第二.五章商会飛躍編 第34話「侵入者」
あらすじ
清王朝初期、王朝拡大に大きな影響をもたらした摂政王ドルゴン。
徳川家康の孫にして、豊臣秀頼の正室・千姫。
権力の絶頂期に若くして急死したドルゴンと、
大坂夏の陣で落城寸前だった千姫は、
突如見知らぬ世界へと身一つで飛ばされる。
そこから成り上がる二人の物語。
千姫とドルゴンは策を巡らせて、ハルトマン商会を掌握する。
王宮の奥にあるという帰還の鍵を手に入れるために、
二人は王宮に近づくために商会を大きく飛躍させるべく動く。
主な登場人物
ドルゴン:清朝初期の権力者・摂政王
ハルトマン商会番頭に就任
千姫:徳川家康の孫・豊臣秀頼の正室 猫かぶりのお姫様
紆余曲折を経て、ハルトマン商会商会長となる
フカ:逃亡奴隷、ドルゴンにフカと名付けられる
河野:ドルゴンの部下となった日本人女性 人の醜聞を覗くことが生きがい
ヨアン:妹を買い戻すためにドルゴンの部下となった元丁稚の少年
エルドリン:繁華街で火起こしの術を披露している大道芸人 ダルガの食客
ルーヴァ:エルドリンの孫 聡明な頭脳と術師の血統を持つ
ブリギッタ:ダルガの管理人となった老婆
オズヴァルト:商会倉庫の荷役統括⇒倉庫長
ミルガ:娼館の呼び込みにして、自称街の情報屋
ラドウィン:小所帯の傭兵部隊の隊長
ラナ:狼族の美しい少女 千姫直臣
リリア:ハルトマン商会長 我儘お嬢様⇒使用人に落とされる
主な用語
ハルトマン商会:ドルゴン、フカが働いている商会
正社員:幹部
準社員:従業員
ダルガ:ドルゴンの屋敷、転じてドルゴンの私的組織
術わざ・奇跡の術:体内の血肉を違う形に変換する術のこと。街の人たちからは魔法と呼ばれる
「侵入者」
春先の夜、ダルガに、いくつもの小さな影があった。
その影は、互いに気配を確かめ合うように間を取りながら、廊下を進んでいった。
足音はほとんど響かない。慣れた動きであった。
やがて影たちは、地下にある食糧庫へとたどり着いた。
食糧庫の中には、塩漬けの肉や、腸詰の肉が整然と並んでいた。
乾燥肉の匂いと、塩気を帯びた空気が満ちていた。
「……すごい肉だ」
一人の子供が、小さく声を漏らした。
「これなら……みんな、腹一杯になる」
その言葉に、他の子供たちが無言でうなずく。
彼らは手早く袋を取り出し、持てるだけの食料を詰め込んでいった。
そして、子供たちは来た道を戻ろうとした。
「みんな……まって……」
一人の子供――ミロが、腕から零れた肉を拾おうとして皆からわずかに遅れた。
――その時だった。
「あっ、こら……」
声が、背後からかかった。ヨアンであった。
ヨアンは、遅れていたミロの腕を強く掴んだ。
「……ミロ!」
角の影に身を潜めていた仲間たちは、その様子を見ていた。
ヨアンは逃げようとしたミロを押さえ込み、そのまま床へと組み伏せた。
ヨアンはミロを縛り上げ、その場の柱に括り付けたうえで、ドルゴンのもとへ向かった。
「フルシヤン、夜分遅くにすみません」
ヨアンはドルゴンを呼び出した。
「どうした、ヨアン……」
「こちらへ来てください」
ヨアンが示した先には、縄で拘束された獣人の子供――ミロが一人、うつむいたまま座らされていた。
「泥棒のようです……」
角の影に潜んでいた子供たちは、その様子を固唾をのんで見守っていた。
「コンラート、どうする?……大きな男も出てきたぞ」
子供たちの一人が小声で問うた。
「俺とニル、ミナでミロを助ける。ルカとエマは、みんなの所に戻ってくれ……」
コンラートが短く指示を出した。
「コンラート、俺も残る」
「……私も」
ルカとエマが食い下がった。
「ルカにはサナがいるだろ。それに、ここで万が一、みんな捕まったらまずい。
ルカとエマは、みんなの所に食べ物を届けてくれ。……俺が捕まったら、ルカ、みんなを頼む」
子供たちの頭であるコンラートは、仲間たちを説き伏せた。
コンラートは獣人の姿をしていたが、耳と尻尾は他の子供たちに比べて目立たず、人間に近い外見であった。
「……分かった。コンラート、無事でいてくれ……エマ、行こう」
ルカはそう言い、エマとともに後ろ髪を引かれつつ、その場を離れた。
◆
「お前……なんでこんな……」
ヨアンのその言葉が終わるより早く――
「……っ!」
横合いから、コンラートの影が飛び出した。
ヨアンは不意を突かれ、掴んでいたミロの腕を緩めてしまった。
「ミロ、今だ、逃げろ!」
「ミロ、こっち!」
仲間の声に応じて、ミロは一目散に走った。
だが、その直後だった。
ドルゴンの手が伸び、コンラートの動きを正確に捉えた。
一瞬のうちに体勢を崩されたコンラートは、そのまま床へ押さえつけられた。
「畜生、はなせ……!」
