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第二.五章商会飛躍編 第35話「ドラゴンブラウ(前編)」

あらすじ

清王朝初期、王朝拡大に大きな影響をもたらした摂政王ドルゴン。

徳川家康の孫にして、豊臣秀頼の正室・千姫。

権力の絶頂期に若くして急死したドルゴンと、

大坂夏の陣で落城寸前だった千姫は、

突如見知らぬ世界へと身一つで飛ばされる。

そこから成り上がる二人の物語。


千姫とドルゴンは策を巡らせて、ハルトマン商会を掌握する。

王宮の奥にあるという帰還の鍵を手に入れるために、

二人は王宮に近づくために商会を大きく飛躍させるべく動く。


主な登場人物

ドルゴン:清朝初期の権力者・摂政王

     ハルトマン商会番頭に就任

     ダルガではフルシヤンと呼ばれる。

千姫:徳川家康の孫・豊臣秀頼の正室 猫かぶりのお姫様

   孤児の才女サラとして、商会長屋敷に潜入中

フカ:逃亡奴隷、ドルゴンにフカと名付けられる

河野:ドルゴンの部下となった日本人女性 人の醜聞を覗くことが生きがい

ヨアン:妹を買い戻すためにドルゴンの部下となった元丁稚の少年 

エルドリン:繁華街で火起こしの術を披露している大道芸人 ダルガの食客

ルーヴァ:エルドリンの孫 聡明な頭脳と術師の血統を持つ

ブリギッタ:ダルガの管理人となった老婆

オズヴァルト:商会倉庫の荷役統括⇒倉庫長

ミルガ:娼館の呼び込みにして、自称街の情報屋

ラドウィン:小所帯の傭兵部隊の隊長

コンラート:孤児の子供たちを率いる獣人の少年。護衛としてドルゴンの部下になった。


ラナ:狼族の美しい少女 千姫直臣

リリア:ハルトマン商会長 我儘お嬢様⇒使用人に落とされる


主な用語

ハルトマン商会:ドルゴン、フカが働いている商会

正社員:幹部

準社員:従業員


ダルガ:ドルゴンの屋敷、転じてドルゴンの私的組織

術わざ・奇跡の術:体内の血肉を違う形に変換する術のこと。街の人たちからは魔法と呼ばれる

「ドラゴンブラウ(前編)」


千姫とドルゴンが商会を手中に収めた春先――話は、前商会長夫人カロリーネがまだ商会にいたころへと遡る。


「最近、商売は順調なようじゃのう……」


「ええ……ですが、まだまだ足りませんな」


ドルゴンは、ダルガでルーヴァと将棋を指しながら、エルドリンと話をしていた。


ドルゴンの将棋の腕は既にエルドリンでは相手にならないほどになっており、

最近ではルーヴァを相手に指すことがもっぱらとなっていた。


ドルゴンがハルトマン商会の番頭になって以来、ドルゴンの商会運営は積極的であった。


前年に発生した農民反乱による痛手を乗り越えたことで、

商会の商売は以前の規模を取り戻しつつあり、その規模をさらに大きくしようとしていた。


そのやり方は単純であった。安く買い、高く売る。そして購入経路と販路を拡大する。


だが、商会の力を用いて王国の中枢へ食い込もうとしているドルゴンにとっては、

そのやり方を続けるだけでは不十分であるように感じられていた。


ドルゴンは、エルドリンやルーヴァとのやり取りを通して、

新しい商売のやり方についての考えを得ようとしていた。


そんなドルゴンの様子を目にしたルーヴァは、祖父であるエルドリンへ視線を送った。


エルドリンは、その意味を察したように頷き、ドルゴンへ向かって口を開いた。


「フルシヤン、そのことなんじゃのう。ルーヴァが何やら面白い本があったと言っとったんじゃが、聞いてみないか?」


「ほう……そうですか。ルーヴァ、どういう内容なんだ?」


ドルゴンは目を光らせ、興味を示した。


「はい!……ちょっと待ってください……」


その言葉を待っていたかのように、ルーヴァは席を立ち、本を持って戻ってきた。


「この本なんですけど……」


そう言うと、ルーヴァはドルゴンと体の向きを揃えるように身を寄せ、本を開いた。


『交換を離れたる価値の考――諸商会記録と術論 著:コレキヒ・タカシュ』


その本の表題には、そう書かれていた。


「えーっと……」


ルーヴァは本の頁をめくっていった。


中身は、商業に関する論文がいくつも収められた論文集であった。


「これだ」


そう言って、ルーヴァはある頁を指差した。


『信用の連鎖が実物を代替する機構について』


という題名の論文であった。


「この論文なんですが、商会の商売を大きくする手掛かりになるんじゃないかと思うんです。


