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アイラの冒険 異世界からの帰還  作者: まさふじ
第5章 選択する故郷

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第25話 王族の血、アイラの覚悟

レガリア王国の王都アステリア、その一等地。

あたしは、馴染みのあるゴードンさんの自宅へと戻ってきた。


よく手入れされた庭に足を踏み入れると、ちょうど花壇に水をやっていたエリーザさんが、ふとこちらを振り向いた。


「……アイラちゃん」

「エリーザさん」


あたしが名前を呼ぶと、彼女はジョウロを放り出して駆け寄り、ぎゅっと抱きしめてきた。


「おかえり」

「ただいま帰りました」


その温もりに、張り詰めていた心が少しだけ解ける。


「奏ちゃんは?」


エリーザさんの問いに、あたしは少しだけ目を伏せた。


「今は、……別行動をとっています」

「そう。……さあ、中に入りましょう」


彼女はそれ以上深くは聞かず、優しい手つきであたしを屋敷の中へと促してくれた。


 * * *


ゴードン家の居間。

重厚な革張りのソファに腰を下ろしたゴードンさんは、終始無言であたしの話を聞いていた。


青き山で賢者から聞いたすべて。

日本へ帰る方法。宮廷にある転移装置。

そして――あたしと奏の血筋のこと。


すべてを話し終えたとき、部屋には重たい沈黙が落ちた。


ゴードンさんは、ゆっくりと息を吐く。


「……まさか王女様とはな」


その声音には驚きと、そしてどこか値踏みするような響きが混じっていた。


「アイラ様って呼ぶべきか?」


一瞬だけ迷ってから、あたしは首を横に振る。


「いえ。今まで通り、アイラでいいです」


間を置かずに返した言葉に、彼の視線が鋭く細まる。

試されている――そう感じた。


「それで、……この先どうする」


低く、短い問い。


胸の奥に沈めていた想いを、あたしはゆっくりとすくい上げる。

怖さも、迷いも、全部ある。

それでも――。


「あたしは、……セレスティアを奪還したい」


言葉にした瞬間、心がわずかに定まった気がした。


「どうやって」


即座に返ってくる問い。


あたしは一度息を整える。


リトルセレスティアの人たちに呼びかけること。

そして――


「……レガリア国王陛下に、お会いしたいんです」


ゴードンさんの眉が、わずかに動いた。


「それは、正当な王位継承者としてか」

「はい」


短く、はっきりと答える。

再び、沈黙。

やがて彼は、ソファの背に深く体を預けた。


「奪還したらどうする」


ぽつりと落とされた言葉。


「宮廷にある転移装置で、日本へ帰るのか?」


その問いに、胸の奥が揺れる。


帰りたい。

その気持ちは、消えたわけじゃない。


「……わかりません」


正直に答えるしかなかった。


「でも――奪還しないと、それすら選べない」


静かに言い切ると、ゴードンさんは小さく息を漏らした。


「オーケー。話はしてみる」


あっさりとした了承。

けれど次の瞬間、彼は身を乗り出した。


「いいか、アイラ」


その目が、真っ直ぐにあたしを射抜く。


「これは『できればいいな』って話じゃない」


一拍。


「『する』って話だ」


その一言が、胸の奥に深く沈む。


「……決断の強さ、だ」


低く続けられた言葉は、不思議と重かった。


「不思議なもんだがな。覚悟を決めた奴には、動いてる最中に手を貸す連中が現れる」


そこで一度言葉を切り、わずかに口元を歪める。


「逆に、中途半端な奴を助けようなんて思うか?」


問いではない。断言だった。


「……思いません」


自然と答えていた。


「だろうな」


短く返すと、彼は背もたれに体を戻す。

そして、思い出したように言った。


「それと、お前を襲った帝国の刺客の話だがな」


あたしは思わず身を乗り出す。


「拠点を見つけて、こっちで処置した。……数は多くなかったが、手練れだったぜ」

「……あたしのために?」


わずかに声が揺れる。


「まあそれもあるが」


ぶっきらぼうに肩をすくめる。


「国のメンツってやつだ」


そっけない言い方。

でも、その裏にあるものは分かる。

胸の奥が、少しだけ温かくなった。


 * * *


翌朝。あたしは、王都の隅に広がる、リトルセレスティアに来ていた。


(何から話したらいいんだろう)


