第二.五章商会飛躍編 第31話「直臣ラナ(後編)」
あらすじ
清王朝初期、王朝拡大に大きな影響をもたらした摂政王ドルゴン。
徳川家康の孫にして、豊臣秀頼の正室・千姫。
権力の絶頂期に若くして急死したドルゴンと、
大坂夏の陣で落城寸前だった千姫は、
突如見知らぬ世界へと身一つで飛ばされる。
そこから成り上がる二人の物語。
千姫とドルゴンは策を巡らせて、ハルトマン商会を掌握する。
王宮の奥にあるという帰還の鍵を手に入れるために、
二人は王宮に近づくために商会を大きく飛躍させるべく動く。
主な登場人物
ドルゴン:清朝初期の権力者・摂政王
ハルトマン商会番頭に就任
千姫:徳川家康の孫・豊臣秀頼の正室 猫かぶりのお姫様
孤児の才女サラとして、商会長屋敷に潜入中
フカ:逃亡奴隷、ドルゴンにフカと名付けられる
河野:ドルゴンの部下となった日本人女性 人の醜聞を覗くことが生きがい
ヨアン:妹を買い戻すためにドルゴンの部下となった元丁稚の少年
エルドリン:繁華街で火起こしの術を披露している大道芸人 ダルガの食客
ルーヴァ:エルドリンの孫 聡明な頭脳と術師の血統を持つ
ブリギッタ:ダルガの管理人となった老婆
オズヴァルト:商会倉庫の荷役統括⇒倉庫長
ミルガ:娼館の呼び込みにして、自称街の情報屋
ラドウィン:小所帯の傭兵部隊の隊長
ラナ:洗濯婦として働く狼族の美しい少女 千姫の友達
マナ:ラナの母親
ミナ:ラナの妹
主な用語
ハルトマン商会:ドルゴン、フカが働いている商会
正社員:幹部
準社員:従業員
ダルガ:ドルゴンの屋敷、転じてドルゴンの私的組織
術わざ・奇跡の術:体内の血肉を違う形に変換する術のこと。街の人たちからは魔法と呼ばれる
「直臣ラナ(後編)」
狼族の獣人の少女ラナは、久々に再会した友人・千姫に「主人と会ってほしい」と頼まれ、
ハルトマン商会長の屋敷を訪れていた。
そして屋敷の主人の部屋に通されたラナの前に現れたのは、千姫その人であった。
千姫の姿は、先ほどまでの庶民の装いではなく、身だしなみの整った、品の伴った様相へと変わっていた。
「し、失礼しました!……そ、その……あんたが、いえ、あなたに沢山、その、なれなれしく……」
呆然としていたラナは我に返り、慌てて頭を下げた。
ラナは、自分が偉い立場の人物に無礼を働いていたのだと本気で思い込み、深く恐縮していた。
「ラナ、すまぬ!ちょっと驚かせてしまおうとしてしまったのじゃ。頭を上げてくれ」
千姫は慌ててラナに近寄り、その肩に手を添えて、頭を上げさせようとした。
「いえ、それは……」
だがラナは、頑なに頭を上げなかった。
ラナの身体が、目の前の存在を「偉い人」と認識し、頭を上げることを拒んでしまっていた。
「お主の前におるのは、お主の友達の“千”じゃよ。だから、お願いじゃから、頭を上げてくれ」
千姫はやわらかく言い聞かせた。
「本当に……本当にお千なのかい?」
ラナが恐る恐る問い返した。
「そうじゃよ、ほれ……」
千姫が軽く促した。
ラナはゆっくりと顔を上げ、千姫の姿を見た。
そこには、いつも通りの笑顔を浮かべた千姫が立っていた。
「お千……あんた、なんで……本当は、いい所の子だったのかい?
