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第二.五章商会飛躍編 第36話「ドラゴンブラウ(中編)」

あらすじ

清王朝初期、王朝拡大に大きな影響をもたらした摂政王ドルゴン。

徳川家康の孫にして、豊臣秀頼の正室・千姫。

権力の絶頂期に若くして急死したドルゴンと、

大坂夏の陣で落城寸前だった千姫は、

突如見知らぬ世界へと身一つで飛ばされる。

そこから成り上がる二人の物語。


千姫とドルゴンは策を巡らせて、ハルトマン商会を掌握する。

王宮の奥にあるという帰還の鍵を手に入れるために、

二人は王宮に近づくために商会を大きく飛躍させるべく動く。


主な登場人物

ドルゴン:清朝初期の権力者・摂政王

     ハルトマン商会番頭に就任

     ダルガではフルシヤンと呼ばれる。

千姫:徳川家康の孫・豊臣秀頼の正室 猫かぶりのお姫様

   孤児の才女サラとして、商会長屋敷に潜入中⇒ハルトマン商会を乗っ取り商会長となる

フカ:逃亡奴隷、ドルゴンにフカと名付けられる

河野:ドルゴンの部下となった日本人女性 人の醜聞を覗くことが生きがい

ヨアン:妹を買い戻すためにドルゴンの部下となった元丁稚の少年 

エルドリン:繁華街で火起こしの術を披露している大道芸人 ダルガの食客

ルーヴァ:エルドリンの孫 聡明な頭脳と術師の血統を持つ

ブリギッタ:ダルガの管理人となった老婆

オズヴァルト:商会倉庫の荷役統括⇒倉庫長

ミルガ:娼館の呼び込みにして、自称街の情報屋

ラドウィン:小所帯の傭兵部隊の隊長

コンラート:孤児の子供たちを率いる獣人の少年。護衛としてドルゴンの部下になった。


ラナ:狼族の美しい少女 千姫直臣

リリア:ハルトマン商会長 我儘お嬢様⇒使用人に落とされる


主な用語

ハルトマン商会:ドルゴン、フカが働いている商会

正社員:幹部

準社員:従業員


ダルガ:ドルゴンの屋敷、転じてドルゴンの私的組織

術わざ・奇跡の術:体内の血肉を違う形に変換する術のこと。街の人たちからは魔法と呼ばれる


「ドラゴンブラウ(中編)」


ルーヴァがドルゴンから紙幣実現の方法を探る任務を与えられて以来、

ルーヴァは一人でダルガの部屋に籠もり、書物を漁りながら研究を続けていた。


その間、ダルガではコンラータたち獣人の子供たちが新たに仲間へ加わるなど、

さまざまな騒動が起きていた。


しかし、研究に没頭していたルーヴァにとって、それらはほとんど耳に入らず、

関心を向ける余裕もなかった。


ドルゴンは、ルーヴァが研究に必要として求めた機材や材料については、

金に糸目をつけることなく与え続けていた。


だが、春先に始まったルーヴァの研究は、季節が秋口へ移っても、

大きな成果を得られないまま続いていた。


何度も試行錯誤を重ねた末、

ルーヴァは「誰にも真似できない安価な染料を作り、それを紙幣に用いる」

という発想へ辿り着いていた。


その目標となった色は青色であった。


だが、そのような青色染料を安価に作る方法は、これまで聞いたこともないものだった。


やがて、実験を繰り返すルーヴァの部屋からは、得体の知れない異臭が漂うようになっていった。



その日も部屋の中では、ルーヴァが小さく独り言を漏らしながら染料の研究を続けていた。


「うわっぷ、ひどい匂いだねえ……ルーヴァ、また寝てなかったのかい?」


「うん、いい考えが浮かんだんで、試していたんだ」


部屋を訪れたブリギッタに背を向けたまま、ルーヴァは振り向かずに答えた。


「まったく、汚いったらありゃしないよ。ルーヴァ、着替えて顔を洗ってきなよ……朝飯も食べなきゃだめだよ……」


「……うん……今いい所なんだ……」


ルーヴァは生返事をした。