そんなことを思いながら、街に入っていく。

土気色の壁と煤けた石畳が続く、薄暗い路地。

壊れた屋根も見える。


その中で――


「ほら、気をつけて。転ぶわよ」

「平気だもん! あ、お母さん、お花!」


不意に、明るい声が響いた。


視線の先。

擦り切れた服の母親と、小さな女の子。


少女は石の隙間に咲いた白い花を摘み、誇らしげに差し出す。

母親はしゃがみ込み、それを受け取って、優しく頭を撫でた。


「ありがとう。とっても綺麗ね」


二人が交わす、何気ない、けれど温かい笑顔のやり取り。


――その光景に、胸が締めつけられる。


『ほらアイラ、車に気をつけて』

『もう、子どもじゃないんだから平気だよ、お母さん』


脳裏に蘇るのは、日本の夕暮れ。

何気ない、当たり前だった帰り道。


目の前の少女と、あの頃のあたしが重なる。


ここは貧しい。

でも――


ここには、確かな日常がある。

家族の愛がある。


「……っ」


唇を噛みしめる。


――帰りたい。お父さんとお母さんに会いたい。


その想いは、消えない。


でも――。


もし、あたしがここから目を逸らしたら。

この光景は、いつか踏み潰されるかもしれない。


あの笑顔も、あの手の温もりも、理不尽に奪われる。

あたしは、胸元の青い魔法石を握りしめた。


震えているのは、怖いからだ。


それでも――。


「……守りたい」


それは願いじゃない。選んだ意志だ。

迷子の旅はもう終わりだ。


 * * *


少し歩いた先で、見覚えのある出店のおばさんと目が合った。


「姫様、……あんた姫様じゃろ」


小さな声で呼び止められ、あたしは足を止める。


「あ、はい」

「今日は、あの守護者様は一緒じゃないのかい」

「今は、別行動です」


短いやり取りのあと、おばさんは黙ってリンゴを一つ差し出した。


「これ、持っていきな」

「でも――」

「ええんじゃよ」


しわだらけの手が、あたしの手を包む。


「生きとってくれただけで、十分なんじゃ」


その温もりに、胸が熱くなる。

王族という存在が、まだこの人たちの中で生きている。


「……この地区をまとめている方は、いらっしゃいますか」


さっきよりも、ずっとはっきりした声だった。


 * * *


集会所に集まった人々の視線が、一斉にあたしに向く。

あたしは、一歩前へ出た。


「あたしは、セレスティア奪還のために、立ち上がります」


一瞬の静寂。


「皆さんにも、力を貸していただけませんか」


ざわめきが広がる。

やがて、一人の老人が口を開いた。


「……その言葉を、待っておりましたぞ。姫様」


しかし、若者が口を挟んだ。


「ちょっと待ってくれ。俺達だけで帝国になんか勝てるわけないじゃないか。どうやって戦うつもりなんだ?」


不安と焦りに満ちた声に、あたしは逃げずに答えた。


「……この足で、レガリア国王に接見します。そして、出兵を約束させてみせます」

「大国のレガリアが、俺たち難民のために兵を出すなんて……そんな夢物語、信じられねえよ」


ざわめきと、諦めの混じったため息が広がる。無理もない。ただの迷子だったあたしに、そんな力があるはずがないのだから。


――でも、もう逃げないって決めたんだ。


あたしは胸元の石を強く握り、まっすぐに前を見据えた。


「慈悲を乞うわけじゃありません。レガリアにとっても、セレスティアを取り戻すことは『帝国を防ぐ盾』を得ることになる。……必ず、彼らを動かしてみせます。だから、どうかあたしを信じてください!」


あたしの声が、静まり返った集会所に響き渡る。

張り詰めた沈黙。


やがて、老人が深く息を吐き、静かに口を開いた。


「……みんな。レガリアの王がどう動くかはわからん。だが、わしは今の姫様の瞳を……その覚悟を、信じたい」


その声に、場の空気が変わる。


「今のセレスティアの状況を知っている方はいますか」


問いかけると、男が一人、前に出た。


「生活自体は維持されていますが……魔導士は拘束。魔法石は登録制。情報統制も厳しい」


重苦しい男の報告に、地区会長も無念そうに頷いている。

別の若者が続ける。


「しかし、どうする。俺たちは直接戦えない、何をしたらいい」


戸惑う声に、別の若者が応えた。


「俺たちは剣は握れないが、仲間に声をかけることはできる」

「炊き出しや補給なら任せてくれ。裏方ならいくらでもやる」


さらに一人。


「各都市に、姫様の意志を伝えることはできる。帝国に対する民衆蜂起レジスタンスを促すんだ」


その言葉が、次々と連なっていく。

小さな火が、確かに灯っていく。


「……あなたたちだからこそ、できることがある」


あたしは深く頭を下げた。


「どうか――あたしの声になってください」


胸元の魔法石が、あたしの決意に応えるように、わずかに熱を帯びた気がした。


 * * *


「よくぞ参った、アイラ殿」


レガリア王国の玉座の間。

重厚な空気が支配するその場所で、あたしは一人、レガリア国王と対峙していた。


豪奢な玉座から見下ろす王の瞳には、同情や感傷ではなく、国家の命運を計る為政者としての冷徹な光が宿っていた。


(どんな形が、我がレガリアにとって有利となるか――)