しゃべり方もいつもとなんだか違うし……」
ラナは少し落ち着きを取り戻しながらも、状況をまだ理解しきれていなかった。
「そういうわけではないのじゃがの……
……しゃべりは……こっちの方が話しやすいんじゃ……
まあ、話せば長くなる。
ほれ、こちらに来て座ってくれ。菓子を食べながら、ゆっくり話そうではないか」
千姫は穏やかにそう言って、席を勧めた。
「あ、ああ……」
ラナは千姫に促されるまま長椅子に腰掛け、勧められた菓子を口にした。
その菓子は、ラナがこれまで口にしたことがないほど甘味に富んだものであり、その味わいにもラナは思わず驚いた。
しばらくして気持ちが落ち着いたのち、千姫は自らの状況を語り始めた。
「妾はのう、この屋敷に雇われておったのじゃが……
ある日、この屋敷の主人である商会長殿が急に亡くなられてしまってのう。
そうしたら、屋敷ではカロリーネという夫人が力を持つようになってのう。
で、次の商会長は、前の商会長殿の一人娘であるお嬢様が継ぐことになったのじゃが、
カロリーネとそのお嬢様とは血がつながっておらんでの、前々から折り合いが悪かったのじゃ。
そこで、カロリーネはお嬢様を部屋に閉じ込めてしまっての……
お嬢様と背丈の似ていた妾は、カロリーネにより、公の場でのお嬢様の偽物としての役割を担わされてしまっておったのじゃ……」
千姫は、自分の置かれていた状況を、やや都合よく脚色しながら語っていた。
「そのカロリーネってのは、ひどい人だね……血がつながっていないにしても、娘を閉じ込めるなんて……」
ラナは千姫の話に強く感情移入し、カロリーネに対して憤りをあらわにした。
「で、じゃ……
ある日、商会の方で騒動があったらしくての、カロリーネはこの屋敷から急に出ていってしまったのじゃ。
妾は屋敷に取り残されてしまっての、お嬢様を探し回ったのじゃが、お嬢様もどこかに消え去ってしまっていたのじゃ……」
千姫が続けた。
「え、それは大変じゃないか……」
ラナが心配そうに声を上げた。
「そうなんじゃよ。お嬢様は大変お淑やかで可憐で、たいそうご立派なお方じゃった。
なので妾としても、何とかお嬢様を見つけ出して、商会長の座にお戻りいただきたいのじゃ。
での……妾としては偽物の役など早く降りてしまいたかったのじゃが、
今さら妾が偽物であったと知れれば、商会は大変なことになってしまうと、番頭どのから頼まれての。
今は、お嬢様が見つかるまでは仮初めの屋敷の主として、先ほどのコウノと一緒に屋敷を守っておる、というわけなのじゃよ……」
千姫の語りは、細部をぼかしつつも、大筋として現状を伝えるものとなっていた。
「お千……そうだったんだね……で、あたいはどうすればいいんだい?」
ラナは事情を聞き終え、自分が呼ばれた理由を確かめるように尋ねた。
「昨日も話した通りでの、妾としては、お嬢様を探し出して、何とか商会を正しい形でお継ぎいただきたいのじゃ。
そのためには、妾のせいで商会を潰してしまってはならぬと思っておるのじゃが……如何せん、人が足りぬ。
何とか、信頼できる者に味方となってほしいのじゃ。
そこでじゃ、ラナ。お主には妾の“直臣”という立場で、妾を手伝ってほしいのじゃよ」
千姫は、ラナに対し、商会長直属の「直臣」という立場を提示した。
「……話は何となくわかったよ……
あたいとしては、あんたに協力してあげたい……だけど……
仕事もあるし、母ちゃんやミナもいるし……」
ラナは迷いを見せていた。
「ラナ……いきなり申し出て、迷うのも無理はないぞ。
こちらとしても、ただで頼もうとは思っておらぬ。
仕事は住み込みになってしまうが、週末には帰って、マナ殿やミナちゃんにも会うことができる。
それにの、報酬もこのくらい出そうと思っておるのじゃ……」
千姫は具体的な条件を示した。
「えぇ……そんなにかい!」
千姫の提示した報酬は、ラナがこれまで得ていたものより何倍も多かった。
「だからの、ラナ……妾を手伝ってくれぬか……」
千姫は真摯な目でラナを見つめた。
ラナはしばらくその目を見返していた。
「お千……わかったよ。あたい、あんたを手伝うよ。
なるよ、その“じきしん”ってのに……」
ラナは、覚悟を固めたように答えた。
「ラナ……恩に着るぞ……」
千姫は安堵の声を漏らした。
その後、ラナは自分の決断を家族に伝え、仕事を辞めたうえで改めて屋敷を訪れることとし、その日は一度家へと帰っていった。
◆
そして――数日後、ラナは改めて屋敷へと戻ってきた。
「ラナ、よく来てくれたの」
千姫が穏やかに声をかけた。
「お千、これからよろしく頼むよ」
ラナが応じた。
ラナは改めて、千姫の前に通された。
「改めて紹介する。この屋敷の管理を任せておるコウノじゃ」
千姫がそう言って、側に控える女性を示した。
「ラナ様、コウノと申します。これからよろしくお願い申し上げますわ」
河野が丁寧に頭を下げた。
千姫は、コウノをラナの前に正式に紹介した。
「よろしくお願いします……コウノさん。
その、ラナ“様”ってのは……くすぐったいんで、あたいのことは“ラナ”って呼んでください」
ラナは、慣れない“様”付けは不要であると河野に伝えた。