その様子にブリギッタはため息をついた。


そしてブリギッタはいったん部屋を出ると、食べ物と着替え、それに桶と拭き布を持って戻ってきた。


「ほら、ルーヴァ、お立ち」


「うん」


生返事をするルーヴァを、ブリギッタは半ば無理やり立たせ、そのまま服を脱がせた。


ルーヴァはブリギッタの動作に特に抵抗することもなく、考え事を続けていた。


「ほら、これをお食べ」


ブリギッタがルーヴァへ食べ物を渡すと、ルーヴァは上の空のまま、それを口へ運んだ。


その間にブリギッタは、ルーヴァの顔を拭き、さらに体も丁寧に拭いていった。


そしてルーヴァが食べ終わると、ブリギッタは新しい服を着せてやった。


「ほら、座りな……」


ブリギッタはルーヴァの乱れた髪へ櫛を入れ、丁寧に梳いて整えていった。


「ほら、できた……まったく、ルーヴァは女の子なんだから、もっと身だしなみに気を使わないとだめだよ……」


「……うん、ありがとう、ブリギッタさん」


「はいよ……あんまり根を詰めないようにしなさいよ……」


そう言うと、ブリギッタは部屋を後にした。



「おーす、ルーヴァ、元気か!」


「……」


同じ日、フカは久しぶりにダルガを訪れ、気まぐれでルーヴァへちょっかいを出そうと部屋を訪れていた。


研究に夢中になっていたルーヴァは、フカが訪れたことにも気が付かなかった。


「……わっ!」


「きゃっ……って、フカ兄ちゃんか。驚かさないでよ」


「へへっ……ひでぇ匂いだな、まったく」


「うるさいなぁ……研究の邪魔だから出てってよ」


「固いこと言うなよ……おっ、こりゃウォードか。で、こっちは灰汁……藍色を作ろうとしているのか?」


フカはルーヴァの様子を見るなり、ルーヴァが染料の研究をしていることを言い当てた。


「え、フカ兄ちゃん、分かるの?」


普段は調子のいいことしか言わないフカが専門的な知識を口にしたことに、ルーヴァは驚いた。


「……まあな……」


「じゃあ……赤色の作り方は?」


「アカネの根を細かく砕いて煮出して、布を染めるならミョウバンを使うな」


「じゃあ黄色は?」


「黄色なら、ウォルドを同じように煮出せばいいな」


「じゃあ……」


ルーヴァは次々と材料や製法について質問を矢継ぎ早に投げかけた。


フカは、その質問に迷うことなく答えを返していった。


「すごい! フカ兄ちゃん、なんでそんなに詳しいの?」


ルーヴァが不思議そうに尋ねた。


だがフカは少し困ったような顔を浮かべ、


「昔、ちょっとな……」


とだけ答え、それ以上は言葉を濁してしまった。


「それより、ルーヴァ、何を作ろうとしているんだよ?」


フカは話を逸らすように、ルーヴァへ尋ねた。


「青色を作りたいんだ」


ルーヴァは迷わず答えた。


「青色は難しいぞ。それに材料がものすごく珍しいからな。だから値も張る」


フカはそう説明した。


「わかってる……だから、それをどうにかしようとしているんだよ」


ルーヴァは真剣な表情で返した。


「そうか……まぁ……がんばれよ……」


そう言ってフカは部屋を出ようとしたが、部屋を出る前に足を止めた。


「そういえば……昔、青色に近いものが作れたような気もするな……」


フカは何かを思い出したように口を開いた。


「それ! どんな方法だったの?」


その言葉に、ルーヴァは勢いよく身を乗り出した。


「いや、急に言われてもなぁ……どんなやり方だったか……」


だが、フカの記憶は曖昧で、肝心な部分を思い出すことができなかった。


「だめだ、出てこねぇ……悪ぃ、ルーヴァ。そろそろ仕事に戻らないとな。

 また思い出したら、ちゃんと伝えるからよ」


そう言ってフカは話を切り上げ、帰ろうとした。


