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第二.五章商会飛躍編 第37話「ドラゴンブラウ(後編)」

あらすじ

清王朝初期、王朝拡大に大きな影響をもたらした摂政王ドルゴン。

徳川家康の孫にして、豊臣秀頼の正室・千姫。

権力の絶頂期に若くして急死したドルゴンと、

大坂夏の陣で落城寸前だった千姫は、

突如見知らぬ世界へと身一つで飛ばされる。

そこから成り上がる二人の物語。


千姫とドルゴンは策を巡らせて、ハルトマン商会を掌握する。

王宮の奥にあるという帰還の鍵を手に入れるために、

二人は王宮に近づくために商会を大きく飛躍させるべく動く。


主な登場人物

ドルゴン:清朝初期の権力者・摂政王

     ハルトマン商会番頭に就任

     ダルガではフルシヤンと呼ばれる。

千姫:徳川家康の孫・豊臣秀頼の正室 猫かぶりのお姫様

   孤児の才女サラとして、商会長屋敷に潜入中⇒ハルトマン商会を乗っ取り商会長となる

フカ:逃亡奴隷、ドルゴンにフカと名付けられる

河野:ドルゴンの部下となった日本人女性 人の醜聞を覗くことが生きがい

ヨアン:妹を買い戻すためにドルゴンの部下となった元丁稚の少年 

エルドリン:繁華街で火起こしの術を披露している大道芸人 ダルガの食客

ルーヴァ:エルドリンの孫 聡明な頭脳と術師の血統を持つ

ブリギッタ:ダルガの管理人となった老婆

オズヴァルト:商会倉庫の荷役統括⇒倉庫長

ミルガ:娼館の呼び込みにして、自称街の情報屋

ラドウィン:小所帯の傭兵部隊の隊長

コンラート:孤児の子供たちを率いる獣人の少年。護衛としてドルゴンの部下になった。


ラナ:狼族の美しい少女 千姫直臣

リリア:ハルトマン商会長 我儘お嬢様⇒使用人に落とされる


ルーカス:ヨアンが以前勤めていたミカーヤ商店の若旦那


主な用語

ハルトマン商会:ドルゴン、フカが働いている商会

正社員:幹部

準社員:従業員


ダルガ:ドルゴンの屋敷、転じてドルゴンの私的組織

術わざ・奇跡の術:体内の血肉を違う形に変換する術のこと。街の人たちからは魔法と呼ばれる


「ドラゴンブラウ(後編)」


ハルトマン商会の商会長執務室で、ドルゴンは千姫と二人きりとなっていた。


ドルゴンは、ルーヴァが完成させた青色染料、ニル=ラグを千姫へ見せた。


「これがニル=ラグか。鮮やかで深い青色じゃのう……

 ドルゴン、これが商会を大きくするための秘策になると申すのか?」


千姫は、その青色を眺めながらドルゴンに尋ねた。


「そうだ」


ドルゴンは短く答えた。


「このニル=ラグで新しき品を作るということか?」


千姫は首を傾げた。


「それもある。だが、本当にやりたいことは別だ」


ドルゴンは少し笑った。


そして、机の上に置かれた商会手形へ視線を向けた。


「ニル=ラグを用いて、ハルトマン商会の手形の信用を高める。

 その手形が市中に広く流通するようになれば、やがては紙幣のような役割を持つようになる。

 そして、その先には新しいカネの作り方が見えてくる」


「紙幣とは何じゃろうか?」


千姫はさらに首を傾げた。その顔には、まったく実感が湧いていない様子が浮かんでいた。


「紙幣とは紙で作られたカネのことだ。人々が紙幣を用いて売り買いをするようになることが目指している姿だ」


ドルゴンはそう説明した。


「なんと、紙がカネになると申すのか?

 その紙は金銀のように高いということなのか?」


千姫は驚いた様子で尋ねた。


「紙自体が高いわけではない。紙幣に書かれた額面と同じ価値のものと交換できるという信頼を、

 人々がお互いに持つことで成り立つのだ」


ドルゴンは手元の商会手形を指先で軽く叩いた。


「人々がその信頼を共有するようになれば、紙幣を介して人は商いを行えるようになる」


「それに何の意味があるというのじゃ?

