第二章商会乗っ取り編 第26話「商会乗っ取り」
あらすじ
清王朝初期、王朝拡大に大きな影響をもたらした摂政王ドルゴン。
徳川家康の孫にして、豊臣秀頼の正室・千姫。
権力の絶頂期に若くして急死したドルゴンと、
大坂夏の陣で落城寸前だった千姫は、
突如見知らぬ世界へと身一つで飛ばされる。
そこから成り上がる二人の物語。
流れ着いたローデン王国王都フィオレンツにて、
荷役として働き始めたドルゴンは才覚を発揮し、
遂にハルトマン商会の王都倉庫長として正社員に就任する。
その裏で、王宮の奥にあるという帰還の鍵を手に入れるために、
二人は商会乗っ取りに向けて動き出す。
主な登場人物
ドルゴン:清朝初期の権力者・摂政王
千姫:徳川家康の孫・豊臣秀頼の正室 猫かぶりのお姫様
孤児の才女サラとして、商会長屋敷に潜入中
フカ:逃亡奴隷、ドルゴンにフカと名付けられる
河野:ドルゴンの部下となった日本人女性 人の醜聞を覗くことが生きがい
ヨアン:妹を買い戻すためにドルゴンの部下となった元丁稚の少年
エルドリン:繁華街で火起こしの術を披露している大道芸人 ダルガの食客
ルーヴァ:エルドリンの孫 聡明な頭脳と術師の血統を持つ
ブリギッタ:ダルガの管理人となった老婆
リリア:ハルトマン商会長の一人娘 我儘お嬢様
カロリーネ:ハルトマン商会長夫人 ドルゴンと不貞の関係になる
エーバーハルト:ハルトマン家家宰
フロレンツィア:リリアの養育係
商会長:ハルトマン商会会長 不審死を遂げる
ベッセル:ハルトマン商会番頭
アグリオス:ハルトマン商会 農村統括長
カール:商会長の叔父、商会正社員
ラインホルト:リューデン商館長(商会支店長)ドルゴンの元上司
主な用語
ハルトマン商会:ドルゴン、フカが働いている商会
正社員:幹部
準社員:従業員
ダルガ:ドルゴンの屋敷、転じてドルゴンの私的組織
術わざ・奇跡の術:体内の血肉を違う形に変換する術のこと。街の人たちからは魔法と呼ばれる
「フロレンツィア追放」
葬儀の翌日、遠方からの参列者たちは次々と帰路についていった。
ただし、ラインホルトをはじめとした遠方から来ていた商会の正社員たちは、
次回の決済会議で新しい商会長のもとでの人事が決まる見込みであったため、王都での滞在を延ばしていた。
屋敷と商会は、葬儀の後片付けに追われた。
――その翌朝、カロリーネはリリアの養育係であるフロレンツィアを呼び出した。
「フロレンツィア、朝早くに呼び立ててしまってすまないわね」
「いえ、奥様。お呼びとあらば……ご用件をお聞かせいただけますでしょうか」
「ご存知の通り、リリアがハルトマン商会の新しい商会長となりました」
「はい……承知しております」
「商会長となった以上、あの子の教育は、その重責を担えるよう、これまで以上に厳しいものとする必要があります」
「はい……その点は、重々承知しております……」
フロレンツィアは、話の核心がまだ見えず、言葉を選びながら応じていた。
「そこで、この機に、あの子の養育係を改めます。
あなたには、タンネンリートの屋敷の管理人を命じます」
タンネンリートは、王都から離れた田舎の保養地にある別邸であった。
しかし、現在ではその使用実績はほとんどなく、実質的には放置された屋敷に近い。
それは、カロリーネからフロレンツィアへの左遷命令であった。
「奥様、それは……あまりにも急でございます。私にはまだ、お嬢様に果たすべき務めが――……」
「ここ数年、あの子の態度はあまりにも目に余るものでした。
その責任は、養育係であるあなたにあるのではありませんか、フロレンツィア?」
「……確かに、お嬢様は難しいご気性をお持ちです。
ですが、あの方は聡明なお方です。根気強く向き合えば、必ずや本来の優しさを育てていただけるはずです」
「あなたが、そうやって甘やかしてきたから、あの子がつけあがったのです」
「私の養育係としての立場は、エリーザ様のたってのお願いで……それは旦那様もお認めになって――」
その言葉を口にした瞬間、カロリーネの視線は鋭く険しいものへと変わった。
フロレンツィアは、その言葉がこの場で最も口にしてはならないものであったことに気づき、言葉を途切れさせた。
フロレンツィアは、リリアの実母である商会長の前妻エリーザに近い立場の者であった。
エリーザは亡くなる直前、フロレンツィアにリリアのことを託していた。
