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アイラの冒険 異世界からの帰還  作者: まさふじ
第5章 選択する故郷

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第24話 反撃の狼煙、別たれた道

青き山に住む賢者の庵からの帰り道。


木漏れ日が差し込むアズライトの山道を、あたしたちは無言で下っていた。

先頭を行くシロの足音と、枯れ葉を踏む音だけが静かに響く。


「……あたし、いったん王都アステリアに行こうと思う」


歩きながら、あたしは口を開いた。服の下に隠した、王家の紋章が刻まれた青い魔法石をそっと握りしめる。


「ゴードンさんのところ?」


後ろを歩く奏が応えた。


「うん。あの王都には、故郷を追われた人たちが『リトルセレスティア』にたくさんいる。賢者様が言った通り、あたしは王女として彼らの前に立つ。そして……レガリア国王に同盟を、軍の派遣を直談判する」

「それが、アイラの戦いね」


奏は、考え事をするかのように、しばらく黙っていた。


「奏は……どう思う?」


立ち止まり、振り返ったあたしに、奏は静かに微笑んだ。


「私は、一度『神羅島』へ向かってもいいかしら」

「神羅島……ソウシン様のところへ?」

「ええ。もう一度、あの人の元へ行く」


その瞳には、かつてないほどの鋭い剣気が宿っていた。


「帝国の魔導兵器に対抗するには、圧倒的な『個』の武力が不可欠よ。だから私は、修行生としてではなく……先代の守護者ジンの娘として、十剣の参戦を請うつもり」


外交で同盟と民意を束ねるあたしと、武力で最強の剣を連れてくる奏。


それは、これまでずっと背中を預け合ってきたあたしたちが、国を取り戻すために『別々の道』を歩むという決断だった。


やがて、視界が開けた。


青き山のふもと。南のレガリア王国へ続く街道と、東の港へ続く分かれ道。


先頭を歩いていたシロがピタリと足を止めた。振り返ったその瞳が、「ここから先はお前たち自身の道だ」と静かに告げている気がした。


「……ここで、お別れね」


風が吹き抜け、奏の髪を揺らす。この世界で出会ってから、あたしたちはずっと一緒だった。こんな風に完全に別々の道を歩むのは、初めてのことだ。


「……正直に言うと、あなたを一人で行かせるのは不安よ」

「奏」


あたしは、奏の右手を両手でぎゅっと握りしめた。手袋越しの温もりが、ひどく愛おしい。


「絶対に……絶対に生きて。セレスティアで、合流しよう」

「ええ、約束よ。アイラも、気をつけて」


互いの温もりを確かめ合うように強く手を握り合い、そして、離す。

ほんの一瞬だけ、視線が交わる。


――先に背を向けたのは、奏だった。


振り返らない。あたしたちは背を向け合い、それぞれの決意を胸に、別たれた道へと駆け出した。


反撃の狼煙を上げるために。


* * *


時を同じくして。

帝国の支配下にあるセレスティア自治区。

その中枢にそびえる旧王城の宰相執務室。


「……ほう。青き山に配置した監視の魔獣が撃破された、と?」


ワイングラスを傾けながら、帝国の監視官・ディートリヒは薄ら笑いを浮かべた。


豪奢な執務机に向かって羽ペンを走らせていた銀髪の男――宰相レオナルトは、兵士からの報告を受けても、冷徹な能面を崩さなかった。


「いかがなさるおつもりで、宰相殿? あの忌々しい賢者の結界が破られたのではありますまいな。ここは直ちに帝国の精鋭部隊を差し向け、山狩りを行うべきでしょう。……それとも、まだセレスティアの残党に未練がおありで?」


チクリと刺すような嫌味。だが、レオナルトは羽ペンを置き、氷のように冷たい声で切り捨てた。


「……たかがはぐれ魔獣が一匹倒された程度で、軍を動かすと? 帝国の兵はそれほど暇ではないはずだ」

「な……に?」

「賢者の結界など、放置しておけばいずれ寿命で消える。わざわざ刺激して無駄な兵の消耗を招くのは、愚策の極みだ。すぐに代わりの魔獣を補充し、監視だけを続けさせろ」


まるで「些末なことだ」と一蹴するレオナルトの物言いに、ディートリヒはつまらなそうに鼻を鳴らした。


「……ふん。相変わらず、感情の読めない男だ。せいぜい、帝国の犬としての責務を果たすことだな」


ディートリヒの乱暴な足音が廊下の奥へと消え、カタン、と分厚いオーク材の扉が閉まった瞬間。


張り詰めていた執務室の空気が、ふっと崩れた。


「…………っ」


レオナルトは、鉄の能面のように微動だにしなかった顔を、両手で激しく覆い隠した。


机に手をついた彼の広い肩が、耐えきれない嗚咽を殺すように、小刻みに震え始める。


(ベイル村付近にいた少女。リトル・セレスティアでの魔法石騒動。そして賢者との接触。……間違いない)


彼はゆっくりと立ち上がり、窓辺へと歩み寄った。遥か遠く、見渡す限りの雲の向こうにある『青き山』の稜線を、万感の思いを込めて見つめる。


「……アイラ様。奏殿。……ついに、この時が来たのですね」


国を売り、民から最も憎まれる泥をすすり続けた十五年。

その孤独な戦いの意味が、今、ようやく報われようとしている。


二人が立ち上がってくれた喜び。そして、愛する王女を、再び血生臭い戦場へ引きずり込んでしまったことへの深い悔恨。


「……どうか、ご無事で。私の命に代えても、玉座は必ずお返しいたします」


レオナルトは、震える手で窓ガラスに触れ、誰にも聞こえない声で祈るように呟いた。


「……その時まで、どうか――私を、憎んでいてください」




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