 いちいち紙でカネを作らんでも、金銀を用いればよいのではないのか?」


千姫はなおも腑に落ちない様子だった。


「金銀には限りがある。だが、紙幣にはそれがない」


ドルゴンは静かに答えた。


「世の人々が商いを増やしていく限り、その商いを支える紙幣も増やしていくことができる。

 そして、紙幣を作る者は、新たなカネを生み出すことに近いことができるようになる」


「……」


千姫は黙り込んだ。その表情からは納得した様子は見えなかった。


ドルゴンは何度か言葉を変えながら説明を続けたが、千姫の表情は最後まで晴れなかった。


やがて千姫は小さく息をついた。


「よい。仔細はドルゴンに任せる」


そう言って話を収めた。


「……それで、まず何から始めるのじゃ?」


しばらくして、千姫は改めて尋ねた。


ドルゴンは手形を手に取った。


そして、手形とニル=ラグで作った青墨を千姫の前へ差し出した。


「まずは手形の捺印に使う墨を、ニル=ラグへ切り替えるところからだ」


「たったそれだけなのか?」


それを聞いた千姫は、拍子抜けしたような顔になった。


「いきなり大きな変化を起こそうとしても、世の理はそう簡単には変わらぬ。まずは小さな違いを積み重ねるところからだ」


ドルゴンは諭すように答えた。


「そんなものなのかのぅ」


千姫は怪訝そうな様子を見せながらも、その説明に従い、ハルトマン商会の手形へニル=ラグの青墨を着けた捺印を施した。



――しばらく後の王都。


木工業者のティシュラーは、支払いの期限が近づいていたため、手元にあったハルトマン商会の手形を両替商へ持ち込んだ。


「ティシュラーさん、どうぞ」


呼ばれたティシュラーは進み出た。


「ヴェクスラーさん、どうも……

 ……それで、こちらハルトマン商会さんの手形なんだがね。すぐ現金が欲しいから買い取ってほしいんだが……」


ティシュラーは両替商のヴェクスラーに短い時候の挨拶をしたのち、話を切り出した。


「ハルトマンさんだね……

 あぁ、間違いないね。額面は銀貨二百枚だね。手数料は銀貨二枚で結構だ」


「やけに調べるのが早いね。それに割引率も低い」


ティシュラーは、手形判定の早さと、手数料として差し引かれる額の少なさに驚いた。


「最近のハルトマンさんの手形は捺印の青色が独特だからね……

 ほら、これさ……」


そう言って、両替商の男は手形の捺印をティシュラーに見せた。


そこには鮮やかで深みのある青色が存在感を放っていた。


「だからね、一目で分かるんだよ。こっちとしては確認の手間も少なくて助かるね」


両替商ヴェクスラーは、ハルトマン商会の手形が判別しやすいことを説明した。


「それに最近のハルトマン商会の商売は勢いがあるからね。信用も高いので、割引率も低くできるのさ」


ヴェクスラーはさらに続けた。


「へぇ、そうなんだね。仕事をしている身からすれば助かる話だね」


ティシュラーは喜んだ。


そしてその後、折を見てその話を取引先や知人へ語った。


同じような話は王都の他の両替商でも繰り返されていた。


その結果、青色捺印のハルトマン商会手形の存在は、少しずつ王都の商業関係者たちの間で知られるようになっていった。



また、少し後――


王都の鍛冶屋シュミートは、ハルトマン商会から鍬百本を製作する仕事を請け負っていた。


鍬の完成は予定日より少々遅れたものの、納品期限にはなんとか間に合い、無事に商会へ納めることができた。


そしてシュミートの手元には、代金としてハルトマン商会の手形が手渡された。


しかし、シュミートは予定より納品が遅れたことで、抱えていた借金の返済期限を過ぎてしまっていた。


手形の満期を待つ前に、返済を催促していた回収屋プフェンダーが荒くれ者を引き連れてシュミートの工房へやって来た。


「プフェンダーさん、商品を納めて手形はもうあるんだ。

 ……明日には為替商へ持ち込んで現金に換えてくるから、なんとかそれまでは待ってくれないか?」