それ以来、フロレンツィアはリリアの養育を自らの使命として生きてきた。
フロレンツィアから見れば、リリアの気性の荒さは、実母を失ったこと、そして思春期に入ったことに起因する一時的なものであり、
年を経ればリリアは成長し、やがて落ち着きを取り戻すと考えていた。
そのためには、時間をかけ、根気強く向き合う養育が必要であると信じていた。
お話し相手が次々に辞めていった件についても、フロレンツィアはカロリーネとは異なる見解を持っていた。
カロリーネは、あくまでリリアのためを思い、お話し相手を選んでいたつもりであった。
しかし、フロレンツィアの目には、辞めていった者たちはリリアとの相性が合わず、
家柄や礼儀の良さだけを基準に選ばれているように映っていた。
フロレンツィアからすれば、カロリーネのそのような態度は、
リリア本人にきちんと向き合おうとしない独善に近いものであり、
その結果としてリリアが反発を示すのも無理のないことであった。
唯一、現在のお話し相手であるサラだけは、リリアに真摯に向き合っているように見えており、
フロレンツィアはその様子に、かすかな期待を寄せていたのであるが……
そして、フロレンツィアの養育係としての立場は、商会長自身も認めていたものであり、カロリーネにとっても容易に手を出せない領域であった。
しかし、すでに商会長はこの世にいない――。
フロレンツィアは、リリアが新しい商会長となった今、自身がその養育係として留まることは、
カロリーネにとって最大の政敵が自分になることを意味するのだと理解した。
カロリーネが自分をリリアから遠ざけようとすることは、ある意味で自然な成り行きであるとも言えた。
「入ってきて」
カロリーネは呼び鈴を鳴らした。
「奥様、失礼いたします」
女性が一人、静かに入室してきた。
「あなたは……」
フロレンツィアは、その人物を屋敷の使用人の一人として認識していた。
「新しいリリアの養育係には、こちらの河野を付けます」
「フロレンツィアさん、これまでのご苦労に敬意を表します。
これよりは、リリアお嬢様のことは私にお任せくださいませ」
河野はそう言って、フロレンツィアに向けて不敵に微笑んだ。
河野信子――ドルゴンの配下となったこの女は、ドルゴンの屋敷から姿を消したのち、
千姫がリリアの話し相手として採用される前に、
ドルゴンからカロリーネへ「カロリーネ様の駒としてお使いください」と差し出されていた。
その後、河野は商会長屋敷に使用人として働きながら、
カロリーネや千姫がドルゴンと連絡を取る際の連絡係として密かに動いていた。
無論、カロリーネは河野と千姫の繋がりについては知る由もない。
「奥様、この者は危険です。お嬢様に近づけてはなりません……どうかお考え直しを」
フロレンツィアは河野の危うさを直感的に感じ取り、必死に訴えた。
その言葉は、自身の保身ではなく、純粋にリリアを案じる心から発せられていた。
「黙りなさい。すでに馬車は用意してあります。
早々にタンネンリートへ向けて出立しなさい。
荷物は後ほど届けさせます。……来て頂戴」
カロリーネがそう言うと、数人の屈強な男たちが部屋へと入ってきた。
その者たちは、ドルゴンから遣わされたラドウィンの傭兵団の者たちであった。
フロレンツィアに抵抗する術は残されていなかった。
「奥様……せめて、お嬢様とお別れをさせてください……どうか、それだけでも……!」
フロレンツィアは涙ながらに訴えた。
「なりません……連れて行ってちょうだい」
カロリーネの表情には何の感情も浮かんでいなかった。
彼女は感情を切り離し、この事態に対処していた。
「承知いたしました、奥様……フロレンツィア殿、こちらへ」
「ううっ……お嬢様……どうか、ご無事で……」
フロレンツィアは抵抗を諦め、男たちに付き添われる形で部屋を出た。
そのまま馬車に乗せられ、フロレンツィアは屋敷を後にした。
「リリア軟禁」
その日、リリアはぼんやりと目を覚ました。
いつもであれば、フロレンツィアが起こしに来てくれる。
そしてリリアは、それに対して嫌々ながらも応じて起きるのが常であった。
父親が亡くなって以降、リリアは心にぽっかりと空白を抱えたまま日々を過ごしていた。
それでも、フロレンツィアがそばにいることで、どうにか日常を保ってこられていた。
リリアはしばらく待ってみたが、誰も部屋を訪れなかった。
