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アイラの冒険 異世界からの帰還  作者: まさふじ
第4章 真実の系譜

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第22話 滅びの日の記憶

視界が、真っ白に飛んだ。


次に目を開けたとき――。


あたしは、燃え盛る炎の中に立っていた。


熱い。

息を吸うたびに、肺が焼ける。


肌を刺す熱気。焦げた匂い。

遠くで響く、怒号と、剣のぶつかる音。


大理石の柱が立ち並ぶ、巨大な広間。


――知っている。


セレスティア王国宮廷・玉座の間。

懐かしい、なんて感情よりも先に、

身体の奥がざわめいていた。


「――陛下! すでに城門は突破されました! 帝国の本隊が、まもなくここへ!」


血に濡れた鎧の騎士が叫ぶ。


玉座の前に立つ男が、ゆっくりと振り返った。


王冠。威厳のある眼差し。


あたしの――


(お父さん……!)


その隣には、鋭い眼光を持った剣士――奏のお父さんが、血に染まった剣を手に静かに立っていた。


あたしは手を伸ばそうとした。


届かない。

触れられない。

声も出ない。


今のあたしはただ、ここにいる「だけ」だった。


「……もはや、これまでか」


父は、静かに目を閉じた。

絶望ではない。

覚悟だった。


そして、父は傍らに控えていた「若い騎士」に向き直った。


「レオナルト」

「はっ……!」


――え?


その名に、心臓が跳ねた。


銀色の髪。鋭くも誠実な瞳。


間違いない。

あの時、レガリア王国の図書館で見た、帝国の宰相。

レオナルトだ。


今の彼は帝国の軍服ではなく、セレスティア親衛隊の銀鎧を身にまとっている。


でも――若い。


「王女と、守護者の娘を連れ、玉座の奥の転移装置へ向かえ。……二人を、この世界から逃がすのだ」

「なっ……!? 陛下、私語りをお許しください! 王をお守りして死ぬのが、親衛隊たる私の、騎士の誉れです! どうか、最後まで共に――」

「ならん!!」


広間を震わせる一喝。

レオナルトが言葉を失う。


「奴らの狙いは、王家の血と、この国が護りし魔法石の力だ。……ここで親衛隊が全滅すれば、セレスティアの民は希望すら失う」


父は、一歩近づいた。


「お前が生き残れ」

「陛下……っ」

「帝国に恭順するフリをしてでも、泥をすすってでも構わん」


そして――。


「……この子たちが成長し、帰ってくる、その日まで」


肩に置かれた手。

震えるレオナルト。


「……お前にしか、頼めない。私の、最後の願いだ」


レオナルトの目から、大粒の涙が落ちた。

唇を噛み切り、血を滲ませながら。


「……はっ」


深く、深く、頭を垂れる。


「レオナルト殿」


静かな声。

振り向けば、奏のお父さんが進み出た。

その腕には、まだ小さな少女――幼い日の、奏だ。


「私たちの子を……どうか、頼みます」


父もまた、幼いあたしを抱き上げる。


「おとうさま?」


何も知らない、小さなあたし。


父は微笑んだ。


そして――。


それぞれの子の小さな指に、不釣り合いな大きさの「指輪」をはめた。


「アイラ。奏」


優しい声。

それなのに、どうしてこんなにも――。


「……生きてくれ」


その一言が、耳の奥に焼き付いた。


――ああ。


この人は。


本当に、あたしの――お父さんなんだ。


それが、最後だった。


父と守護者は、玉座の扉に向かう。


押し寄せる敵を、少しでも長く食い止めるために。


死地へと向かう。


二人の背中は、どこまでも大きく、誇り高かった。


(振り返らないで)


祈ることしかできない。


(振り返ったら――)


見てしまう気がした。最後の顔を。


父は、振り返らなかった。


……


最後まで、前を向いていた。


 * * *


残されたレオナルトは、涙を拭った。


その顔は、もう――修羅だった。


幼いあたしたちを抱きかかえ、転移装置へ飛び乗る。


「転移、起動……!」


魔法陣がまばゆい光を放ち始める。

その中で。


レオナルトの手が、あたしたちの額に触れた。


「……お許しください」


低く、かすれた声。


「王家と知られれば、あなた方はどこにいても命を狙われる。だから……」


一瞬――迷う。


手が、震える。

それでも。


――彼は、選んだ。


レオナルトの手から、凍えるほどに冷たく、

そして……壊れそうなほどに優しい、

青い魔力の波動が流れ込んでくる。


――記憶の封印だ。


『王は死んだ』


『王国は、もう存在しない』


それは、事実ではない。


あたしたちを守るための――呪い。


レオナルトは、泣き出しそうな顔であたしたちに囁く。


『必ず……いつか必ず、迎えに行きます』


『それまで、どうか……』


『生きてください』


――ピシャンッ!


光が弾けた。


消えゆく視界の中で。

あたしは見た。

なだれ込む帝国兵。


その前に、ただ一人――。


銀の剣が、閃く。

血が舞う。

炎が揺れる。


その中心で。

彼は立っていた。


誇り高きセレスティアの騎士として。


すべてを背負い。


孤独な十五年の始まりを――。


たった一人で。


国を売り、王を裏切ったという汚名を一身に背負い、

帝国の犬と蔑まれながらも、

いつかあたしたちが帰ってくるその日のために、

たった一人で、この国を守り続けていたのだ。


 * * *


「……っ、あ……あぁっ……!」


気がつくと、あたしは、床に崩れ落ちていた。


呼吸が、できない。


隣では、奏が声にならない声で泣いている。


いつも完璧で、揺るぎなかった彼女が、床に顔を押し付け、

子供みたいに丸まって、肩を激しく震わせている。


あたしは、ただその背中に、手を置いた。


何も言えない。


言葉なんて、今は何の意味もない気がした。


ただ――ここにいる。


それだけを、伝えたかった。


敵じゃなかった。


そんな言葉じゃ、足りない。


あの人は。


すべてを背負って。


たった一人で、戦い続けていたんだ。


誰よりも深く傷つきながら、

誰よりもこの国を、

あたしたちを愛してくれていた、

本当の忠臣だったんだ――。


しばらく経って、奏がゆっくりと顔を上げた。


――長い沈黙のあと。


「……帰らなきゃ」


かすれた声。


でも、迷いはなかった。


あたしは、涙を拭う。


「うん」


小さく。


「……帰ろう」


今度は――


逃げるためじゃない。


取り戻すために。


窓の外。


青き山脈が、夕暮れに静かに輝いていた。




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