「だめ。青色を作る方法を思い出すまで、一緒にいてもらうから」


しかしルーヴァはフカの腕を掴み、そのまま離そうとしなかった。


「無茶言うなよ……」


「だめ!」


ルーヴァは大きな声を上げ、必死な目でフカを引き留めた。


突然のことに、フカは困惑した表情を浮かべるしかなかった。



ーーその日の夕方、ドルゴンがダルガへ戻ってきた。


「アマ、フカは来ていないか?」


ドルゴンはブリギッタへ、仕事を無断で休んでいるフカの行方を尋ねた。


「あぁ……ルーヴァに捕まっとるよ」


ブリギッタは苦笑しながら答えた。


ドルゴンがルーヴァの部屋を訪れると、そこには半ば拘束されたように研究へ付き合わされているフカの姿があった。


「フカ、なぜ仕事へ来なかった。オズヴァルトが怒っていたぞ」


ドルゴンはフカへ尋ねた。


「兄貴、それがよ……ルーヴァが帰してくれねぇんだ」


フカは困ったような顔で答えた。


「ルーヴァ、どういうことだ?」


「フカ兄ちゃんが、紙幣を作るための染料に必要な知識を持っているみたいなんだ。

 フカ兄ちゃんがいれば、紙幣が実現できるかも!」


今度はドルゴンがルーヴァへ事情を尋ねると、ルーヴァは目をぎらつかせながら答えた。


その様子を見たドルゴンは、研究が新たな段階へ入ったことを察した。


「オズヴァルトには儂から話しておく。フカはしばらくルーヴァを手伝え」


ドルゴンはフカへそう伝えた。



ーーその夜、遅くまで研究に付き合わされたフカは、ルーヴァの部屋の片隅で眠りについた。


「シュムッツ、何ぐずぐずしているんだ。本当に使えない奴だな!」


「だんな……それがよ、変わったもんができてんだよ……こいつは……」


「あぁ!? そんなものどうでもいい! 今は手を動かせ、この愚図が!」


フカは夢を見ていた。


それは、かつて染め物工房で奴隷として働かされ、「シュムッツ(汚れ)」と蔑まれながら酷使されていたころの記憶であった。


「……嫌なものを思い出しちまったな……」


そう呟きながら、フカは嫌な記憶とともに目を覚ました。


「だけど……思い出したぜ……」


嫌な記憶が蘇る中、フカは当時偶然発見していたものの、そのまま忘れ去られていた青色染料の製法を思い出していた。


それは、後の時代にプルシヤンブルーと呼ばれることになる青色染料の製造法であった。


フカが傍らへ目を向けると、ルーヴァは相変わらず研究を続けていた。


「ルーヴァ、ちょっといいか……」


フカは静かにルーヴァへ声をかけた。



しばらく後、季節が冬を迎えたころーー


フカの協力を得たルーヴァは、試行錯誤の末、目標としていた青色染料を比較的安価に製造する方法を見つけ出すことに成功した。


「……これです」


「……ほぅ」


その染料を用いて印刷された紙幣の試作品が、やがてドルゴンの前へ差し出された。


その紙幣は、深く鮮やかな青色を帯びていた。


「ルーヴァ、説明してみろ」


「はい。まずこの青色ですが、屠畜場から集めた血や骨、皮、角を大鍋で焼き固め、黒い灰を得ます。

 その灰を鉄の塩と混ぜることで、深い青色を得ることができます」


ルーヴァは青色の作り方を説明していった。


「黒い灰を得るには絶妙な火加減が必要になりますが、そこはおじいちゃんに手伝ってもらいました」


「まったく……骨が折れたがのう……」


側にいたエルドリンがため息を漏らした。


その言葉から、その工程がエルドリンの炎の術によって支えられていたことがうかがえた。


「鉄の塩は、鍛冶屋から手に入れることができます。黒い灰と鉄の塩の混ぜ具合にも

 加減が必要なんだけど、それはフカ兄ちゃんの腕で作ることができました」


ルーヴァはフカの貢献についても口にした。


「ほぅ……」


ドルゴンは関心の目をフカに向けた。