不審に思ったリリアは部屋の外へ出ようとしたが、扉は固く閉じられており、開けることができなかった。
「ねえ、誰かいないの? 開けてよ……フロレンツィア、サラ! そこにいるんでしょう?」
リリアは扉を叩きながら呼びかけたが、外からの反応はなかった。
リリアは何度か叩いた後、やがて力なくその手を下ろした。
しばらくして、部屋の扉が静かに開いた。
「フロレンツィア!……なんでこんなこと……! ……あなた、誰?」
リリアはフロレンツィアが入ってきたと思い込み、怒りを含んだ声を上げた。
しかし、現れた人物が見知らぬ顔であったため、その勢いはすぐに萎んだ。
その顔は屋敷の使用人の一人として見覚えがあったが、名前までは知らなかった。
「お嬢様、私、本日より新しくお嬢様の養育係となりました河野と申しますわ。
どうぞお見知りおきを、よろしくお願い申し上げます」
「あんたなんて知らないわよ! フロレンツィアは? フロレンツィアはどこにいるの?」
リリアは河野を強く拒絶し、フロレンツィアの名を呼び続けた。
今のリリアにとって、心の拠り所はフロレンツィアただ一人であった。
リリアはそのまま部屋の外へ出ようとしたが、河野がリリアの腕を強く掴み、その動きを止めた。
「痛っ……!」
「お嬢様、どうかお静かに。
フロレンツィアさんは遠方へと旅立たれました。……もうお会いすることは叶わないかと存じますわ」
河野は淡々とした口調でそう告げた。
その声には感情の揺らぎがほとんど感じられなかった。
リリアは、その河野の表情に得体の知れない不気味さを感じ取り、ただその場で怯えることしかできなかった。
◆
「ねえ、あなた……部屋から出しなさいよ。ここから出るのは私の自由でしょう?」
「いえ、お嬢様。奥様がお許しになりませんので、このお部屋からはお出しできません」
新しくリリアの養育係となった河野により、リリアは自室に軟禁された。
食事の内容などが変わったわけではない。
リリアの身の回りの世話も、河野は滞りなくこなしていた。
だが、フロレンツィアのそれとは違い、河野の世話は終始機械的で、温もりを感じさせない対応であった。
リリアは普段から部屋に籠もりがちではあったが、
自分の意志で部屋から出られないという状態は、リリアの心に強い閉塞感をもたらしていた。
さらに、河野はリリアの命令を聞く存在ではなかった。
リリアが何か命じても、河野は「奥様がお許しになりません」と繰り返し、ほとんどの命令を退けた。
これまでリリアが我儘なお嬢様でいられたのは、その命令を実際に遂行するフロレンツィアがいたからであった。
フロレンツィアがいなくなったことで、屋敷の使用人たちはリリアの言葉を重く受け止めることはなくなっていた。
リリアは、屋敷の中で孤立した存在となってしまった。
唯一、家宰のエーバーハルトだけはリリアのことを案じていたが、
男性であることを理由に、リリアの部屋に近づくことをカロリーネから禁じられていた。
河野がリリアの養育係となって数日後――
(あれから数日……誰も部屋を訪れてこない……どうして、こんなことになったの……
周りの大人は誰も、私の言うことに耳を貸してくれない……
お父様……フロレンツィア……私は、どうすればいいの……)
リリアは部屋に閉じこもり、考えを巡らせていた。
リリアの直感では、父親を殺害したのはドルゴン、そしてカロリーネであった。
葬儀の日、そのことを大声で訴えた。リリアの中では、それで周りは自分の声を聞いてくれ、
二人は罰せられるはずであった。
だが、事態はリリアの思う通りには進まなかった。
少女は世界が自分の思い通りにならないことを知った。
(……思ったことを口に出すだけではダメなのね……)
塞ぎ込みすぎた頭はかえって冴え、様々な思考が絶え間なく浮かんでは消えていった。
そのとき、部屋の扉が開いた。
リリアは現れた人物の顔を見て、強く反応した。
「サラ……! 今まで、どこで何をしていたのよ……どうして来なかったの!」
リリアのお話し相手であるサラ――その正体である千姫が、部屋に入ってきた。
リリアは怒りを露わにしたが、久しぶりに見た顔に、心のどこかで安堵がにじんでいた。
「お嬢様、申し訳ございません。
奥様のご命令により、このお部屋に近づくことが許されておりませんでした」
千姫は形式的に謝罪したが、その声音には謝意の温度は感じられなかった。