シュミートは慌てて説明し、何とか待ってもらえるように懇願した。


「シュミートさんよ、あんたさんざん期限を延ばしてる。もう待てねえな……」


プフェンダーは首を横に振った。


そして、工房の中を見回した。


「今すぐ払えないなら、金になりそうな物は貰ってくぜ」


シュミートは青ざめた。


「それだけは勘弁してくれ! 道具を持っていかれたら商売ができなくなっちまう!」


「だったら金を払うんだな」


プフェンダーはシュミートの懇願を無視した。


「そうだ、手形で借金を払えないのかい?」


「紙切れを渡されても、本物かどうか分からねえじゃねえか!」


だが、その一言は余計に事態を悪化させてしまった。


シュミートは困り果てた。


……だが、その時、以前聞いた噂を思い出した。


『ハルトマン商会の手形は捺印の青色が独特で、両替商じゃなくても見ればすぐ本物だって分かるんだ。それに信用もすごく高い……』


「持っている手形というのは、ハルトマン商会さんの手形なんだがね……

 これで支払うことはできないかい?」


そう言って、シュミートは手元にあるハルトマン商会の手形をプフェンダーへかざしてみせた。


その瞬間、プフェンダーは動きを止めた。


プフェンダーはかざされた手形の青色の捺印をまじまじと眺めた。


「その青色、間違いなくハルトマンだな……」


そして、しばらく考え込んだ。


「……ハルトマン商会の手形なら、借金の代わりとして受け取ってやってもいい」


やがてプフェンダーはそう言った。


シュミートは曇らせていた顔を晴らし、手形を差し出した。


「行くぞ……」


プフェンダーは手形を受け取ると、それ以上は何も言わずに引き下がっていった。


シュミートは工房の道具を失わずに済み、大きく肩の力を抜いた。


第三者が支払いとして商会手形を差し出し、そのまま決済に用いることができたこの出来事こそが、後に振り返れば歴史の転換点となる瞬間だった。


この行為の意味の重大さに気付いた者は、その場には誰もいなかった。



――さらにしばらく後のことだった。


「ちわーす、ミカーヤです」


「やぁ、若旦那、元気かい?」


「ヴィルトさん、お世話になっております。今月の代金の回収に来ました」


「……あぁ、今日はそうだったね。ちょっと待っておくれ」


ミカーヤ商店の若旦那であるルーカスは、繁華街の酒屋ヴィルトのもとへ商品の代金を回収しに訪れていた。


ヴィルトは帳簿を確認しながら言った。


「そういえば、今は銀貨が少し不足していてね……

 代わりに、ハルトマン商会さんの手形があるんだが、一部はこれで支払っては駄目かね?」


そう言うと、ヴィルトは引き出しから一枚の手形を取り出した。


ルーカスは手形を受け取り、内容を確認した。


そこには青色の捺印が確かに押されていた。


「ミカーヤ商店も、ちょうどハルトマン商会に支払いがありますからね。問題ありませんよ」


そう答えると、ルーカスはその手形を受け取った。


その後、ミカーヤ商店はハルトマン商会への支払いに、その手形を使用した。


こうして、一度発行された手形は現金へ換えられることなく、人から人へと受け渡され、再びハルトマン商会へ戻ってきた。


その報告を受けたドルゴンは、戻ってきた手形を手に取った。


「……思ったより早かったな」


ドルゴンはしばらく手形を眺めた後、小さく呟いた。


だが、その言葉には確かな手応えが滲んでいた。


こうして紙幣普及に向けた第一段階は静かに進み、ドルゴンは次の段階へと計画を移していくこととなった。


季節は巡り、翌年の春を迎えていた。


ドラゴンブラウ その2に続きます。


ドルゴンという人物が好きで書いた妄想小説です。

楽しんで頂けたら幸いです。


次回:「その間起きたこと1」2026/7/10 20時投稿予定

⇒執筆が進めば、2026/7/3 に投稿します。

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