第二.五章商会飛躍編 第28話「ダルガの夜(後編)」
あらすじ
清王朝初期、王朝拡大に大きな影響をもたらした摂政王ドルゴン。
徳川家康の孫にして、豊臣秀頼の正室・千姫。
権力の絶頂期に若くして急死したドルゴンと、
大坂夏の陣で落城寸前だった千姫は、
突如見知らぬ世界へと身一つで飛ばされる。
そこから成り上がる二人の物語。
千姫とドルゴンは策を巡らせて、ハルトマン商会を掌握する。
王宮の奥にあるという帰還の鍵を手に入れるために、
二人は王宮に近づくために商会を大きく飛躍させるべく動く。
主な登場人物
ドルゴン:清朝初期の権力者・摂政王
ハルトマン商会番頭に就任
千姫:徳川家康の孫・豊臣秀頼の正室 猫かぶりのお姫様
孤児の才女サラとして、商会長屋敷に潜入中
フカ:逃亡奴隷、ドルゴンにフカと名付けられる
河野:ドルゴンの部下となった日本人女性 人の醜聞を覗くことが生きがい
ヨアン:妹を買い戻すためにドルゴンの部下となった元丁稚の少年
エルドリン:繁華街で火起こしの術を披露している大道芸人 ダルガの食客
ルーヴァ:エルドリンの孫 聡明な頭脳と術師の血統を持つ
ブリギッタ:ダルガの管理人となった老婆
オズヴァルト:商会倉庫の荷役統括
ミルガ:娼館の呼び込みにして、自称街の情報屋
ラドウィン:小所帯の傭兵部隊の隊長
主な用語
ハルトマン商会:ドルゴン、フカが働いている商会
正社員:幹部
準社員:従業員
ダルガ:ドルゴンの屋敷、転じてドルゴンの私的組織
術わざ・奇跡の術:体内の血肉を違う形に変換する術のこと。街の人たちからは魔法と呼ばれる
「ダルガの夜(後編)」
食堂では肉の皿が回り、空気がわずかに緩んでいた。
食事の場ではエルドリンのみが晩酌をたしなんでいたが、
ドルゴンが酒を飲まないため、自然と酒を飲まないことがこの場の規則となっていた。
ただし、食事の場は情報交換の場でもあるため、皆の口数は自然と多くなっていた。
ミルガは頃合いを見極めて、口を開いた。
「そういや、最近嬢から聞いた話なんだが……変わった客がいたらしいんだよ」
フカは肉を噛みながら顔を上げた。
「へえ、どんな変な客なんだよ?」
「そいつは最近の穀物相場で大儲けした男らしいんだがね……」
ミルガは一拍置いてから続けた。
「その男、店を訪れて最初は最高級の嬢を指名したらしいんだ。
ところが、酒を注がせて……しばらくすると『違う』って顔をする」
ミルガは肩をすくめた。
「で、別の上等な嬢を呼んでも、やっぱり気に入らねえ」
「もったいねーな」
フカが即座に反応した。
「ああ、二人とも、童貞野郎なら一目見ただけでイッちまうような上物だ」
ミルガはフカを見て、少しニヤつきながら言った。
「あ? 誰が童貞野郎だって?」
フカはミルガの言葉に引っかかり、声をわずかに荒げた。
「フカ、落ち着け。ミルガ、お前もだ。話の腰を折るな」
オズヴァルトが冷静に割って入った。
「ああ、すまねぇ」「おう」
ミルガとフカはそれぞれ短く応じた。
「で、どうなったんだ?」
オズヴァルトは話の続きを促した。
「そうそう、店も意地になってな。年増だの、稚児だの、獣人だの、しまいにゃ男娼まで出してきたらしいんだ……」
「おじいちゃん、男娼ってなに?」
ルーヴァが小声でエルドリンに尋ねた。
「……うーむ、また今度教えよう……」
エルドリンは答えに窮しつつ、ミルガの方へ視線を向け、話の続きを待った。
「ところが、その男、全部ダメ」
ミルガは指を一本立てて強調した。
「何日も通って、毎回違うのを当てがわれるんだが、全部『違う』で終わる」
「……それは、何を求めていたのでしょうか?」
ラドウィンは静かに問いかけた。
「さあな……嬢たちも気味悪がって、だんだん避けるようになったらしい」
ミルガは笑いながら続けた。
「で、ある日、どうでもいいみたいな冴えねえ嬢が当てられたらしいんですがね」
フカは眉をひそめた。
「外れじゃねえか」
「ところが、その嬢、金の話にやけに詳しかったらしくてな……
その男の話に、ちゃんとついていけたらしいんすよ」
