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第二.五章商会飛躍編 第27話「ダルガの夜(前編)」

あらすじ

清王朝初期、王朝拡大に大きな影響をもたらした摂政王ドルゴン。

徳川家康の孫にして、豊臣秀頼の正室・千姫。

権力の絶頂期に若くして急死したドルゴンと、

大坂夏の陣で落城寸前だった千姫は、

突如見知らぬ世界へと身一つで飛ばされる。

そこから成り上がる二人の物語。


千姫とドルゴンは策を巡らせて、ハルトマン商会を掌握する。

王宮の奥にあるという帰還の鍵を手に入れるために、

二人は王宮に近づくために商会を大きく飛躍させるべく動く。


主な登場人物

ドルゴン:清朝初期の権力者・摂政王

     ハルトマン商会番頭に就任

千姫:徳川家康の孫・豊臣秀頼の正室 猫かぶりのお姫様

   孤児の才女サラとして、商会長屋敷に潜入中

フカ:逃亡奴隷、ドルゴンにフカと名付けられる

河野:ドルゴンの部下となった日本人女性 人の醜聞を覗くことが生きがい

ヨアン:妹を買い戻すためにドルゴンの部下となった元丁稚の少年 

エルドリン:繁華街で火起こしの術を披露している大道芸人 ダルガの食客

ルーヴァ:エルドリンの孫 聡明な頭脳と術師の血統を持つ

ブリギッタ:ダルガの管理人となった老婆


オズヴァルト:商会倉庫の荷役統括

ミルガ:娼館の呼び込みにして、自称街の情報屋

ラドウィン:小所帯の傭兵部隊の隊長



主な用語

ハルトマン商会:ドルゴン、フカが働いている商会

正社員:幹部

準社員:従業員


ダルガ:ドルゴンの屋敷、転じてドルゴンの私的組織

術わざ・奇跡の術:体内の血肉を違う形に変換する術のこと。街の人たちからは魔法と呼ばれる

「ダルガの夜(前編)」


ドルゴンがハルトマン商会の番頭に就いてからしばらくが経ち、

季節は冬となっていた。


「色街では、ハルトマン商会が奇跡的な復活を遂げている、なんて噂が回ってますぜ」


ダルガには情報屋ミルガが訪れ、ドルゴンに市況の報告を行っていた。


大豊作の予想を受け、王都の穀物価格は一時大きく下落した。

しかし農民反乱により供給不安が生じると、価格は一転して急騰する。


その中でドルゴンは農民から穀物を確保し、市場への供給を回復させた。

これにより価格の過度な高騰は落ち着いたものの、

人々は不安から穀物を多く抱えようとしたため、穀物価格はなお高値圏を維持していた。


ドルゴンは、農民たちの負債について、それまでの市場価格に連動した返済条件を改め、

穀物の納入をもって基本的に返済完了とする特別措置を取った。

この対応は農民たちにとって、商会が誠意を示したものとして受け取られた。


だが実際には、穀物価格の上昇によって、商会は貸付金を焦げ付かせることなく回収することに成功していた。


一方で、農民反乱への対応により商会の手元資金は大きく減少していたが、

高値となった穀物を大量に在庫として保有することで、帳簿上の資産の目減りは回避された。


その結果、商会の信用は回復し、保有する穀物を担保とした手形を発行することで、

資金繰りを維持することが可能となっていた。


結果として、商会は短期間で驚異的な回復を遂げていた。

王都の人々は、農民反乱を乗り越えたとはいえ、ハルトマン商会は当面低迷を余儀なくされるだろうと見ていたが、

商会の回復は、その予想に反するものであった。


この立て直しを主導した新任の番頭ドルゴンの手腕に、

王都の商人たちは驚愕とともに強い関心を寄せることとなった。


「何か、悪い評判は広まっていないか?」


ドルゴンは机に手を置いたまま、視線をミルガに向けて問いかけた。


「そうっすね……前商会長の突然の死は、夫人が仕組んだ権力の乗っ取りじゃないか、なんて話は、一部では根強く言われてるっす。

 現番頭の……その……ドルゴンが、それに協力していたとも言われてるっすね」


ミルガは言葉を選びながら、眼の前にいるドルゴンの悪評を報告することに、わずかにためらいを見せた。


「……」


ドルゴンはすぐには答えず、わずかに視線を落として考え込んだ。


「どうしますか? 悪い噂を打ち消すために、この前みたいに別の噂を流す、なんてことも……やれなくはないですが」


ミルガは様子をうかがうように続けた。


「……いや、今はそれはやめておけ。この手の噂は、常に起きうるものだ。

 この噂が大きく広まっていないかを見張っておくことだ。

 それと、この噂の出所も調べておけ。商会関係者が意図的に流しているようなら、対処しておく必要がある」


ドルゴンは落ち着いた調子でそう告げた。


「承知っ!」


ミルガは即座に応じた。


(……この人は、何も語ることはないだろうが……真相はどうなんだろうな……)