「コンラート兄ちゃん!」
ニルとミナが、コンラートを助けるべく飛び出した。
だが、ドルゴンはそれらの動きを見切り、一人ずつ確実に制圧していった。
「ヨアン、紐を寄越せ」
ドルゴンは短く言った。
ヨアンは急いで縄を手渡し、二人で子供たちを次々と拘束していった。
「畜生!はなせ!」
コンラートは叫んだ。
「もう一人いたな……出てこい。さもないと……お前らの仲間の命はないぞ」
ドルゴンは、奥に向かって静かに言い放った。
「ミロ、逃げろ!みんなの所に戻るんだ!」
コンラートが続けた。
だが、物陰に潜んでいたミロは、動かなかった。
コンラートがいなければ、生きていく術がない――その思いが、ミロの足をとどめていた。
やがて、ミロは物陰から姿を現した。
そして、ミロも拘束された。
「お前達、何者だ。なぜこんな真似をした」
ヨアンが問いかけた。
だが、誰も答えなかった。
◆
場が静かになったのち、ドルゴンはヨアンに向き直った。
「さて、ヨアン。この子供たちをどうすればいい?」
「そうですね……明日、衛兵に突き出しましょう」
ヨアンは即答した。
「それだけか?」
「と、いいますと?」
「その答えは、商人らしくないな。商人なら……もっと金になる方法を考えろ」
ドルゴンの声は淡々としていた。
ヨアンは子供たちを一瞥した。子供たちは不安げに視線を泳がせていた。
ヨアンは、わずかに表情を曇らせながら口を開いた。
「……金になるというなら、人買いに売り飛ばすのが手っ取り早いです。獣人の子供は男も女も……色々と高く売れると聞きます……」
その言葉に、子供たちの顔色が変わった。
「……人買い……いや……」
恐怖が一斉に広がっていった。
その中で、コンラートが口を開いた。
「おい……だんな」
コンラートはドルゴンを睨んだ。
「今回の件は、俺がみんなに命令してやったことだ。俺が全部背負うから……他のやつらは放してやってくれねぇか」
「何勝手なことを言っているんだ……」
ヨアンが口を挟んだが、ドルゴンは手でそれを制した。
ドルゴンはコンラートの目を見た。
そこにあるものを、静かに見定めるように。
「お前、名前は?」
「……コンラート」
「コンラートか……では、一つ勝負をしてみようじゃないか」
ドルゴンはゆっくりと言った。
「……勝負?」
「お前が儂に『参った』と言わせたら、全員無罪放免だ。お前は諦めるまで、何度でも来ればいい」
そして、わずかに声を落とした。
「その代わり、お前が負けたら……全員、人買いに売る」
子供たちの間に、緊張が走った。
コンラートはしばらく黙り込み、やがて口を開いた。
「……いいぜ、だんな」
「ヨアン、ほどいてやれ」
ヨアンが縄を解いた。
「コンラート、いつでもこい」
「言われなくてもな」
コンラートは地面を蹴り、ドルゴンへと踏み込んだ。
コンラートは素早く間合いを詰め、直前で軌道を変えた。背後を取る動きだった。
(ほう……)
ドルゴンは内心で感心した。
だが次の瞬間、ドルゴンの腕が伸び、コンラートの胸元を捉えた。
ドルゴンはそのままコンラートの体を持ち上げ、床へと叩きつけた。
「ぐはっ……!」
コンラートの全身に強烈な衝撃が走った。
「諦めるか?コンラート?」
ドルゴンが静かに問うた。
「……まだまだ……」
コンラートは息を荒くしながらも、ゆっくりと立ち上がった。
コンラートは息を整え、再びドルゴンへと踏み込んできた。
今度は低く潜り込むような動きだった。
だが、その動きもドルゴンには読まれていた。
ドルゴンの蹴りが、コンラートの腹部に突き刺さった。
「うぐぅ……!」
コンラートはその場で体を折り、床の上でうごめいた。しばらくのあいだ、呼吸を整えることもできず、苦しげに息を漏らした。
「まだ……まだだ……」
コンラートはそれでも、ふらつきながら立ち上がってきた。
すでにコンラートの足元は覚束ない状態であった。
(これまでか……)
ドルゴンがそう判断し、視線を外しかけた、その瞬間――コンラートはその一瞬を見逃さなかった。
コンラートは、最後の力を振り絞って踏み込んできた。
コンラートの拳が、ドルゴンの頬に触れた。
その直後、ドルゴンはコンラートの体を掴み、再び地面へと強く叩きつけた。
「がっ……」
コンラートの動きが止まる。
(今の一撃……気概は見た、見事だコンラート……)
ドルゴンが視線を落とした、その時だった。
「ぜえ……ぜえ……まだ……」
コンラートが、三度立ち上がってきた。
「コンラート兄ちゃん……もうやめて、死んじゃうよ!」
ミロが涙声で叫んだ。
「まだ……まだ……」
コンラートは応じるように言った。
もはや、コンラートの体は気力だけで支えられているような状態であった。
「……参った」