ミルガは少し身を乗り出して続けた。
「そしたらその男、急に機嫌が良くなってですね。
それまでと違って、ずっと話し込んでたらしいっす」
ミルガは笑みを深めた。
「で、とうとうその嬢と床に入って……翌日、帰り際にこう言ったらしいんすよ」
「……ほう、男は金の話が出来る相手を求めていた、ということか」
オズヴァルトは興味を示して言った。
ミルガはニヤリと笑った。
「『あの女は良かった……初めて愛を語ることができた』ってな」
一瞬、食堂に間が落ちた。
フカが吹き出した。
「はあ? 何言ってやがる」
ミルガも笑った。
「嬢たちも『あれ全部金の話だろ』って言ってたな」
エルドリンは杯を傾けながら、静かに呟いた。
「人によっては、それが愛なのかもしれんの……」
フカは鼻で笑った。
「くだらねえな。金の話で愛だとよ」
ミルガはすぐに乗った。
「童貞野郎は、そもそも語る前に終わりそうだけどな」
フカはミルガを睨んだ。
「うるせえ、もう童貞じゃねぇ」
食堂には笑いが広がった。
ドルゴンは話には加わらず、周囲が喋るのに任せていたが、その様子はどこか機嫌が良さそうであった。
ヨアンはミルガの下世話な話についていけず、やや口を開けたまま聞いていた。
ミルガはそのヨアンの様子に気がついた。
「ヨアン、商売をやるにはこういう話にも合わせられないといけないぜ。
そうだ、今度娼館に連れてってやるよ。格安でいい子をつけてやる」
「えーっと……」
ヨアンは返答に困った表情を浮かべた。
「おい、やめろ……ヨアンには、そういう話はまだするな」
見かねたオズヴァルトが止めに入った。
「いいじゃねえか、世の中何事も勉強だぜ。なあ、旦……」
ミルガは茶化すように言葉を続けたが、ドルゴンに視線を向けた瞬間、言葉が止まった。
「……まあ、この話はもうちょっとしてからだな……」
ミルガは明らかに声の調子を下げ、言葉を濁した。
「まったく、調子に乗るのも程々にしときなよ……」
ブリギッタは呆れた声を上げた。
◆
「あはは……フカ兄ちゃん面白ーい」
ルーヴァは大人たちに交じって会話に参加していた。
ルーヴァがドルゴンの客分であるエルドリンの孫であることは皆が知っており、他の者がルーヴァを軽んじることは自然と控えられていた。
「ねえおじさん、あんまり食べてないね。美味しくないの?」
ルーヴァは、ラドウィンが料理にあまり口をつけていない様子に気がついた。
「……とてもおいしいよ。おじさんは……今、あまりお腹が空いていないんだ……」
ラドウィンは言葉を選びながら返答した。
その様子にルーヴァは何かに気づいたらしく、隣にいたエルドリンの袖を引っ張った。
「のう、ラドウィンといったか。お前さん、家族がおるのか?」
エルドリンは自然な調子でラドウィンに問いかけた。
「はい、妻と息子がいます。息子はルーヴァ君より少し年下になります」
ラドウィンはそう言い、ルーヴァを優しい目で見つめた。
「……そうか。なあブリギッタの婆さん、今日の料理はおかわりはあるのかの?」
エルドリンはブリギッタに目配せをした。
「えぇ、たくさんあるよ……。あんた、たくさんお土産に包んであげるから、遠慮せずにお食べなよ……」
ブリギッタはエルドリンの含意を汲み取り、ラドウィンに言葉を向けた。
「……ご配慮ありがとうございます……」
ラドウィンはそう言い、ルーヴァから向けられている心配の視線に気づくと、さじを口に運んだ。
その様子を見たルーヴァは安心したように表情を緩め、自らも食事を進めた。
◆
「皆、聞いてくれ」
食事が一段落したところで、ドルゴンが口を開いた。
その言葉に、場の全員の視線が集まる。
「この秋から冬にかけて、我々の状況は大きく変化した。
今や、ハルトマン商会は我らダルガの手中となりつつある。
それには、お前たちの働きが大きかった。まずは、そこに感謝する」
ドルゴンはそう言って周囲を見渡した。
周囲の者たちは、その視線にそれぞれ視線で応じた。
「そして、ジェヘとヤンガにより、商会を完全に手中に収める日も遠くない」
(ジェヘ……? ヤンガ……?)
