【随筆】引っ越し、そして平日はまだ来ない。
ネット工事はまだ来ない。
もともと、この家には光回線そのものが通っていなかったことが判明して、いろいろと調査に時間がかかっているらしい。
電気は来た。
水も来た。
ガスも来た。
ネットはまだだ。
仕方なく、テザリングで仕事をしている。
リモート会議の最中にも、トンカチやサンダーの音は止まらない。
そのたびに、
「お前、どこにいるんだ」
と上司が確認する。
当然、家のはずなのだが。
次は車の中に逃げるしかない。
引っ越してから、私の平日はまだ帰ってこない。
私は朝起きて仕事を始める。
会議に出て、メールを返して、昼になれば飯を食う。
いつもの平日である。
ただ、家の中に平日の気配がない。
父は朝起きると、何かを直し始める。
疲れたら休む。
腹が減ったら飯を食う。
少し休むと、また何かを直し始める。
母もその横で、片づけたり、何かを作ったりしている。
始業時間もなければ、終業時間もない。
その時間の流れだけを見れば、あまりに休日的だった。
だが、やっていることはほとんど仕事である。
しかも、仕事の合間に別の仕事をしている。
私は平日のつもりで働いている。
両親も働いている。
それなのに、家の中だけはずっと休日だった。
リモート会議の相手から、
「自然が多いところですね」
と言われた。
もともと私の住んでいる地域は、車で三十分も行けば都庁があり、反対へ三十分も行けば山の観光地があるような場所だ。
自然も、都会的なものも、昔から私の生活の一部だった。
辺鄙なところであることは認める。
正直、暮らしやすいわけではない。
だが、暮らしにくいわけでもない。
トレードオフという言葉がある。
私の人生は、たぶんずっとそうだった。
便利であれば、不便でもある。
寂しくなくなれば、煩わしくもなる。
何十年ぶりかの両親との同居は、おそらく不便の方が勝るだろう。
それでも、彼らと過ごせる時間はもう有限だ。
笑うことも、もめることも、昔より価値が大きくなるのだと思う。
母の手料理も、父の昔話も、一つ一つ大切にするべきなのだろう。
引っ越しで出てきたアルバムを開いて、三人とも作業の手が止まることも、たぶん重要なのだろう。
雨風が凌げて、電気と水道とガスがあり、ネットさえあれば、どこでも暮らせる。
無理やり順位づけするならば、やはり電気、次にネット、あとは水道とガスといった所か。
困ったことに両親をどこの下に置くか、なかなか答えが出ない。
贔屓目に見ても、一番でないことは確かなのだけれど。
近況でした。半分くらい愚痴です。