 内容としては、金貨や銀貨ではなくて……信用で紙をお金として動かす……なんてことが書いてあります」


「ほぅ……興味深いな……」


そう言うと、ドルゴンは論文の本文へ視線を移していった。


「ところどころ見慣れない言葉が入っているな。頻繁に登場する“シンヨー(shinyo)”とは何だろうか?」


「“信用”ってことらしいです。フルシヤン」


「……」


ドルゴンはルーヴァの返答には応じず、しばらく論文の内容を熟読していた。


「つまりは、商会手形という形で紙幣を発行して、それを街中、国中に広めようということか……」


ドルゴンは論文の要点を掴み、そう言った。


(目新しい方法だ。むしろ、あまりにも進み過ぎている……)


「この本を書いた者は、生きているのか?」


ドルゴンは、胸中に浮かんだ疑念を口にした。


「ええっと……」


ルーヴァは突然の問いに答えようとしたが、すぐには返答が思い浮かばなかった。


「どれ、見せてみよ……。

 うーむ……フルシヤン、だめじゃ。この本は百年ほど前に書かれておる。

 最早、書いた者は生きてはおるまい」


エルドリンは本を手に取り、記載されている年代を確認すると、そう推測してみせた。


「……そうですか。残念です」


ドルゴンは、惜しむように静かに息を漏らしながらそう言った。



「この本に書いてある“通貨発行権”というものを握ったところは、理論上はいくらでもお金を作ることができます」


話しは再び本の内容にと戻り、ルーヴァは、自信を感じさせる声でそう言った。


「理論上はな。かつて古の国で紙幣を作った国があった」


ドルゴンは、自らの知識から元国や明国で紙幣が用いられていたことを知っており、その事例を思い出していた。


「ほう、その国は栄えたということか?」


エルドリンが口を挟んだ。


「最初のうちはうまくいきました。ですが、大量に紙幣を作った結果、

 物の値段が上がりすぎて、金の流れがおかしくなってしまいました」


「はい。その懸念点はありますが、この論文にはその対応策が書かれています」


ルーヴァは、その疑念について論文に対策があることを把握しており、論文の一節を指し示した。


「発行する紙幣は、金貨、銀貨、そしてそれに相当する資産に交換可能であるという信頼を与えること。


 真に恐れるべきことは、紙幣を持つ者達が一斉に紙幣を資産へ戻そうとする取り付けなり。


 故に、発行した紙幣を用いてするべきことは、その紙幣の担保となる資産を増やすこと。


 資産を増やすことで、人々はその紙幣に対する信頼を篤くし、さらに多くの紙幣を作ることができる――ということです」


ルーヴァは、論文の要点をドルゴンへ示した。


「……その方法なら、増やした資産を次に発行する紙幣の担保とすることで、

 原理的には紙幣をどんどん作っていくことができるな……」


ドルゴンは、ルーヴァの説明に納得している様子を見せた。


「ですよね。ねえ、フルシヤン。この方法、試してみませんか?」


ルーヴァは期待を込めた視線をドルゴンへ送った。


(確かに、理は通っている。だが……)


「考え方としては悪くない。だが……この方法には乗り越える必要がある壁がある」


ドルゴンは、少し厳しい目をルーヴァへ向けた。


「……それは?」


ルーヴァは緊張した面持ちで、ドルゴンへ聞き返した。


「偽造だ……


 作った紙幣が誰でも真似して作れるようなら、偽物が出回り、途端に紙幣に対する信用は失われてしまう……」


「そ、それは、素材や印を誰でも簡単に真似できないようにすれば……」


「ほう。それは具体的にどういう方法だ……?」


「それは……今は、その方法はわかりません……」


ルーヴァは明確に返す言葉を失い、言葉を濁した。


「……ルーヴァ。誰にも真似できない紙幣を作る方法を考えてみよ。

 実現可能な方法が得られれば、紙幣を実現することができる。

 それをお前の任務とする」


「……はい、フルシヤン。必ずその方法を見つけてみせます」


ルーヴァは真剣な面持ちで応えた。


その日から、ルーヴァの長い戦いが始まっていった。



ドルゴンという人物が好きで書いた妄想小説です。

楽しんで頂けたら幸いです。


次回:「ドラゴンブラウ(中編)」2026/6/12 20時投稿予定

⇒2026/6/19 20時投稿予定となります。

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