そんな王の思惑が、肌を刺すような空気から伝わってくる。


「我が王都に潜んだ帝国の工作員は、すでに我が国の手で処断した。我が国の主権を侵害した帝国を、我々は決して許さない」


王の言葉に、居並ぶレガリア王国の精鋭たちが一斉に歓声をあげる。

歓声が収まると、王はゆっくりとこちらに視線を下ろした。


「さて、アイラ殿。我々は帝国と事を構える準備を進めている。……だが、アイラ殿に一つだけ問おう」

「……はい」


王の目は、冷徹な為政者のそれだった。


「私は、『故郷に帰りたいと願う迷子の王女』のために、我がレガリアの兵の血を流させるつもりはない」


その一言が、場を凍らせる。


「帝国を追い出した後、貴女はどうする?」


逃げ場のない問いだ。


「廃墟となり、血と泥にまみれた国を背負う覚悟、残された民を率いていく意志はあるのか」


玉座の間が、静寂に包まれる。

ゴードンさんの視線が突き刺さる。


(奏がいないからこそ、あたしが決めるしかない)


目を閉じる。


怖い。

逃げたい。

普通に生きたい。


――それでも。


目を開く。


「……陛下のおっしゃる通りです」


一歩、前へ出る。


「これは、慈悲を乞う場ではありません」


あたしは震える拳を隠すように強く握り、真っ直ぐに王を見据えた。

そして玉座の間の大地図へと歩み寄る。


重厚な絨毯が足音を吸い込む。居並ぶ精鋭たちの視線が、針のように突き刺さる。


「今、帝国とレガリアの間に広がっているのは、主を失い、荒廃した旧セレスティア領。ここはすでに帝国の支配下にあります」


顔を上げる。


「そして帝国は、南下する野心を捨ててはいません」


空気が変わる。


「ですが――」


地図を指し示す指先に、力を込める。


「ここを、止めます」


周りがざわめいた。

あたしが指差したのは、かつての故郷、セレスティア。


「セレスティアを、帝国の野望を食い止める楔に変えます」


一呼吸、入れる。


「そのために、あたしは立ちます」


王の視線が鋭くなる。


「セレスティアを再興すれば、それは貴国にとっての盾となります。貴国が直接帝国と刃を交える必要のない、不沈の緩衝地帯です」

「ほう……」


王が小さく唸り、姿勢を正して座り直す。


「――これは取引です」


一拍、置く。


「レガリアの平和を、セレスティアが担う」


視線を逸らさず、続ける。


「その代わりに、力を貸していただきたい」


そして――。


「……あたしは」


一瞬だけ、声が震える。それを押し殺す。


「セレスティアの女王として立ちます」


その瞬間。

胸元の魔法石が、鼓動と重なるように脈打った。


冷え切っていた指先をじんわりと包み込むような熱が、全身に広がる。まるで、「ようやく選んだな」と、魔法石の奥底から誰かが微笑んでくれたような気がした。


怖さは消えない。

でも、それ以上に――。

「選んだ」という実感があった。


「どうか、共に戦ってください」


守るとは、背負うこと。

そして、背負う覚悟を持って他者と手を結ぶことだ。


――玉座の王から、微かに息を呑む気配がした。


「……その魔力の波長」


王の冷徹な瞳が、大きく見開かれている。


「やはり、そうであったか」


王は玉座から立ち上がり、ゆっくりと階段を降りてきた。そして、あたしの胸元で青く脈打つ石を見据える。


「その特異な波長、そしてセレスティア王家の証たる『蒼穹の石』の輝き。……疑う余地はない。そなたこそが、間違いなくセレスティアの正当なる血脈」


王の目が、確信に満ちた光を帯びる。


「よい」


低く、しかしはっきりとした声だ。


「その覚悟――見届けた。そなたはもう客人ではない」


王はそう告げると、あたしに右手を差し出した。それは保護を与える手ではなく、対等な盟約を求める、武人の手だった。あたしは、その手をしっかり握り返す。


剣のような王の視線が、わずかに緩む。


「皆の者。この瞬間より、セレスティアとレガリアは同盟関係となった。戦の準備を進めよ!」


ざわめきが爆発する。


「いまこそ、決断の時」


歓声が、地鳴りのように響く。


あたしは、もう迷子じゃない。

――女王として、歩き出したのだから。




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