「あなた……本当に申し訳ないと思っているの……? サラ、あなた……様子が……」
リリアは感情をぶつけようとしたが、千姫に対する違和感に気づき、その言葉を途中で止めた。
目の前の”サラ”の姿は、これまで見慣れてきた庶民的で地味な姿ではなく、
どこか垢抜け、洗練された美しさをまとっていた。
そこへ、河野が部屋に入ってきた。
「サラさん、時間がございません。始めますわよ」
「はい、河野さん」
「お嬢様は、少し下がってお待ちくださいませ。お手元を煩わせますので」
河野はリリアを一歩下がらせると、サラの身支度を始めた。
河野は部屋の衣装棚から喪服を取り出し、千姫に手際よく着替えを施した。
「ちょっと……それは、私の服でしょう……? 何をしているの……!」
リリアは声を上げたが、その声は二人の作業を止めることはできなかった。
「ふむ……似合うかの?」
「はい、大変よくお似合いでございます」
千姫の問いかけに河野は即座に応じた。
そのやり取りには、明確な主従の関係が見て取れた。
「サラ、準備は出来ましたか?」
カロリーネ付きの側女であるマルタが、扉を開けて声をかけた。
「はい、ただいま参ります」
千姫はそう返事をすると、ゆっくりとリリアの方へ向き直った。
「では、お嬢様……行って参ります」
千姫はそう言って膝を折り、形式的に一礼すると、そのまま向きを変えて扉へと向かった。
その瞬間、リリアは千姫の表情を見た。
そこには、どこか勝ち誇ったような微かな笑みが浮かんでいた。
「ちょっと……サラっ……待ちなさいよ……!」
リリアは千姫を呼び止めようとしたが、その動きを河野に抑えられた。
そして、扉は静かに閉じられた。
「商会乗っ取り」
カロリーネに伴われて、千姫はハルトマン商会の本館へと向かった。
その日――
ハルトマン商会では、新しい商会長を迎えての初めての決済会議が開かれることとなっていた。
集まった商会の正社員たちはざわめきながら、新しい商会長の到着を待っていた。
その場には、普段はあまり参加しない遠方の支社の者たちも顔を揃えており、会議室は手狭に感じられるほどであった。
「ご到着でございます」
扉係が大声で報せた。
その瞬間、会議室にいた者たちは一斉に立ち上がり、場は静まり返った。
扉が開かれると、喪服に身を包んだカロリーネと、一人の少女が姿を現した。
二人は静かに進み、部屋の中央に設えられた席の前へと立った。
前商会長の叔父であり、この会議の議長を務めるカールは、
カロリーネ越しに、新しい商会長となった少女へ一瞬視線を向けた。
その少女は喪服に覆われ、髪と顔は被り布で完全に隠されており、表情は判然としなかった。
だが、カロリーネが伴っているという事実こそが、その少女がリリアである何よりの証であった。
「皆さま、ご着席ください……奥様、一言お願いできますかな」
カールは場に着席を促し、商会長の後見人であるカロリーネに発言を求めた。
「皆様、本日はご多忙のところお集まりいただき、誠にありがとうございます。
このたび、先代の遺志を継ぎ、娘リリアが新たに商会長の任を担うこととなりました。
まだ若輩ではございますが、皆様のお力添えを賜りながら、商会を支えていければと存じております。
私も後見人として、商会長を補佐し、商会の運営に努めてまいります。
先の動乱により、商会の基盤は少なからず揺らぎました。
だからこそ今は、皆様のお力を一つにおまとめいただき、
新たな体制のもとで歩みを進めていくことが肝要かと存じます。
本日の会議では、今後の体制と人事について、皆様のお知恵をお借りしながら整えてまいりたく思います。
どうぞ忌憚のないご意見をお聞かせくださいませ」
しばらくの沈黙の後、挙手が上がった。
「リューデン商館長ラインホルト殿、どうぞ」
カールはラインホルトに発言を促した。
「リューデン商館長のラインホルトでございます。
新商会長リリア様におかれましては、このたびのご就任、誠におめでとうございます。
微力ながら、今後とも商会のために尽力してまいる所存にございます。何卒よろしくお願い申し上げます。
さて、本日の人事について一言申し上げたく存じます。
先の危機におきまして、穀物の確保および物流の立て直しにおいて中心的な役割を果たされたのは、ドルゴン殿であったと承知しております。
