【随筆】引っ越し、そして液体窒素
新しい家では、両親と住むことになった。
もともと両親は、終の棲家として、どこか落ち着いた場所に住みたいと考えていたらしい。
今、二人が住んでいる家にも、大小かかわらずいろいろな問題があると聞いていた。
その話を聞くたびに、私は、
「引っ越せばいいのに」
と言っていた。
私の家も、両親の家も、もう限界だったのだと思う。
だましだまし。
家を騙し、住人も騙して、まだ住める、まだ使えると言い続けてきた。
それが、ほとんど同じ時期に限界を迎えた。
父は、もともと大工仕事に明るい。
父の兄が大工で、大学へ通っていた四年間、その仕事を手伝っていたらしい。
あの世代の気力というものには、いつも呆れるくらい感銘を受ける。
今、両親が住んでいる家は、地盤が悪く傾いていたそうだ。
父は穴を掘り、ジャッキを入れて、家を持ち上げて直したという。
私は呆れ、一応の感銘を受けた。
新しい家も、また両親好みの家だった。
壁紙は剥がれ、障子には穴が空いている。
昔、大学の偉い人が住んでいた家だというが、私が初めて見たときには、ほとんど廃墟だった。
だが、父はそれを見事に直した。
階段を直し、壁紙を張り替え、床板を張り直した。
私には、どこまでが元の家で、どこからが新しく直した部分なのか分からない。
見事というべきなのだろう。
もっとも、それは古い建材を使ったせいでもある。
二十年汚れた廊下と、二十年使われた中古の建材の境など、直した本人にしか分からない。
それでも、その上から絨毯を敷き、壁紙を張れば、どこへ出しても恥ずかしくない家になった。
私には、どこまでが元の床で、どこからが父の直した床なのか分からない。
直した本人には分かるのだろう。
そこで、前の家の配線を思い出した。
あの家の昔の住人も、自分には分かるように家を作っていた。
父もまた、自分には分かるように家を直している。
あの世代の男には、そういうところがあるのかもしれない。
二人を作業着姿で並べられたら、私は案外、見分けがつかない気がする。
私は風呂釜を外へ運び出したり、力仕事を手伝った。
カーテンは母が作るそうだ。
我が家のこういう手際の良さは、ひとえに引っ越しの多い家だったからだと思う。
五年も住めば長い方だった。
だから荷物も少ない。
家に対するハードルも低い。
引っ越す前年の経済状況によって、いい家にも住んだし、悪い家にも住んだ。
だから慣れている。
幸い、今回はわりといい家なのだ。
あとはネット回線さえ来れば、たぶん暮らせる。
SFで見るようなシルバーのタンクが庭先に並んでいる。
液体窒素だ。
水道工事をするとき、元を止めてしまうと、そこから水を引いている周囲の家まで止まってしまうらしかった。
そこで父は、うちへ来ている部分の水道管だけを液体窒素で凍らせ、その間に工事するらしい。
本当に何者なんだろうか。
ただ、見たこともない老人も傍らにいた。
彼らが必要な資格を持っていることを期待している。
頼む。
昨日、父が張り直した襖紙が乾くころだった。
私は何度も確認して、襖をはめ直した。
だが、目の前には逆さの富士山が広がっていた。
もう一度、天地を確認する。
取っ手も確認する。
向きは合っている。
それでも、目の前には逆さの富士山が広がっていた。
幾ばくかの問題はありそうだが、いい家になると期待しつつ、
この光景は見なかったことにした。
襖は張りなおしました。




