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護衛を父と呼ぶ日


「何をしている」

「敵を倒したら、太ももに印を刻むんだ。今日で七人目だ。なかなかすごいだろう」

「……」

「何か言いたいことがあるのか?」

「そんなに人を殺したいなら、処刑場にでも就職すればいい。殺し放題だ」

「強敵と戦うことに価値があるのだよ」

「俺は強敵とは戦いたくない」

「なぜだ?」

「負ければ死ぬからだ」

「死を恐れては大義は成せないぞ」

「じゃあ、雑魚を倒すと大義の足を引っ張るとでも言いたいのか」

「そうではないが……」

「すまん。すまなかった。お前のしたいことに意見するべきじゃなかった」

「いや、私はお前の考えを知りたい」

「そのうちにな」


護衛という仕事は、いつもこうだ。

命を投げ捨てようとするやつの先回りをする。

今日だって、盗賊退治にお付き合い。

別に構わない。

金がもらえれば。

俺がこのお坊ちゃんについている限りは大丈夫だ。

死んでもらっては困る。


だから、強いやつは昨日の晩に殺しておいた。

水に毒も盛った。

ふらふらの相手によくもまあ、あんなに時間をかけられるものだ。

相手がお前の名乗りを大人しく聞いていたんじゃない。

手足が痺れて歩けなかっただけだ。

矢をつがえようとしたやつもいたが、俺が弦を切っておいた。

矢羽も曲げておいた。


彼の精神がまぶしいからではない。

彼の加護が強いからでもない。


最初から、当たらないようにしてある。

こいつが長生きすれば、その分日当も増える。

何より成功報酬もある。

そうやって過ごしてきた。


だが、昨日の敵はあまりに強すぎた。

本気で殺そうとしてきていた。

今までも山賊などは本気だったが、それは個人としての本気だ。

昨日の敵には違うものがあった。

組織として、訓練された殺意があった。


誰かの差し金か?

そりゃ、肉親だろう。

元々、世直しの旅など許可する時点で、厄介者なのだろう。

血縁、出自、継承権。

全部くだらない。


俺は敵を殺すとき、首をはねることにしている。

これ以上、今わの際に頼み事をされたくない。


こいつが早く死ねばいいのにと思う。

それなら俺の仕事も約束も終わる。

強敵には会いたくない。

こいつの親父をやるときも、首をはねるべきだった。

『息子を頼む』

面倒な約束はしないに限る。



「ところで、お前は名前は何という?」

「ない。それに仕事には関係ない。おい、と呼べばいい」

「可愛げがないな」

「名前があると可愛いなら、世の中のどんな男も可愛くなる」

「なら、ファーティはどうだ」

「女の名前みたいだな」


ファーティ。

今日から俺の名前だ。

確かこいつの国では、年上か、年長者をそう呼ぶ気がした。

俺の国の言葉では、先輩というところか。

懐かれたものだ。


ある都で、敵に襲われた。

坊ちゃんは山賊の復讐とでも思っているらしい。

何も分かっちゃいない。

俺たちは下水の中を歩いた。


湿った空気。

腐った水の臭い。

汚物の臭い。

それでも俺たちは、その空気を肺に入れなければ生きていけない。

こういう空気は、あの密林を思い出させる。


俺は乾いていた。

あの密林で。

喉が渇いていた。

穴を掘って、その水を夢中で飲んだ。

血の味がした。

この密林は、大きな棺桶だったんだ。

それでも、俺はそれを腹に入れるしかなかった。


「おい、枝が飛び出てるぞ」

「管だ。まだ言葉が慣れないか」

「ああ、そうだった。管だ」


そう。

ここは土もなければ、血も垂れてこない。



いや……本当に血が垂れてきた。

目に入るので少し歩みを止めた。

「どうした」

「血が目に入った」

「見せてみろ」

「いい」

「血が出てる。僕をかばった時か」

「そうかもしれないし、関係ないかもしれない」

「よく見せろ」


奴は、高級なマントを破ろうと歯を立てた。

俺は止めた。

「やめとけ汚れるぞ」

「ファーティがかばわなければ、僕はもっと血を流していた」

「お前が無事なら俺はそれでいい」


手を払うと俺たちは下水から出る。

奴は服をすすぎたいと言った。


できるだけ遠くへ離れたかったが、それも仕方ない。

この臭いが追手をおびき寄せるかもしれない。


それに額の傷もすすぎたかった。


奴と俺の分をまとめて川へ放り込む。

堰を作って、そこに沈めておく。

水流が時間をかけて服を洗う。

その間に火をつける。

穴を掘り、かまどを作る。

煙が枝葉にぶつかって散るようにする。

こうすれば煙も火も、遠くから目立ちにくい。

「ファーティ」

「なんだ」

「どうしてこの仕事を受けた」

「世直し、に感銘を受けて」

「馬鹿を言うな」

「俺は馬鹿だ」

「そうは見えん」


服を取り出し、火の熱にあててやる。

これでじきに乾くだろう。

煙を散らしていた枝が、ちょうど物干しになる。

「ファーティ。約束してくれないか」

「できることなら」

「私がもしやられたら」

「やられない」

「もし、やられたら、仇をとってくれないか」

「当然だ」

「約束してくれ」

「……約束はしない」

「どうして」

「破りたくないからだ」

「だからだ。頼むよ、ファーティ」




「ファーティ、見てくれ。この技を」

「ファーティ、これは食べられるものなのか?」

「ファーティ」

「ファーティ」

「ファーティ」

俺は呼ばれるたびに、うんざりしていた。

だが、もう呼ばれることはない。


お坊ちゃんは死んだ。

そう。

あっけなく。

毒の矢だった。


俺は一つ約束を破った。

亡骸は山に埋めた。

身分を特定するものは、すべて焼いた。


剣と、あいつのマントだけは俺が身につけた。

腰も、肩も。

その日から、ひどく重たく感じた。


依頼主に会うため、来た道を戻った。

追手はまだ来る。

坊ちゃんはまだ死んでいないと思っているだろう。

このマントがあれば、そうも見える。

お互い馬鹿だ。


顔なぞ、殺してから確かめればいい。

そういうことだろう。


馬鹿だな。


この顔は、お前たちが最後に見る顔だ。



街についた。

血まみれで、大量の首を抱えて。

誰一人として、俺とも、お坊ちゃんとも分からないだろう。

ただ、マントだけが美しくなびいていた。


誰一人として声をかける者はいない。

衛兵も、従者も。

誰一人。


「お……お前なのか。どうやってここまで……」

誰かが俺に声をかけた。

そう。

こいつが約束の相手だ。


仕事をくれる男。

金をくれる男。

俺たちを追わせた男。


そして、約束を果たさせる男。


俺の剣ではない方を抜いて、首をはねた。

あいつの父親との約束は破ってしまった。


これ以上、約束を破るのは御免こうむる。


約束を果たした後はどうするか、考える。

まあ……すぐに地獄で会えるだろう。

三人で。

そのときは、みんなでこいつをまた殺そう。


そのあとはお坊ちゃんと、父親で、俺を殺してくれ。


背後から、剣が抜かれる音が聞こえた。


俺は立っているはずなのに、床から天井を見上げていた。

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