ドルゴンが言った。
「あっ……」
ヨアンはその一言に驚いて顔を上げた。ヨアンは、いつの間にか手に持っていた縄を取り落としていた。
「参った……儂の負けだ、コンラート」
コンラートはわずかに笑みを浮かべた。
「勝った……やったぞ……みんな……」
そう言いかけた瞬間、コンラートの意識は途切れ、その場に崩れ落ちた。
「コンラート兄ちゃん!」「わぁっ……」
ニル、ミナ、ミロが一斉に駆け寄り、コンラートの体にすがりついて泣き出した。
「ヨアン、先生を呼んできてくれ」
ドルゴンは、その様子を眺めながらヨアンに告げた。
「はい、フルシヤン」
しばらくして、エルドリンが眠そうな顔で現れた。
「なんじゃ……こんな夜更けに……うをっ、なんじゃこの子らは……」
「先生、この子に手当てをしてあげてください」
ドルゴンがコンラートを示した。
「おお……ずいぶんやられとるの……どれ、見せてみろ……」
その夜、コンラートはエルドリンの手当てを受けながら眠りについた。
ドルゴンは、子供たちがその側にいることを許した。
◆
――翌日。
ドルゴンはいつも通り仕事に出て、夕方にダルガへ戻った。
子供たちは誰も使っていない部屋にまとめて置かれ、ブリギッタとエルドリンが様子を見ていた。
「いま、戻った……」
「ああ……子供たちは文句を垂れておる」
エルドリンがそう答えた。
ドルゴンが部屋の扉を開けると、部屋の中から声が飛んできた。
「おい、だんな!閉じ込めてくれやがって、話がちがうじゃねえか!」
コンラートは寝台に横になりながらも、ドルゴンに向かって声を張った。
「元気そうだな、コンラート……こっちも仕事がある。文句を言うな」
ドルゴンはそう言いながら、コンラートの方へ歩み寄った。
「さて、コンラート……話がある」
「なんだよ」
「お前には、見上げた根性がある……どうだ、儂に仕えないか」
その言葉に、コンラートはしばらく黙った。
「役割は儂の護衛だ……危険は伴う。命がけになる。その代わり……お前の仲間たちの面倒は見る」
「……それ、本当かよ……こいつらだけじゃない。住処にはもっと大勢の仲間たちがいる。そいつらも面倒を見てくれるのかよ?」
コンラートが問い返した。
「ああ、本当だ……みんなまとめて儂のもとに来るがいい。コンラート、お前は気概のある仲間たちとともに儂の護衛を務めよ……そうすれば、お前の仲間たちは守られる」
ドルゴンは静かに言った。
二人はしばらく視線を交わした。
コンラートは、ニル、ミナ、ミロの三人の顔を順に見た。三人は不安そうにコンラートを見ていた。
コンラートは三人に向かって、安心させるように笑みを見せ、それからドルゴンに視線を戻した。
「……分かったよ。みんなを守れるなら……俺、だんなの子分になるよ」
「いいだろう。儂のことはフルシヤンと呼べ。様はいらんぞ」
「分かったよ、フルシヤン……ニル、ミナ、ミロ、お前達もだ」
「フルシヤン」
「……フルシヤン」
「……フルシヤン様」
子供たちは口々に呼びかけた。
ドルゴンはその呼びかけに目で応じ、ゆっくりと口を開いた。
「コンラート、お前に名を与える。お前の名は――ボーイ(満洲語で、家人・直属の従者の意)とする」
こうして、コンラートとその仲間たちは、ドルゴンの配下に加わることとなった。
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ダルガ構成員一覧(席次順)
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■ ドルゴン
通り名:フルシヤン
意味 :摂政・導く者
■ フカ
通り名:フカ※そのまま
意味 :黒
■ オズヴァルト
通り名:サンガ
意味 :金庫・倉庫
■ ヨアン
通り名:トロ
意味 :継ぐ者・次世代
■ エルドリン
通り名:ウルギ
意味 :知恵・策
■ ルーヴァ
通り名:イルゲン
意味 :光・ひらめき
■ ミルガ
通り名:ギーラ
意味 :噂
■ ラドウィン
通り名:モンゴ
意味 :力・剛勇
■ ブリギッタ
通り名:アマ
意味 :母
■ コンラート
通り名:ボーイ
意味 :家人・直属の従者
■ ??? ※席次不詳
通り名:ジェヘ
意味 :偉大なるもの・高貴な存在
■ ??? ※席次不詳
通り名:ヤンガ
意味 :影・闇
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ドルゴンという人物が好きで書いた妄想小説です。
楽しんで頂けたら幸いです。
次回:「ドラグンブラウ(前編)」2026/5/29 20時投稿予定
⇒創作が追いつかないため、2026/6/5 20時投稿予定に変更します