ミルガは軽快な返答の裏で、眼の前にいるドルゴンの底の見えない闇を感じ取っていた。


「ミルガ、今日は夕食に皆集まる。食っていけ」


ドルゴンは短く付け加えた。


「へへっ、それじゃあ御相伴に預かります」


ミルガは軽く笑みを浮かべて応じた。


ミルガはそのやり取りを終え、ドルゴンの部屋を後にした。


ミルガに入れ替わる形で、傭兵隊長ラドウィンが部屋に入ってきた。


ミルガは食堂へと足を向ける。

食堂では、オズヴァルトがヨアンの勉強を見ていた。


オズヴァルト、ミルガ、ラドウィンは、ドルゴンの配下となり、ダルガに出入りするようになっていた。


ハルトマン商会の倉庫で準社員として働いていたオズヴァルトは、その実務能力を見込まれていた。

彼自身も商会内ではコネが薄く、能力に見合わない不遇な状況に置かれていたことに不満を抱いており、

その中で実力でのし上がるドルゴンに可能性を見出し、早い段階から接近していた。

現在では、ドルゴンが商会の番頭に就いたことで生じた空席に繰り上がる形で王都の倉庫長に就任し、

出世を果たして商会の正社員――すなわち幹部の一人となっていた。


王都の色街で客引きをしていた自称情報屋ミルガは、その情報収集能力を買われていた。

当初はドルゴンの依頼で、情報を集めたり、噂を流したりする役目を担っていたが、

次第にその要求の水準は高まっていった。

ミルガは、それに伴い得られる報酬が増えていくこと、そして何より情報を司るという行為そのものにやりがいを見出していた。

やがてミルガは、罪を負うような引き返せない領域に足を踏み入れており、

気が付けば、ドルゴンの支配下に置かれるようになっていた。


十名の小所帯の傭兵部隊を率いていたラドウィンは、

グライフェン地方の農民反乱が終結した後、

自らドルゴンの配下となることを願い出た。

ドルゴンは、配下に入るにあたり、どのような汚れ仕事でも引き受ける覚悟があるかを問うた。

それに対してラドウィンは、幼い息子が真っ当に生きられる道を用意してもらえるのであれば、その覚悟があると応じた。

ドルゴンは、ラドウィンの息子に対して商会による高待遇での仕事の斡旋を約束し、

ラドウィンは自らの傭兵部隊を引き連れる形でドルゴンの配下となった。

それ以来、ラドウィンの傭兵部隊はダルガの暴力装置として、

商会内外のいざこざにおいて暗躍するようになっていた。


三人には、それぞれ次の通り名が与えられていた。

オズヴァルトには、“サンガ(満洲語で、金庫・倉庫の意)”

ミルガには、“ギーラ(満洲語で、噂の意)”

ラドウィンには、“モンゴ(満洲語で、力・剛勇の意)”