一同は、突然出された聞き覚えのない言葉に首をかしげ、互いに目を見合わせた。
だが、ドルゴンの言葉に口を挟む者はいなかった。ドルゴンはそのまま言葉を続けた。
「今後、我々は商会を現状よりさらに大きく飛躍させ、
そして王国の中枢へと深く食い込んでいくことになる」
その一言に、ダルガの面々はそれぞれ反応を見せた。
緊張を浮かべる者、期待に満ちる者、あるいは恐れをにじませる者と、反応は様々であった。
「その要となるのは、我らダルガの働きだ。各自、そのことを自覚して今後も任務にあたるようにせよ」
「おう」「はい」「ハッ」「はいよ」
ドルゴンの訓示に、面々はそれぞれの言葉で応じた。
◆
「じゃあ俺は、仕事があるんで失礼します」
ドルゴンの言葉が終わると、ミルガは早々にダルガから去っていった。
それを契機に、場は自然と解散の流れとなった。
「俺も街に行って飲み直してくるかな」
フカは立ち上がりながら言った。
「私もこの辺りで失礼します。お土産、ありがとうございました」
ラドウィンも続いて席を立った。
フカとラドウィンは、ミルガとそれほど間を置かずに帰っていった。
「ブリギッタさん、片付け手伝います」
「ルーヴァ、ありがとよ……さて、片付けるかね」
「ブリギッタさん、僕も手伝います。……オズヴァルトさん、あとで勉強の続きを教えて下さい」
ブリギッタ、ルーヴァ、ヨアンの三人は食事の片付けを始め、厨房へと向かっていった。
食堂には、ドルゴンとオズヴァルト、エルドリンが残った。
エルドリンは相変わらず、ちびちびと晩酌を続けていた。
「オズヴァルト、ヨアンの様子はどうだ?」
「ああ、よくやってるよ。仕事も勉強も熱心に取り組んでいる。
教えたことはすぐに身につけて、自分で考えて応用して動いていくんで、俺としても教えがいがある」
オズヴァルトは率直に答えた。
「春になったら、ヨアンには大きな仕事を任せようと考えている。
それに備えて、引き続きしっかり面倒を見てやってくれ」
「ああ、わかった」
オズヴァルトは軽く頷いて応じた。
その後、オズヴァルトはヨアンの勉強に再び付き合い、
夜遅くまで見届けてから帰路についた。
ダルガの夜は、それぞれの役割と距離感を保ったまま、静かに更けていっていた。
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ダルガ構成員一覧(席次順)
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■ ドルゴン
通り名:フルシヤン
意味 :摂政・導く者
■ フカ
通り名:フカ※そのまま
意味 :黒
■ オズヴァルト
通り名:サンガ
意味 :金庫・倉庫
■ ヨアン
通り名:トロ
意味 :継ぐ者・次世代
■ エルドリン
通り名:ウルギ
意味 :知恵・策
■ ルーヴァ
通り名:イルゲン
意味 :光・ひらめき
■ ミルガ
通り名:ギーラ
意味 :噂
■ ラドウィン
通り名:モンゴ
意味 :力・剛勇
■ ブリギッタ
通り名:アマ
意味 :母
■ ??? ※席次不詳
通り名:ジェヘ
意味 :偉大なるもの・高貴な存在
■ ??? ※席次不詳
通り名:ヤンガ
意味 :影・闇
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ドルゴンという人物が好きで書いた妄想小説です。
楽しんで頂けたら幸いです。
次回、2026/4/24 20時投稿予定
⇒2026/4/25 8時投稿予定