「いえ、それはお立場にそぐいませんわ……」
河野が静かに否定した。
「お立場……?」
ラナが首をかしげた。
「はい。ラナ様は千姫様の“直臣”、私は“陪臣”となりますわ。
お立場としては、私よりもラナ様の方がお上ということになります」
河野が落ち着いた口調で説明した。
「ええ、そんな……あたいは、“じきしん”ってのは、てっきり、お屋敷の使用人か何かかと……」
ラナは困惑しながら千姫の方を振り向いたが、千姫は小さく首を横に振った。
「ですので、私は“ラナ様”とお呼びし、ラナ様は私を“コウノ”と呼び捨てにされるのが、お立場に即した呼び方となりますわ」
河野が淡々と続けた。
「それは……困ります。コウノさん……」
ラナは戸惑いを隠せなかった。
「……ラナ様」
河野は、わずかに語気を強めて圧をかけた。
「コ、コウノさ……コウノ……」
ラナは喉を詰まらせながら、なんとか言い直した。
「はい、よろしゅうございますわ……」
河野はそこで満足したようにうなずいた。
その様子を、千姫は確認して小さく頷いた。
「さて、ラナ……これからお主には、妾の直臣としてふさわしい姿になってもらうぞ……」
千姫がそう言ってラナに近づいた。
その表情は笑顔であったが、ラナにはどこか底知れぬもののように感じられた。
「お千……それは一体……」
ラナの声は自然とか細くなっていった。
「いいからいいから、妾たちに身を任せるのじゃ……」
「……ラナ様、お覚悟を……」
千姫と河野が揃って言った。
「お、お手柔らかに頼むよ……」
ラナは思わず身を引いたが、二人はじりじりと距離を詰めてきた。
◆
「い、いたたたたたた……!」
「ラナ様、我慢なさってくださいませ!」
ラナは激しい痛みに耐えきれず、大きな声を上げていた。
ラナは、千姫と河野に衣服を脱がされて身体を清められたのち、糸を用いた脱毛の施術を受けていた。
その痛みは非常に強く、ラナは顔を歪めながら何度も声を上げた。
「うぅ……ヒリヒリする……」
ラナが呻いた。
「さて、次に参るぞ……」
千姫が淡々と告げた。
脱毛の痛みが残る中でも、千姫と河野は休む間もなく施術を続けた。
髪の毛、耳、尻尾、爪は丁寧に整えられ、口の中も痛みを伴いながら徹底的に清掃された。
仕上げとして香油と化粧で整えられ、上品な衣装を身にまとわされると、ラナの施術はひとまず完了した。
「こんなものかのう……」
千姫が全体を見渡しながら言った。
「はい、すっかりお変わりになられております……」
河野が応じた。
午前中から始まった施術は、終わったころにはすでに夕方となっていた。
そこには、清楚で美しい一人の娘が立っていた。
ラナはもともと整った容姿の少女であったが、施術を受けたことで、その美しさに上品さが加わり、より洗練された姿へと変わっていた。
「お千……なんか、この姿は……落ち着かないよ……」
だが、ラナがそう言った瞬間、ラナの姿勢は崩れ、言葉遣いも相まって、せっかくの上品な雰囲気は一気に崩れてしまった。
その様子を見た千姫と河野は、思わず顔を見合わせた。
「ラナには、これから礼儀作法をしっかりと身につけてもらう必要がありそうじゃの……」
千姫が静かに言った。
「はい、そのようでございますわね……」
河野が同意した。
そのやり取りを、ラナはまたしても困惑したまま立ち尽くして聞いていた。
◆
やがて河野が部屋を離れ、室内には千姫とラナの二人だけが残った。
「お千、お屋敷には住み込みになると聞いていたけど、あたいはどこで寝ればいいんだい?」
ラナが遠慮がちに尋ねた。
「……ここじゃよ?」
千姫はためらう様子もなく答えた。
千姫が示したのは、同室での生活であった。
その部屋は、もともとはリリアが使っていた部屋であった。
「えぇ……そんな、めっそうもないよ……あたいは使用人の部屋で十分だよ……」
ラナは慌てて遠慮した。
「ラナ、“直臣”というのは使用人ではないぞ。
ラナはそれなりの立場なのじゃから、主と共に過ごしても構わぬのじゃよ……
それにの、妾はラナと一緒にいたいのじゃ……妾を一人にする気か?」
千姫がやや寂しげに言った。
「うぅ……わかったよ……それじゃあ……あたいは部屋の隅っこで寝させてもらうよ……」
ラナは精一杯の折衷案を出した。
「ならぬ……ラナは妾と同じ寝台で寝ればよいのじゃよ……」
千姫が静かに否定した。
「えぇ……お千、それは……本当に……」
ラナは顔を真っ赤にし、両手を前で振りながら、どうにか断ろうとした。
「なんじゃ、急に恥ずかしがって。この前は一緒に肌を寄せて寝たではないか?」
千姫がさらりと言った。
「それとこれとは……」
ラナは言葉に詰まった。
千姫に、ラナの家に泊まった時のことを指摘され、ラナは返す言葉を失った。
「嫌か……?」
千姫がラナを見つめた。
「……わかったよ。一緒に寝るよ……」
ラナはついに観念した。
「ふふっ……よろしい」
千姫が小さく笑った。
こうしてラナは、大きな戸惑いを抱えたまま、千姫の直臣として屋敷での新たな生活を始めることになった。
ドルゴンという人物が好きで書いた妄想小説です。
楽しんで頂けたら幸いです。
次回:「リリア屈服」2026/5/3 8時投稿予定