ミルガはその脇を通り抜け、厨房へと足を伸ばした。


厨房では、ダルガの管理人であるブリギッタが、大鍋の前で忙しく立ち働いていた。


鍋の中では肉の煮込みがとろりと湯気を立て、脇の窯では脂を滴らせた肉の塊がじりじりと焼き上がっている。

どちらも油をたっぷり使った、重い料理であった。


ブリギッタの傍らでは、ルーヴァが皿を並べ、出来上がった料理を受け取っていた。


「ルーヴァ、それはこっちに寄せな。汁をこぼすんじゃないよ」


ブリギッタは鍋をかき混ぜながら声をかけた。


「はい、ブリギッタさん」


ルーヴァは皿の位置を直しながら応じた。


そのとき、厨房の入口からミルガが顔を覗かせた。


ミルガは鼻をひくつかせ、鍋の匂いを確かめるようにゆっくりと中へ入ってくる。


「ずいぶんいい匂いだな、ばあさん。今日はまた、えらく気合いが入ってるじゃねえか」


ミルガはそう言いながら、皿に盛られた肉へと手を伸ばした。


ブリギッタはその手を軽く叩いた。


「あんた、まだ出来上がってないよ」


「少しくらいいいだろ。味見だ、味見」


「よくないね。みんなが食べる分が減っちまうよ」


ブリギッタは淡々と返した。


ミルガは肩をすくめながら手を引っ込めた。


やがて、煮込みも窯焼きもひと通り仕上がる。


ブリギッタは鍋の火を弱め、皿を指で示した。


「ルーヴァ、それとこれを食堂に運びな」


「はい」


ルーヴァは皿を持ち上げた。


ブリギッタは続けてミルガの方にも視線を向けた。


「あんたもだよ」


「俺もか?」


ミルガは少し眉をひそめた。


「手が空いてるだろう」


ブリギッタは短く言った。


ミルガは一瞬だけ顔をしかめたが、皿を一枚持ち上げた。


「はいはい、やればいいんだろ……」


ミルガはルーヴァにおどけた顔を向けつつ、料理を食堂へと運んでいった。



食堂の一角では、オズヴァルトがヨアンの隣に立ち、帳面を覗き込んでいた。


ヨアンは机に向かい、丁寧な手つきで数字を書き込んでいる。


「ヨアン、この仕訳はどう見る」


オズヴァルトは指で帳面の一行を示した。


ヨアンは少し考えてから口を開いた。


「借方と貸方が逆になっています」


「そうだ。数字は合っていても、意味が違うと帳尻は合わなくなる」


オズヴァルトは静かに言った。


ヨアンは頷き、書き直しを始めた。


その少し離れた席では、エルドリンが小さな杯を傾けていた。


エルドリンはヨアンの様子を眺めながら、ゆっくりと口を開いた。


「若者は勉強熱心でよいことじゃな」


エルドリンの言葉に、ヨアンもオズヴァルトも特に反応を示さず、作業を続けた。


エルドリンはそれ以上何も言わず、また杯に口をつけた。


そこへ、食堂の扉が開き、ルーヴァとミルガが料理を運び込んでくる。


煮込みの皿と、窯焼きの肉が次々と卓に並べられていく。


オズヴァルトはその様子を見て、ヨアンに声をかけた。


「ヨアン、一旦ここまでにしよう。勉強も大事だが、腹が減ってはなんとやらだ」


「はい」


ヨアンは筆を置き、帳面を閉じた。


そのとき、ダルガの玄関に人影が現れ、そのまま食堂へと向かってきた。


「おおー、あったけー、生き返るぜ……。おっ、今日はご馳走だな」


フカはそう言いながら食堂に入ってきた。


「フカ、鼻が効くな。これからちょうど食べるところだ」


オズヴァルトが声をかけた。


「おう、いいところに来たってわけだ」


フカは軽く手を上げて応じた。

近所に住んでいるフカが食事にありつきに来ていた。


フカは自分の指定席に腰を下ろした。


ほどなくして、ラドウィンが食堂に入ってきた。


ラドウィンは周囲を見渡した。


ブリギッタはラドウィンに目を向けて声をかけた。


「フルシヤンはどうしてる?」


「はい、もう少ししたら来られるとのことです」


ラドウィンは姿勢を正して答えた。


「そうかい……全く、早く来ないと冷めちまうよ」


ブリギッタは遠慮なくドルゴンへの愚痴を口にしつつ、卓の配置を整えた。


ラドウィンは静かに末席に腰を下ろした。


全員が席につき、しばらくドルゴンを待つ形となった。


料理の香りが静かに広がる中、ラドウィンがブリギッタに向き直った。


「ブリギッタ殿、本日は、この場に加わることができ、光栄です」


ラドウィンは丁寧に頭を下げた。ラドウィンはこの食事に初めて参加していた。


ブリギッタはその様子を見て、肩をすくめるように言った。


「そんな堅苦しいものじゃないよ。ただ皆で集まって食べるだけさ」


ラドウィンは「はい」と短く応じ、周囲を見渡しながら、やや固かった姿勢を少し緩めた。


ダルガで皆が集まって食事をするのは、ブリギッタが言う通り、当初はこの屋敷の住人たちが集まって食べるだけのものであった。

そのうちに、近所に住んでいるフカが顔を出すようになり、

ダルガの住人ではないオズヴァルトとミルガがドルゴンへの報告のついでに食事を取るようになり、

今ではこうしてダルガに集まって食事をすることは、ドルゴンの私的組織としての“ダルガ”の構成員であることを意味する行為へと変わっていた。


やがて、食堂の扉が再び開き、ドルゴンが姿を現した。


ドルゴンは一同を見渡し、席に腰を下ろした。


「アマ、美味そうだな」


ドルゴンは料理を一瞥したのち、ブリギッタに視線を向けて言った。


「ふん、当たり前さね。手を抜いた覚えはないよ」


ブリギッタは得意げな顔で応えた。


その場の一同は、それぞれブリギッタに軽く頭を下げた。


「では、いただこう」


ドルゴンの言葉を合図に、ある者は静かに祈りを捧げ、ある者はそのまま手を伸ばし、食事が始まった。


ドルゴンという人物が好きで書いた妄想小説です。

楽しんで頂けたら幸いです。


次回、2026/4/17 20時投稿予定

→2026/4/17中に投稿します。

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