現場の指揮、迅速な判断、そして結果として商会を支えられた実績は、皆様もご存知の通りでございます。
このような時期においては、実務に通じ、既に成果を示している人物を中枢に据えることが肝要ではないかと考えます。
つきましては、僭越ながら、ドルゴン殿を新たな番頭としてお迎えすることを、一案としてご検討いただければと存じます」
ラインホルトは、ドルゴンの番頭就任を支持する発言を行った。
周囲には大きく頷く者たちの姿が見受けられた。
一方で、それを快く思わないベッセル派の者が手を挙げた。
「恐れながら、一言申し上げます。
これまで番頭を務めてこられたベッセル殿の手腕と実績は、長年にわたり商会を支えてきたものでございます。
今回の一件においても、状況が複雑に推移したことは事実であり、
一時の結果のみをもって、その評価を大きく変えるのはいささか早計ではないかと存じます。
むしろ、このような時期であるからこそ、これまでの体制を大きく崩すことなく、
経験ある者を中心に据えて安定を図ることが肝要ではないでしょうか。
その上で、新たな人材を補佐として配置するなど、段階的に体制を整えていくことも一案かと考えます」
その意見に賛同する者も少なくなかった。
番頭ベッセルのこれまでの功績は大きく、会議室には元ベッセル派の人物も多く存在していた。
しかし、反乱鎮圧の失敗と前商会長の死は、ベッセルの権勢を大きく削いでいた。
ラインホルトは再び挙手した。
「ご意見、もっともに存じます。
ベッセル殿がこれまで商会を支えてこられたご功績については、私も深く敬意を抱いております。
ただ一方で、今回の反乱への対応において、現場の統制が十分に行き届かなかった面があったことも、また事実かと存じます。
状況が困難であったことは理解しておりますが、結果として商会が大きく揺らいだことは否めません。
このような局面においては、これまでの実績に加え、
直近の危機において成果を示した人物に、より大きな役割を担っていただくことも必要ではないかと考えます。
その意味で、ドルゴン殿の働きは、今後の体制を考える上で一つの指標となるのではないでしょうか。
もちろん、ベッセル殿のご経験が不要になるということではなく、
その知見を生かしつつ、新たな体制を整えていくことが望ましい形かと存じます」
その意見に対して、大きく反論する声は現れなかった。
そして、当のベッセル本人は、自身の置かれた状況を察してか、沈黙を貫いていた。
「ドルゴン倉庫長、君を新しい番頭に推す声が多く上がっているが、君自身の意向を聞かせてもらえるかな」
意見が出尽くしたところで、カールはドルゴンに話を振った。
「カール殿のお言葉、恐れ入ります。
私といたしましては、あくまで商会の一員として職務を果たしてきたに過ぎません。
ただ、もし皆様のご推挙があり、また商会長ならびに奥様のお許しを賜るのであれば、
そのお役目に恥じぬよう、番頭として力を尽くさせていただく所存にございます。
いずれにいたしましても、商会のために働くという点においては、これまでと変わるものではございません」
ドルゴンは控えめに意向を示した。
その発言は、新たな立場を受け入れる用意があることをにじませるものであった。
その言葉に対し、反論する声は上がらなかった。
カロリーネもまた、場の流れに同意するかのように静かに頷いた。
「では、議決を取ります。
ドルゴン殿を新しい番頭に就任させることに賛同される方は、挙手をお願いいたします」
過半数の手が上がった。
カールはその様子を確認し、商会長の方へと体を向けた。
「商会長、この場の意見は、ドルゴン殿を新しい番頭とすることに賛同する声が多数でございます。
ドルゴン殿を新しい番頭としてお認めいただけますでしょうか」
後見人であるカロリーネは、商会長の方へと視線を向け、静かに頷いた。
「……認めます」
少女の短い一言が発せられた。
その瞬間、ハルトマン商会の実権は完全に新たな体制へと移行した。
千姫とドルゴンによる、ハルトマン商会の掌握は、ここに静かに成し遂げられた。
ドルゴンという人物が好きで書いた妄想小説です。
楽しんで頂けたら幸いです。
今回で、第二章商会乗っ取り編は完了です。
次回から、第二.五章商会飛躍編となります。
次回、2026/4/11 20時投稿予定
⇒2026/4/12 8時投稿予定
⇒2026/4/11 8時投稿予定