「へへっ、まーな……」


フカは、自分の腕を大きく誇ることもなく、軽く答えた。


「手間は考慮する必要があるが、それは他者が真似ることの難しさを示している。

 そして、原料については問題なく確保することができそうだな」


ドルゴンは、第三者のによる再現の難しさと、原料費が現実的なものであることを確認した。


「そして、僕とおじいちゃんは、この青色が本物かどうかを感じ取ることができます」


ルーヴァは、さらに工夫があることを示した。


「それは、どういうことだ?」


「これから、お見せします」


そう言うと、ルーヴァは三種類の紙をドルゴンへ渡した。


「そこに、この青色染料を塗った紙、藍色を塗った紙、何も塗っていない紙があります。

 僕は目隠しをするから、それを並び替えて僕の前へ並べてみてください」


そう言うと、ルーヴァは自ら布で目を覆った。


ドルゴンは指示を受けた通り、三種類の紙をルーヴァの前へ並べた。


ルーヴァは"とある"道具を持ち、正面の紙へ静かに手をかざしていった。


「……これだね」


そう言うと、ルーヴァは確かに青色が塗られた紙を指し示した。


「……ルーヴァ、もう一度やってみろ」


ドルゴンはその様子を疑い、何度も試した。


そのたびにルーヴァは青色の紙を言い当てた。


最後には青色の紙を別の紙へ差し替えてみたが、ルーヴァはそのことまで言い当てていた。


「ルーヴァ、これはどういう方法なんだ?」


「はい。この道具に、僕やおじいちゃんみたいに術が使える人が力を込めて青色へ近づけると、

 微妙な感覚があって、それが青色であることに気が付けるんです。

 原理はよく分かりませんが、僕とおじいちゃんで何度実験しても

 正確に当てることができたので、間違いありません」


それは後世の言葉で説明するなら、

青色染料の中に含まれる鉄分に対する磁気反応を感じ取っているものであった。


(……藍色とは明確に深く鮮やかな青色とルーヴァによって示された方法により偽造対策の要件を十分に満たせている。この方法ならば……)


ここまで試作品を見たドルゴンは、この方法なら紙幣を実現できるかもしれないという確かな手応えを感じた。


そして、ドルゴンの口角が静かに上がった。


「ルーヴァ、よくやった。大手柄だ。フカも先生も、よくやってくれた」


ドルゴンはルーヴァとフカ、そしてエルドリンを労った。


「……やったぁ!」


そう言った次の瞬間、ルーヴァは気を失うように倒れ込んだ。


「ルーヴァ!」


驚いたエルドリンは慌ててルーヴァの体を支えた。


ルーヴァは、そのまま深い眠りへ落ちてしまっていた。


「……ここまで相当根を詰めておったからのう。緊張の糸が切れたのじゃろうて」


「ゆっくり休ませてあげてください」


ドルゴンは静かにそう告げた。


「この青色染料の存在は、ダルガの最秘匿事項だ。

 その秘密を知る者は、儂とフカ、先生、そしてルーヴァだけとし、その口外は禁ずるものとする」


「おう、兄貴」


「分かったよ、フルシヤン。ルーヴァにも、起きたらきつく伝えておく」


「名前がないと不便だな……では、この青色は、ニル=ラグ(青い龍)とする」


ドルゴンはそう告げた。


ドルゴンはルーヴァの寝顔へ目をやり、続けてニル=ラグで印刷された紙幣を静かに手に取った。


「後は儂の仕事だ……」


ドルゴンは、そう静かに呟くのだった。


ドルゴンという人物が好きで書いた妄想小説です。

楽しんで頂けたら幸いです。


次回:「ドラゴンブラウ(後編)」2026/7/3 20時投稿予定

⇒執筆が進めば、2026/6/26 に投稿します。

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