。


一本空けた。

水を飲んでいるのと大して変わらない。

どんな毒にも、どんな環境にも耐えられる体だ。


そういえば、一度、宇宙まで飛んでいったこともあったっけ。

宇宙空間で平気な生き物が、酒なんかで酔えるはずがない。



人類が長年かけて楽しんできたものも、私の体は片っ端から浄化してしまう。



魔法少女用の酒があるなら、ぜひ飲んでみたい。

度数は千パーセントでお願い。


もう、食べることも飲むことも億劫だ。

別に眠らなくてもいい。

別に、息すら必要ない。


私は本当に、何なんだろう。



一時期は、この魔法で悪いこともしてみようと思った。

一万円札を二枚に、三枚に。

だが、魔法は発動しなかった。

そのくせ、空腹な人々に食べ物を、と願えば、いとも簡単にかなってしまう。

どうやら、魔法の勘定に私は入っていないらしい。


死にかければ自動的に変身する。

どんな傷も、たちどころに治してしまう。

笑ってしまうくらい、便利な魔法だ。


以前、すべてを終わらせたくなって、ある場所から飛び降りた事があった。

落ちた先がマシュマロになった。

あの時は、本当に余計に死にたくなった。


マシュマロなんて、もう甘くて食べられたものではない。





心が耐えられなくなりそうで、親に会いに行ったこともある。

そこには親がいた。


だが、私もいた。

親と一緒に暮らす、明るく純真な私が。


食事をして、笑って、家族と一緒に暮らしていた。


私だった。


魔法とは、とかく残酷なものだ。


私は私であって、そこにいる私も私だった。

そして私は、私ではなかった。

あの家には、もう私がいる。

私は何をしに来たのだろう。


それからは、親の顔を見に行こうという気さえ起きなくなった。



私は夜が好きだ。

というより、夜はあまり事件が起きない。

怪人は、たぶん眠るのだろう。

眠たくなる体が羨ましい。


カニだのトラだのと合体した怪人になりたい。


そういえば、どうして敵は日本、それも私の町ばかりを襲うのだろうか。

たまには北海道でも沖縄でも襲えばいいのに。

カニやサーターアンダギーだって食べられる。


変身を解けば、たぶん私だって眠れるだろう。

酒にも酔える。

だが、敵を察知すると強制的に変身してしまう。


布団が駄目になる。

何枚買い替えたことか。

だから、もうこのままでいい。

私は一人だ。


さっきの地震で、唯一育てていたサボテンも砕けてしまった。

あんなに好きだった俳優も結婚した。

裏切り者め。


私よりも充実した生活を送っている人々を、まったく満たされない生活を送っている私が救う。

世界とは何と不公平なのか。


時計を見る。


帰宅してから、現実の時間ではまだ三秒ほどしか経っていない。


ああ。

まだ三秒か。

明日はどんな日になるのだろう。

いや、そもそも今日がまだ終わらない。


私は何のために生きているのだろう。


一体いつまで、こんな生活を続けなければならないのだろう。


もう、何もかも嫌だ。


嫌だ。


嫌だ。




どんな傷も、たちどころに治るというのに。


……。


……。


横になるのも飽きた私は、ベランダに出た。


夜空を見上げる。


いや、正確には曇り空だ。


不意に、曇り空が色鮮やかに見えた。



ああ。

世界は、こんなにも感動にあふれている。


ああ。

なんと美しいのだろう。




私は一体、何をくよくよしていたのだろう。




そうよ。


まだまだ、やれることはたくさんあるじゃない。


世界には、守らなければならないものがいっぱいある。


私にしかできないことがあるんだから。


うん。


そうよ。


明日も世界を救うために。


がんばらなくっちゃ☆彡


あれれ。


目から涙が出てきちゃった。

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